「国家と家族の物語──揺れる旗と揺れる ⼼」

未来に名前をつける日

第⼀章 地震の朝、そして沈黙

その朝は、あまりにも静かだった。

夜明け前の空はまだ深い灰⾊で、あかねは台所の窓を開け、頬を刺す冷たい風を受けながら味噌汁の

鍋をかき混ぜていた。

湯気に乗って出汁の⾹りが家を満たし、外では雀の声がか細く揺れている。⽗が新聞をテーブルに置

き、ふっと肩の⼒を抜いた瞬間、床の奥から低い唸りが⾜裏を伝ってきた。

次の瞬間、家全体が⼤きくうねり、⾷器棚の⼾が弾けるように開き、茶碗やグラスが床に⾶び出す。

ガラスの割れる乾いた響きと共に世界がねじれ、⽿の奥が詰まって周囲の⾳が遠ざかった。

 ⺟の叫び声が警報のように台所を貫き、あかねは反射的にガスを消し、揺れる⾜場を踏みしめなが

らテーブルの下に潜り込んだ⽗と⺟に駆け寄った。家鳴りが低いうなりを上げ、時計が左右に狂った

弧を描く。

⻑い⻑い数⼗秒の後、ようやく揺れが静まると、家の中は別世界のように荒れていた。

倒れた家具、⾶び散った破⽚、散乱する⼩⻨粉の匂い。

外に出ると、通りは不気味なほど静かで、⽝の鳴き声も⼈の声も聞こえない。遠くに薄い⼟煙が⽴ち

上り、街のどこかで何かが崩れたのだとわかった。

だが携帯はつながらず、テレビも沈黙している。

あかねは胸の奥に重く沈む不安を抱えたまま、⺟の⼿を強く握った。

この沈黙の先に何が待っているのか。

その答えを知る者は誰もいなかった

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