これが救済なのかもしれない

リリィ有栖川

海と酒

「あたしらなんで海に来たんだっけ」

「さあ、何ででしたっけね」

 秋の終わりの海を眺めながら、二人してビールを飲んでいるけれど、海を見に来ることもビールを飲むことも、今日の目的ではない。

 いや、というか、今日に目的なんてなかった。

 午前十時くらいに目を覚まして、だらだらとコンビニに食べ物を買いに行って、なんとなくビールを買って出たら、そしたら、近所のえまさんに出会って。

「おう。元気そうだね」

 いつもの様にだいぶできあがった調子で、そう声をかけられた。

「そう見えるなら眼科をお勧めします」

「その金があったら酒を買うね!」

「そうでしょうね」

「お。君も買ってるじゃないか」

「まあ、なんとなく」

「じゃあ一緒に飲もう!」

「まあ、いいですけど」

 そうだ、一緒に飲もうと言われて、ただ了承しただけだったはずだ。

 そのはずが、いつの間にか海に来ていた。

 確かに遠くはない。電車で十分くらいで来られる。

 でも距離の問題ではない。理由の問題だ。

 そんなに酔っているわけでもない。記憶もはっきりしている。

 だからこそ謎だ。何故僕らは海に来たんだろう。

 しいて言えば、えまさんについてきたら海だった。そう、単純に、えまさんが場所を移そうと言って、ふらふらと歩きながら、コンビニを見つけてはビールを買って、飲んで歩いて、気づいたら海にいて、僕らはこうして、波から離れた砂浜に座って、ビールを飲んで話している。

 何を話したかも覚えていない。所々覚えているけれど、忘れてもいい内容ばかりだ。

「ほんと、なにしてんだろ」

「お酒を飲んでる!」

 乾杯をするみたいに缶ビールを掲げて楽しそうに笑ってるえまさんを見て、気が抜けてしまう。

「そうですね」

「そっけないなぁ。悩み事かい? お姉さんに話してごらん」

「えまさんは呑気で良いですね」

「知ってるかい? 呑気って気を呑むって書くんだよ。あたしにぴったりじゃない?」

「空気にアルコールが含まれていればよかったですね」

「最高じゃん! ずっと酔ってられるね! あは! あはは!」

 ぐびぐびと缶ビールを飲み干すと、すかさず次のを開ける。気持ちのいい音と共に泡がせりあがってくるけど、えまさんは慌てず全て自分の体内へと入れてしまう。

 この人くらい、自分も楽観的にいられたら。そうすれば今頃もっと、ちゃんと生きられていたんだろうか。

「このままでいいのかな」

 そう思っても、行動になかなか移せない。

 だらだらと日々はすぎていって、その分だけ、何かがゆっくり軟かく積み重なっていく。

 いつか、その重みに耐えられなくなるの日が来るのが、なんとなくわかる。

「何か不満があるのかい?」

「不満というか、不安です」

 具体的なようで漠然とした、上手くつかめない嫌な不安。

 いつからかずっと、僕の中にいて、今もどんどん、積もっていく。

「なんにもなくたって人生は続くからねー」

「いっそ……いや」

「死んだ方が良いって?」

「……まあ。いい考えではないのは、わかってますけど」

「まあ、その方が何にも考えなくていいから楽かもねー。死は救済、なんて言うし」

「救済、ですかね」

 じっと手に持ってる缶ビールを見つめる。

 僕は、それで、救われるんだろうか。

「でもなあ。生きてるうちに感じられない救済に意味なくない? 生きてるから救いに意味あるんじゃない? そうお姉さんは思うわけですよ!」

 思わずえまさんの方を見てしまう。勢いが付きすぎて、ちょっと首が痛い。

 えまさんは相変わらずへらへらとしているけど、目を見開いている僕を見ても笑うことはせずに開けたばかりのビールをぐっと傾けた。

「かあー! 誰かあたしを救ってくれないかなぁ! ねえ君、あたしを救ってよ」

「ボクの悩みを聞いてくれるんじゃないですか」

「聞いたじゃん。何とかするなんて言ってないし、出来そう? あたしに」

「無理そう」

「そうだろうそうだろう! だっはっはっは! かんぱーい!」

 突き出された缶ビールに、屈託のない笑顔に、思わず笑ってしまって、手に持っている缶ビールを突き出されたえまさんのものにぶつける。

 鈍い音だ。なんともぱっとしない。

 それでもなんでか、少し冷め始めて気の抜け始めているビールが、今までより美味しく感じた。

 ちょっと、飲み過ぎたのかな。

「さあ、帰ろう!」

 飲み干したえまさんは元気に立ち上がって、ふらふらと歩き出した。

 僕もその後ろをふらふらついて行く。

「そして飲もう!」

「まだ飲むんですか?」

「今日は飲む日なんだよーう!」

「いつもじゃないですか」

「そんなことないよ! あたしだって休肝日作ってるからね!」

「最近だといつですか?」

「忘れた!」

 あまりの潔さに噴き出してしまう。

 帰りは流石に電車に乗ろうと、駅についてホームで電車を待つ。

 十六時過ぎと中途半端な時間で、人はまばらだ。

 ベンチに座ってまた買ったビールを二人で飲みながら、電車が来るのを待つ。

「あーあ。無駄な一日だった!」

 そういうえまさんの声は、何故か楽しそうだった。

「言わないでください。気分が暗くなる」

「むーだむだむだ。明日もむだにしてやろ~」

「なんですかそれ」

「無駄怪人」

「子供かよ。はは」

「君もなろう無駄怪人!」

「もうなってますよ」

「そりゃそうか! だっはっはっは! よーし無駄に乾杯だ!」

「はいはい」

 鈍い乾杯の音が、なんだか気持ち良かった。






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これが救済なのかもしれない リリィ有栖川 @alicegawa-Lilly

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