聖女様の魔法

 体育館に入ると、たくさんの人がわたしたちを迎えてくれた。ここには保護者はいないけれど、二、三年生は全員出席していて、体育館の中は拍手の音が大きく響いている。

 光組は一組のような扱いだから、一番前の列に並んで、先生の合図で座る。その間も、新入生の入場は続いている。

 暇になったわたしはステージを見上げた。『第二百一回 魔法学園中等部入学式』という垂れ幕、飾られた校旗とお花、学園長、教頭先生、魔法省教育委員長、PTA会長、……聖女様。

 綺麗な人だと、そう思った。

 聖女様は、聖女の白い衣装を着て、虹色に煌めく証のネックレスをして、微笑んだまま拍手をしていた。

 その瞳は、朝の空の色。――あのとき、わたしが鏡で見たのと、同じ『色』。本当に、あれは『聖女の色』だったんだ。


「開式の言葉」


 そうしているうちに、もう入場は終わっていた。教頭先生がマイクの前に立って礼をする。


「これより、第二百一回、魔法学園中等部入学式を執り行います」


 それから、普通の入学式のように国歌を歌って、校歌を聞いた。その後、新入生が一人一人名前を呼ばれて返事をして、学園長の祝辞があって、来賓の紹介があって、PTA会長が話をして……。


「新入生代表挨拶。新入生代表、華宮真夜さん」

「はい」


 なんと、真夜が新入生代表だった。

 まあ、頭が良さそうな顔をしているし、家もすごいし、代表にふさわしいか。……というよりも、今の真夜の顔のほうが気になる。

 今、真夜は柔らかく微笑んでいる。……あれは本当に真夜なのだろうか。別人ではなくて?

 わたしと話していたときはほぼ無表情だったのに。あんなに微笑んで話せたのか。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは魔法学園に入学いたします。本日は、私たちのためにこのような盛大な式を挙行していただき、誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」


 顔を上げて、堂々と言葉を並べる真夜。学園長と向き合っているにもかかわらず、緊張のような固さはどこにもない。横からも柔らかな微笑みが見える。

 なるほど、これがお嬢様というものか。周りの人が『華宮様』と呼ぶのも納得してしまう。……やっぱり別人ではないかとは思うけれど。


「この学園での生活を通して、よき魔法使いとなれるよう、精一杯努力していきます。学園長を始め先生方、先輩方、どうか暖かいご指導をよろしくお願いいたします。……以上をもちまして、新入生代表挨拶とさせていただきます」


 真夜が礼をすると、大きな拍手が起こった。

 ステージを降りて、横の来賓の人に礼をして。……少しだけ、目が合ったような気がした。気のせいかもしれないけれど。……いや、明らかに笑みが深くなったから気のせいじゃないかもしれない。

 席へ戻るときも、真夜は背筋を伸ばして凛としていた。すごいな、真夜は。わたしと違って。

 次は……在校生の代表が出てくるのか。生徒会長とか?


「在校生歓迎挨拶。在校生代表、生徒会長、華宮はなみやけいさん」

「はい!」


 元気な声が響いた。

 やっぱり生徒会長だ。……あれ?今、華宮って言った?華宮は六大家の華宮しかないと思うのだけれど。ということは、あの生徒会長は真夜のお兄さん!?


「桜の花が咲き始め、暖かな日差しが降りそそぐようになりました。新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。在校生一同、心より歓迎申し上げます」


 夜空の髪、アメジストの瞳、面影のある顔立ち……間違いなく真夜のお兄さんだ。きっと。

 でも、真夜とは違って生徒会長は元気がいっぱいで、なんだか熱そうな人にも見える。兄妹でも中身は違うんだなあ……。

 そう思っていると、わたしたちを見ていた生徒会長の目が止まって、嬉しそうにキラキラ輝き出した。……なんなんだ、突然。もしかして、真夜を見つけたのだろうか。妹のことが大好きだったりして。

 すぐに表情はもとに戻り、真相は闇の中へ。


「……分からないことがあれば、なんでも聞いてください。きっと力になりましょう。ぜひ、この学園で充実した時間を過ごしてください。以上をもちまして、歓迎の挨拶とさせていただきます」


 生徒会長が礼をすると、また拍手が起こった。

 なんだか黄色い歓声が聞こえたような気もするが、これはさすがに気のせいだろう。入学式だし。

 新入生挨拶に在校生挨拶も終わったし、もうそろそろ終わるだろうか。

 

「それでは最後に、聖女様より、祝辞をいただきます」


 え?

 祝辞って、最初の方にそういう時間がなかっただろうか。PTA会長は話していた記憶があるけれど。……そういえば聖女様は紹介だけだった。ここにきて聖女様の言葉とか、怖すぎる。一応、真夜曰く命の危険があるかもしれない人なのに。

 そんなわたしの困惑をよそに、聖女様はマイクの前に立つと、綺麗に礼をして口を開いた。


「新入生の皆様。ご入学おめでとうございます。先ほどご紹介にあずかりました、当代聖女の美澄みすみ夕璃ゆりです。今年度もこれほどの魔法使いが入学されることを嬉しく思います」


 その言葉は、何のおかしなところもない祝辞だった。自分の経験から、この学園でより良い生き方を見つけて欲しい、魔法を好きになって欲しいと語りかけている。

 ……なんだか、感情の綺麗な部分だけ切り取ったような言葉だ。聖女様は、話す間微笑んだまま、一度も表情を変えていない。完璧な善人のように見えて、どこか不気味にも思えて、……でも、目を逸らせない。

 これが、聖女様。神の宿る土地で、神のように敬われている人。


「――最後に一つ、私から新入生の皆様へ贈り物があります」


 そう言うと、聖女様は杖を取り出した。細長い杖。魔晶石の部分は、虹色に輝いている。


「これから、新入生の皆様に、良き未来が訪れることを祈って。『――の祝福を』」


 その瞬間、虹色の光が溢れて、体育館を包み込んだ。人々から感嘆の息がもれる。

 ――綺麗。光の雨が降っているみたいだ。

 目の前に降りてきた光に触れると、ふわっと体が温かくなった。周りからも小さく暖かいという声が聞こえたから、これはこの魔法の効果なのだろう

 ……そういえば、ちゃんとした魔法を見るのは初めてだった。お母さんは魔法を使わないし、真夜がかけてくれたときも、よく見ることはできなかったから。

 だから、仕方ない。この魔法に見とれてしまっても。あの人が危険な存在だとしても。

 そんなことを思っていたから、気が付かなかったんだ。

 聖女様が魔法を使う、その、ほんの一瞬だけ――瞳が、夕空の色に変わったことに。


「以上をもちまして、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。本日はおめでとうございました」


 その後は、今度こそ入学式の終わりを告げる合図。


「これをもちまして、第二百一回、魔法学園中等部入学式を終わります。新入生の皆さんの今後のご活躍を、心よりお祈りいたします」

 

 この日から、わたしは『魔法使い』になった。



【序章 完】

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月虹の隠しごと みゅぅ @yuu_prizm

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