新しい場所

「鈴野瀬光璃さん、光組ですね。……はい、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


 案内の通り魔法学園の中を進むと、受付がある。本人確認をしてから、クラス別の荷物を渡された。まだもらっていなかった制服の一部だ。

 白いリボンに、白いダイヤのピンバッジ、それから……丸いガラスのチャーム?


「……なんだろう、これ」

「杖だよ」

「うわあ!?……御影さん!」

「久しぶりだね、鈴野瀬さん」


 突然声をかけられて振り向くと、説明会で出会った御影琳音さんがいた。緩やかに手を振る姿には、もうリボンもピンバッジもついている。

 その色は白だった。


「……御影さん、光組になったんだね」


 御影さんは、光と風の二属性をもつ魔法使いのはず。

 そう言うと、御影さんはニコリと微笑んだ。

 

「そう。光属性のほうが強かったみたいなの」

「二属性でも同じ量じゃないんだ」

「そうみたい。鈴野瀬さんこそ、光属性なんだね。同じクラスでうれしいな。発現できたの?」

「う、うん。そうだね、発現したよ」


 嘘は言っていない。わたしは確かに光属性だし、魔力が発現した。その他の属性を言っていないだけだ。いつバレるか気が気じゃないけれど。

 ……発現というと、説明会での会話が思い出される。 

 正直、あのときは御影さんから逃げてしまったから、後ろめたい気持ちもある。が、御影さんが何も気にしていなさそうなので、とりあえず気にしないでおこう。


「もう荷物は持ってるんだよね。同じクラスだし、一緒に行こう?」

「うん、もちろん。その前にリボンとかつけてもいいかな」

「もちろん。一旦杖とか持っとこうか?」

「あ、ありがとう」


 御影さんにその他の手荷物を預けて、リボンを結び、ピンバッジを左の襟につける。リボン結びは得意じゃないけれど、大丈夫かな。


「……リボンおかしくない?」

「大丈夫だよ。はい、これ」

「ありがとう」

「じゃあ行こっか」


 荷物を返してもらって、二人で教室へと歩き始めた。校舎の中は木の色と白色で溢れていて、空気もどことなく暖かい気がする。校内図を見ると、わたしたち一年生の教室は一番上の四階だった。

 ……これから毎日この階段を登らなければいけないなんて。

 ため息をつきつつ登り始める。


「そういえば、鈴野瀬さんまだ杖つけてないよね?」

「え?杖?」

「さっきの丸いやつだよ」

「……ああ」


 そうだ、あれが何なのか考えてたら御影さんに声をかけられたんだった。

 改めて、手のひらに乗せて見てみる。透明な球体に金色の金具のようなものがついている。このチャームが杖なのか。意外だった。杖には、もう少し細長いイメージがあったから。


「これが杖なんだ。もっと細長いと思ってた」

「使うときは、ちゃんと細長い杖の形になるんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。これは魔晶石でできてるの。魔力を込めたら杖の形になるんだけど、ずっとそのままだと邪魔になっちゃうでしょ?だから普段はこの形なんだって」

「へえー、そうなんだ。よく知ってるね」

「ふふ、私、魔法が好きなの。よく調べるんだ」

「へえー」


 杖は杖でも便利なものらしい。

 御影さんが口にしなかったらそのまま放置していただろう。助かった。

 手のひらのチャームをもう一度よく見ると、透明の中に虹色の光が煌めいた。

 ……魔晶石でできてるって言ってたよね。魔晶石は……魔晶石……。魔晶石……?


「……魔晶石ってなんだっけ……?」


 聞いたことはある。漢字もわかる。

 でもその本体が思い浮かばない。

 階段で足を止めたわたしに対して、御影さんは振り返って眉を下げた。さすがにあきれられてしまっただろうか。


「魔晶石は最上級の魔力鉱石だよ。もともと虹色で、魔力を込めるとその属性の色に変わるの。他にも魔力をもつ石はあるけど、魔晶石が一番安定してて魔力を扱いやすいんだよ」


 なんと答えてくれた。優しい。

 その言葉を聞いて魔晶石の姿を思い出す。図鑑では他の鉱石みたいに柱になって生えていて、虹色に光っていた。魔力で色が変わるんだ。

 ……あれ?じゃあ、何も考えないで魔力を入れたら虹色になっちゃうってこと?……危ない危ない。気がついてよかった。光の魔力だけ入れるようにしよう。

 

「……そうだ、そういうのだ。また教えてもらっちゃってごめんね、御影さん」

「ううん、全然いいよ。好きなことを話せて、私は嬉しいし」 


 変わらず微笑む御影さんに安心しつつ、また足を進めて……やっぱり、四階は遠いと思う。階段の疲労がやってきて、息も絶え絶えで登りきり、大きく息を吐く。

 ……そういえば。


「御影さん……杖って、どこに、つければ、いいの……?」

「ああ、そっか、その話だったね。……利き手側の、腰につけるんだよ。スカートにループがあるから」

「あ、ほんとだ。ありがとう」


 わたしは右利きだから、右の腰につける。

 これで制服が完成した。


「光組は……一番近くだね。やったあ」

「ほんとだ。階段からすぐだね」


 教室は、わたしたちが登った東階段から、光、火、風、水、土、闇の順番になっている。

 説明会で、光と闇は相性が悪いと言っていた。危険だから一番離れているのだろう。


「わたしの席は……あれ、真ん中……」

「五十音順だね。私は廊下側かあ」


 なるほど、だから真ん中なのか。わたしの小学校は誕生日順だったから、5月生まれのわたしはちょうど後ろの方になることが多かった。

 御影さんとは別れて自分の席に向かう。真ん中の列の、前から二番目。黒板が大きく見える。

 今年は光属性の子が少なかったらしく、この教室には机が二十八個しかない。説明会のとき、他の属性の子の多さにびっくりした。

 とにかく少なくてスペースが空いているから、邪魔になるキャリーケースはみんな後ろに置いていた。わたしも後ろに置いて席に戻ると、前の席の子が来たところだった。

 ……目が合ってしまった。

 そのまま固まったわたしに、その子は不思議そうな目を向ける。


「……どうかしたの?」

「あ、えっと……後ろの席の、鈴野瀬光璃です」


 名前を絞り出すのが精一杯だった。初対面の人と話すのは苦手だ。何を話せばいいのかわからないし、何を間違えるかわからないから。


「……そんなに怯えなくていいのに。すのはらももなです。よろしくね、鈴野瀬さん」

「よ、よろしく」


 すのはらさんというその子は、ピンクのリボンで髪を二つ結びにした、とてもかわいらしい子だった。

 ……緊張はしていたけれど、怯えてはいなかったんだけどな。

 すのはらさんはそのまま前を向いてしまった。……もしかして、もう友達づくりに失敗した……?間違えた……?わたしの学園生活、ひとりぼっち?

 ぐるぐると考えていると、入学式の時間になったのか、廊下に並ぶように言われた。すのはらさんの後ろに立つ。

 すのはらさんの髪は赤みがかった茶色だ。珍しい色。光の魔法使いというより、火の六大家、円城の血を引いていると言う方がしっくりくる容姿だ。……まあ、今は聞かないけれど。


「それでは、光組から中央体育館に進みます。ついてきてください」


 先生の後について体育館に向かい、そのまま入場する。光組という声を聞いて、わたしは拍手の音の中へ足を踏み出した。

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