生まれ変わる前に

ヒマツブシ

生まれ変わる前に

男は、光る扉の前で立ち尽くしていた。


「なぜ、また……この場所に来た?」


同じ問いを、何度も心の奥で繰り返す。


——不本意ではあった。

だが、すべてを受け入れ、納得して終わらせたはずだった。

もう二度と戻らないと、自分で決めたはずだった。

それなのに。


周囲には、風の音すらない。

答えてくれる者もいない。


男は、遠い過去を呼び起こす。



予期せぬ出来事により「終わり」を宣告され、

もがき、抗い、やがて無力を知った。

嘆き、理不尽を叫び、怒りを吐き出した。

その炎が燃え尽きたとき、静けさが訪れ、

これまでのすべてに感謝し、ひとりひとりに別れを告げた。


——悪くない結末だった。

終わりによって完成する映画のように、美しい幕引きだった。


そして時は満ち、男は世界の外へと歩み出た。

その後は、ひたすら暗闇。

過去を思い出さぬように、

去った後の世界を覗かぬように、

すべてを忘れ、思考を沈めていた。



それなのに——なぜ、またここに。


思考は同じ円を描く。

やがて止まっていた意識が、わずかに動き出した、そのとき。


声が響いた。


「それでは、また続きから再開しますか?」


過去の記憶と感情が、一気に溢れ出す。

胸の奥に、暖かく、懐かしいものが広がった。


「いや……それでも、あれは……終わったはずだ」


男が絞るように答えると、声は淡々と続けた。


「わかりました。では、すべて無かったこととして、初めからスタートしますか?」


沈黙。


それも悪くない、と一瞬思う。

だが、初めからやり直すことに、意味を見いだせなかった。


ここに来たのは、おそらく——過去に囚われたから。

過去と無関係な始まりに、意味はない。

しかし、戻ることもできない。


思考は再び、同じ輪を描く。


なぜ、ここに来たのか。



……そして、ひとつの答えに行き着いた。



——暇だったから——



その間抜けな響きに、思わず笑いがこぼれた。

「そうか……そういうことか」


何もない日々よりは、情けなくても、

かっこ悪くても、つまらなくても、また傷ついても——。

何かをしていたい。

それが、すべてだった。


男は静かに告げた。

「初めからでいい。……またやってみるよ」


「わかりました。では、過去の記憶を消去し、スタートします」


ルールを決めよう。

二度と過去を振り返らないこと。

過去の失敗を繰り返さないこと。

何もない場所から始めること。


ゴールはない。

歩むうちに、目的は生まれるだろう。

それも、一から。


男は、扉に手をかけた。

静かに、そして確かに——何度目かのやり直しが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生まれ変わる前に ヒマツブシ @hima2bushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ