わたしと見せばや
れっさーぱんだ
第1話 日焼け止め
弓道はチーム戦だ。
チームの流れを乱さないように、だけども己のリズムで弓を引く。
向けている背と向けられている背の両方に思いを馳せる。日本人の心が集約されたスポーツと言っても過言でないと思う。
カラッと乾燥した空気が漂うこの季節は変則的な雨に見舞われ普段はシンとした空気の弓道場を潤す。一時的な湿気は後日の晴れ間により大抵は晴れるが、この場所は違う。海沿いでありながら校舎から離れたちょっとした木々の郡に紛れた道場に乾いた風は流れない。
広大な敷地を有する私立の中高一貫校である
ちはやが道場の戸を開けるとシャッターも開けず、道具の準備もほったらかしたまま眠りこけているあかりの姿が見えた。ちはやの弓道は最初にあかりを夢から覚ますところから始まる。
「......ちゃん.....」
「あかりちゃん、起きてよ..?」
唇が耳につくかつかないかギリギリの距離で何度も何度もあかりの名前を呼ぶ。
すると部室のドアにもたれかかり呑気にうたた寝をこいていたあかりの目は一気に開き、その勢いのまま立ち上がる。そのままピキーンと何秒かあかりの体は硬直した。
「ち、ちはやってばその起こし方やめてよ!心臓に悪い」
あかりは硬直がとけ、胸を撫で下ろすかのように弓の弦を張り始めた。
「そんな大声なんて出してないよ、だいたいあかりちゃんが起きていればばこんなことする必要ないんだよ?」
「ごめんなさいでした」
2人がシャッターの方を見つめるとあかりがジャンケンの合図を切り出した。
パーを出したあかりに対してちはやがすかさず出した手はグー。
負けたちはやがシャッターを上げることになった。一回シャッターの隙間からトカゲが落ちてきたことがあり、それ以来2人は頑なにシャッターをあげようとしない。結局どっちも揃ってジャンケンをするのが流れになってしまった。だからどちらかが先に道場に着いて練習をしておくなんてことはないのだ。渋々シャッターを上げていくちはや。今の所圧倒的にちはやの負け率が多く、先週なんて5日はシャッターを上げていた。
2日ぶりに重いシャッターが上がる。
やや斜めに傾いていても鋭い日差しが差し込む。あかりは鞄から日焼け止めを取り出し後先考えず自分の手にいっぱい出した。手の甲から腕をなぞり道着で隠れない首までしっかりと馴染ませる。
その手には二重に塗ってもなおクリームが残っていた。ふと何かを思いついたようにちはやに視線をやる。
シャッターは分厚く面積も広い。本来は複数人で挙げるはずのものであろうそれを今はちはや1人で上げている。最後のシャッターを上げ終わりかけ手を離そうとした途端、ガシっと二の腕を掴まれた。
「ありゃ、届かんかったか」
あかりが想定していた腕の部分には届かず、その結果微妙な部分を掴んでしまった。大体身長差もちょっとちはやの方が高く、口よりも先に体が動くあかりにとってこういうことはよくあることだ。
「ひゃっ!?」
ちはやの顔はゆでダコのように真っ赤になり、なぜか抱え込むようなポーズをとった。
「あ、あかりちゃん、そんなところ触って何を確かめようとしたの...!」
怒る?というよりは恥ずかしがっているのか、あかりには感情の意図が見えなかった。
「ご、ごめん、そんな嫌がられると思ってなくて。ほら、日焼け止めだよ!ちはやの方が背高くてちょっとずれちゃった」
それを聞いた途端、ますますちはやの顔は赤くなっていき今にも何かを吹き出してしまいそうなくらいになった。
「なんだ.....日焼け止めかぁ............」
ハッとしたように、ちはやは意識を取り戻し
持ち前の頭脳でさっきの会話を思い返した。
それからは「全然嫌じゃないよ!」とラブコールの連続。
ワンワン吠えるちはや犬を宥めたあかりは腕から手の隙間にかけてしっかりと日焼け止めを塗ってあげた。瞬く間にちはやの顔は茹で上がり、犬からタコになってしまった。
わたしと見せばや れっさーぱんだ @azu15
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。わたしと見せばやの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます