忘れた波形

つばめいろ

第1話

 ある日、この世界から音が消えた。私たちは声を失ってしまったのだ。この出来事が起きた当初は大混乱が起きた。世界は、文字だけでは不十分すぎたのだ。だけど、少し時間が経てば慣れてしまうもので、文字のみで生活するようになった。それは私と先輩も同じだった。



 ”今度の文学賞どうします? 何出しますか?”


 ”やっぱ詩かな。それが一番性に合ってる”


 静かな部室で静かにやりとりが行われる。シャーペンの書く音も無くなってしまったのは残念だと今でも思う。あの音結構好きだったのに。


 ”先輩は詩ばっかですね。たまには小説を書けばいいのに。まあそれで、どんな話にするつもりなんですか?”


 ”声が戻った世界とこの声の無い世界を織り交ぜた内容かな”


 ずいぶん現実の話だ。


 ”そんなの書くんですね。でも確かに、声のあった世界が恋しいような気もしますね。今先輩の声を聞くことができたら感動できますかね?”


 ”さあな。呼吸音だけで感動できるかもしれない”


 ”あの世界に戻ってみたいですね”


 ポツリとそんなことを零す。声を聞くことができたら、感動してしまうかもしれない。声が聞こえないかと耳を澄ましても何も聞こえない。ただあるのは、静寂と先輩の微笑みだけだった。

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忘れた波形 つばめいろ @shitizi-ensei

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