ある日、何気なく始めた一本の同人ゲーム――
それが人生の軌道を、大きく変えるとは思いもしなかった。
本作は、「ひぐらしのなく頃に」との出会いを綴った、
個人的でありながら普遍性を帯びた体験記。
古びたパソコン、無料配布のゲーム、
前半の『コレジャナイ感』に戸惑いながらも、
プレイヤーはやがて『本物』の恐怖に正面からぶつかることになる。
選択肢のない一本道、逃げ場のない夜、
濁った『ひぐらし目』に射抜かれるその瞬間、
物語はただの娯楽を越えて、読み手の人生に深く入り込んでくる。
単なるレビューや感想を超え、
これは「好き」が生み出す熱狂と、
その熱が人の未来すら変えていく力を証明する一篇だ。
未プレイの人には静かな導火線に、
経験者にはかつての衝撃が呼び起こされるような、
静かながらも情熱に満ちた、珠玉の『共鳴録』。
去る8月8日より応募を開始したカクヨム公式自主企画、「この夏、あなただけの“好き”を届けよう」。その企画内容いわく、「夏の暑い日が続くということで、心を熱くする“好き”のエピソードを募集します」
……どうやらカクヨム公式は、会員を熱中症にする気のようです(当方居住地の本日の最高気温:35度)。
そんな陰謀が進む中、歴史物を中心に数々の名作を執筆・公開されておられる四谷氏もこの企画に参加されまして、その作品が本作となります。
このエッセイでは、ある同人ゲームとの出会いから、そのゲームの真の面白さに気付くまでの過程、そして「好き」が高じて得られた貴重な経験について、四谷氏ならではの読み易い文章で描かれています。
そして何より、ただ単に「好き」な点を羅列するのではなく、何気なく手にしたゲームへの「好き」がもたらしてくれた結果を、「好き」の持つ力を、描いているというのが秀逸です。
私が四谷氏の作品で楽しませていただけているのも、四谷氏の「好き」がもたらした結果といえます。そんな胸熱のエッセイ、熱中症に気を付けてお読みください!
若き日の四谷軒さんがはまり込んだサウンドノベル「ひぐらしのなく頃に」について、同氏が熱く語ったエッセイです。
同人のフェスではなく、パソコン誌のオマケで入手して没入したそうですが、そういえば20年位前まで、電気の量販店でパソコン版のゲームソフト売ってましたね。デカい箱に入って。麻雀とか将棋とか三国志とか。今もあるのかなあ?
私自身は、サウンドノベルは「かまいたちの夜」をやっていましたが、その頃のはまだ単純でした。ほんと紙芝居パタパタみたいな。「ひぐらしのなく頃に」は未プレイですが、それから10年後の作品なので、きっとすべてにわたって進歩していることでしょう。
有名な「ひぐらし目」、いま検索してみましたが、これは確かに怖い、インパクトがあります。楳図かずおの恐怖漫画に通ずるところがあります。普段が少女漫画チックなビジュアルの分、余計にそうですね。
サウンドノベルに耐性がなくて、未プレイで、進行もエンディングも分からないのでは、四谷軒さんが、期せずしてはまり込んでしまうのもよくわかります。
熱い思いの伝わってくる好編でした。
未プレイの方も是非どうぞ。
主に歴史系の小説を書いている四谷軒さんが創作をするきっかけとなった作品、『ひぐらしのなく頃に』について語られたエッセイです。
この作品はサウンドノベルとかビジュアルノベルとか、そういうふうに呼ばれている類のゲームなのですが、このエッセイではそういう用語について詳しくない人でも理解できるようにしっかりと説明されています。
そして肝心の『ひぐらしのなく頃に』についてなのですが、この筆者が初めてゲームをプレイしたときの衝撃を語ってくれています。
その文章の熱量はすさまじく、作者の当時の気持ちが如実に伝わってきました。
私は『ひぐらしのなく頃に』は最初にアニメで触れたのですが、あの有名な「嘘だ!」のシーンから引き込まれて、気づけばアニメを全話見るだけでなく漫画なども買うほどのめり込んでいましたね。
ひぐらしが好きな人はたぶん、みんなこのエッセイをうんうん!と頷きながら読んでしまうのではないでしょうか。
私はそうでした(笑)
最後の方で出てくる、それだけ好きになれるものに出会えたということは幸せなことです、という文章。
共感しかないです。
私にとってひぐらしはその中の一つです。
ひぐらしが好きな人は、読んでいて懐かしい気持ちになれるエッセイだと思います。おすすめです。