自然災害で死んで転生したら異世界で夫婦になって喧嘩する(仮)

楠本恵士

一・生まれ変わっても……あなたと、おまえと、冗談じゃねぇ!

 とある、異世界……現世界で自然災害で命を落とした夫婦が転生した。

 互いに前世の記憶を失ったまま、敵対する二つの貴族の令嬢と令息として、生まれ変わった。


 隠されたスキルもなく、たいした能力もないまま二人の転生者は十七歳の誕生日を迎えた。

 そして、両家の合同婚礼式……転生した二人は、誰にも転生者だと知られずに戦略結婚の駒にされた。

「いやぁ、めでたい……我が家も美しい花嫁を迎えるコトができて、喜ばしい──なんという良い日だ」

「わたしの家の方こそ、聡明なご子息を婿に迎えるコトができて……神に感謝しますぞ」


 本心は敵対して憎しみ合っている両家は、ドロドロした感情を包み隠して花嫁と花婿の戦略結婚式を進行させる。

 この世界では、能力やスキルが無いと判断された者は……名前を剥奪されて『ナナシ』と呼ばれる存在になる。


 自然災害で死亡して転生してきた、令嬢と令息も無能な『ナナシ』扱いにされて。

 都合よく両家の争いを避けるためのクサビとして利用された。

 どちらかの家が、戦争を仕掛けた時に、全責任を押しつけて処刑される生贄いけにえとして。


 挙式の料理を食べながら、腹の中では敵家の領土と労働力を虎視眈々こしたんたん狙っている花婿側の一族長が言った。

「それにしても、無口で物静かな花嫁ですな……扱いやすい」


 赤い飲み物を銀製のカップで飲みながら、敵家の土地資源と拠点都市を狙っている、花嫁の一族長が言った。

「いやいや、そちらの美形の花婿こそ……寡黙かもくな方で」


 転生者の花嫁と花婿は、元々無口なのか? 喋るコトが苦手なのか? あまり、声を発しない人間だった……表面上は。

 実は二人は、政略結婚の挙式場で初顔合わせをした時に、いきなり前世の記憶が甦り……自分たちが現世界の自然災害で死んだ、転生者だと気づいた。


 挙式も進み、花婿と花嫁のダンスパーティータイムがやってきた。

 二人が手を取り合って、社交ダンスをしている姿が、両家が取り交わした政略結婚の証明だった。


 どちらかの家が領土に攻め入った時に、その家側の花嫁か花婿が、責任を取らされて断頭処刑される取り決めだった。

 無言で見つめ合って踊るナナシの花嫁と花婿……だが、二人には他人には分からない会話がされていた。


 踊りながら花婿の手を通して、転生した花婿が誰にも分からない波長で言った。

「冗談じゃねぇ……死んでもう会わないと思ったから、清々せいせいしていたのに……なんで転生してまで、おまえと夫婦にならなきゃいけねぇんだよ……このジジイ」

「それはこっちのセリフだ……まさか、ババアも一緒に異世界転生していたとはな……最悪の腐れ縁だ」


 花嫁と花婿は、現世界で口喧嘩が絶えない、険悪な老夫婦だった。

 互いに「クソジジイ!」

「クソババア!」と罵り合う毎日だった。

 その水と油、犬と猿の老夫婦が自然災害で亡くなった時──もう、二度と顔を見るコトも無いと安堵した。

 それなのに、なんの皮肉か二人は再び夫婦として強引に結婚させられた。


「ムカつくクソジジイだ! 何もしゃべるな!」

「こっちこそ、腹が立つクソババアめ! 口もききたくない」

 ダンスが終わると、寡黙な二人は互いに貴族的な会釈をする。


 傍目から見れば、美男美女の無口で理想的な夫婦……だが、その裏側では前世から続く嫌悪感に満ちていた。


 そんな二人の前世事情など、まったく知らない両家は祝福の乾杯をした。

「両家の発展と繁栄を祝して、乾杯!」


 ◆◆◆◆◆◆


 前世から、いがみ合っているナナシの花嫁と花婿には両家の中立地点に、建てられていた屋敷が二人のプレゼントされた。


 異世界来世で始まる、転生夫婦生活──スタートから、二人は夜は別室で寝て。

 両家の目を欺くために、昼間はしかたなくできる限り一緒に過ごした。

 なぜ、子作りするための夜の営みを避けているのか、訝る使用人たちには。

「夫婦別々の寝室に寝るように、神の神託を受けたので」

 そう言って誤魔化した。


『不仲な夫婦だと、両家に知られれば、不要者扱いにされて首を斬り落とされる』


 二人は昼間は、できる限り一緒にいて互いを無言で、ののり合っていた。

 抱擁した新婚の花嫁と花婿が、テレパシーのようなモノで罵り合う。

「クソババア……てめぇ、前世では臭かったんだよ! 今は若い姿だからフローラの香りがするけれどよ……とにかく、股の臭いが鼻が曲がるほど臭かったんだよ」


「クソジジィ、人のことが言えるか! てめぇは前世の足の臭いが半端ねぇんだよ……今は体から石鹸の匂いしかしねえけれどな……あ~ぁ、早く死んで別れてぇ」


 しかし、傍目の使用人たちには、相思相愛の仲が良い令嬢&令息の新婚夫婦のように見えていた。


  ◆◆◆◆◆◆


 ある日、名前がない転生者の令嬢と令息の夫婦は、屋敷近くの草原に使用人たちを連れてピクニックに来た。

 本当は来たくはなかったが、両家の視察者の来訪でしかたなく良好な関係の夫婦を装ったピクニックだった。


 木陰で並んで座った令嬢と令息は、横になると抱擁して唇を重ねて……。

「んんっ……んんんッ」

「はぁっ……んッ」

 表向きはキスを続けながら、互いを罵り合った。


 中身がジジィの令息が言った。

「どうせ生まれ変わるなら、美少女の女に生まれ変わりたかったぜ」

 中身がババアの令嬢が言った。

「あたしだって、どうせ生まれ変わるなら、イケメンのいい男に生まれ変わりたかったわい」


「何がイケメンだ、転生前の顔を鏡で見たことないのか……鬼瓦みたいに顔したクソババアのくせに」

「てめぇだって、エロカッパのクソジジィじゃねぇか……生前はどんだけ若い女と遊んでいたんだ、異世界転生は自業自得だ」


 前世の記憶が、どんどん思い出されてくるジジィとババアのキスをしながらの、罵り合いの心の応酬が続く。


「ババア、てめぇ人のコト言えるのか! パチンコ行って負けて、やけ酒飲むために家に帰ってきたら、近所の若い男家の中に連れ込んで酒飲んでいやがって! オレが飲もうと楽しみにしていた洋酒を返せ!」

「クソジジィ! 先に若い女と浮気した、てめぇの方が悪いんだろうが! お返しで女が浮気して何が悪い」

「ババアが浮気するんじゃねぇ!」


 令息から唇を離した、令嬢が見つめあって微笑む。

 令息も令嬢を見つめあって微笑む。


 いきなり、中身がババアの令嬢が微笑みながら令息のほほを平手打ちをした。

 頬を打たれた中身がジジィの令息も、微笑みながら令嬢の髪をつかむ。

 それが、発端で令嬢と令息の取っ組み合いの大喧嘩がはじまった……傍から見ていると無言で微笑みながらの大喧嘩が。

「ジジィ、くたばれ! 地獄に堕ちろ! ワラジムシにでも転生しろ!」

「ババア、死んで二度と転生するな!」


 突然はじまった凄まじい喧嘩に、使用人たちはオロオロする。

 近くでその、光景を見ていた両家の観察人が同時に。

「ダメだこりゃ」

 と、呟いて……両家の友好の象徴であった、令嬢と令息の極秘処刑が、その場で決まった。

 

 ◆◆◆◆◆◆


 暗い地下の処刑場で、向かい合って並んだ二つの断頭台ギロチンに、体を固定されてしまった令嬢と令息の処刑時間が迫る。


 互いの顔を見ている令嬢と令息の表情は、愁いを含んでいるように処刑人たちには見えた。

 だが、実際は違っていた。

 ババアとジジィの転生者は、この処刑直前でも互いを罵り合っていた。


「クソジジイ……」

「クソババア……」

 断頭の刃が二人の首筋に向けて落下する、

ジジイとババアが首が転げる落ちる瞬間に同時に声を出して言った。

「地獄に堕ちろ!」


 ◆◆◆◆◆◆


 この事件をきっかけに、両家の関係は急速に悪化して戦争へと発展して……やがて、それは国内全体の戦火へと拡大して、ついには百年続く世界大戦にまで発展した。


 断頭されたジジイとババアの記憶と心を持った、令嬢と令息がその後、再びどこかの世界に転生したかは……定かではない。



自然災害で死んで転生したら異世界で夫婦になって喧嘩する(仮)~おわり~

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