やさぐれヒツジ

五十鈴りく

やさぐれヒツジ

 それはあつい夏。

 ジリジリと照りつく太陽のもと。


 みなさまご存じのことと思われますが、ヒツジという生き物はモコモコの毛でおおわれています。そう、毛糸の原料になるふんわりとしたあの毛です。

 でもね、その毛は夏にはいらないのです。


 だって、ただでさえアツアツの太陽のもと、更におふとんを着こむようなものですから。

 だから、毎年春になるとヒツジの毛はすっかり刈られてしまって、さっぱりとしたものなのです。

 春に刈られたヒツジの毛が少しだけのびた、そんな夏のこと。


 あるのどかな牧場で飼われているヒツジのベンは、あつい日ざしをさけるようにして小屋のなかで休んでいました。飼いぬしのおじいさんがていねいに毛を刈ってくれたので、今年の夏もあついけれどなんとかたえられそうでした。


「ふぅ、あっついなぁ」


 よいしょ、と座りこんでベンはぼやきました。


「ボクにはたいへんな季節だよ」


 そうぼやいていると、となりの小屋にだれかがやってきました。ヤギのリジーのところです。

 ヤギのリジーの毛はまっしろでぺたんと体にそってはえています。いつでも涼しげです。


「やあ、リジー、今日もたのむよ」


 そういってバケツを手にリジーのミルクをもらいにきたのは、おじいさんの息子のトムです。トムは毎日リジーのミルクをもらいにやってきます。

 その時ふと、ベンは気づいてしまいました。

 ベンがおじいさんに会ったのはいつのことだったのでしょう。

 毛を刈ってくれて、それから――?


 ご飯はトムがリジーのといっしょにくれます。そうじもしてくれます。さんぽもさせてくれます。

 あれれ?

 ベンはがっくりと肩を落としました。

 季節がひとつめぐったというのに、おじいさんはその間ベンに会いにきてくれていないのです。

 いつも、お前のおかげで冬でもあったかいよ、ありがとうといってくれたおじいさんです。ベンを傷つけないように手早くきれいに毛を刈ってくれるおじいさんです。


 ベンはむしょうに悲しくなりました。

 今が夏だからだ。そう思いました。

 アツアツの夏だから、更にアツアツになるボクの毛なんていらないんだ、と。

 さむい冬は大事にしてくれたくせに、あつい夏にはおじいさんは会いにすらきてくれません。

 なんてひどいんだろう。ベンの心はすっかりすさんでしまいました。


「ケッケッ、どうせボクは夏にはヨウナシのヒツジだよ」


 となりのリジーがつぶらな瞳をベンにむけて困ったようにいいました。


「そんなこというものじゃないよ。生き物にはそれぞれの役わりがあるんだからね」

「それはキミみたいに常にひつようとされているものの言い分だよ。ボクなんてここにはひつようないんだ」


 と、ベンはかみつくようにいました。リジーはそれ以上なにもいいませんでした。

 もやもやとした気分のままふてねを決めこみます。

 そうして、目ざめた朝に決意しました。

 もうこんなところにはいたくありません。

 ベンをヨウナシあつかいしたおじいさんなんて、冬になってこうかいすればいいのです。


「ボクはもうここを出ていくよ」


 ヤギのリジーにそういうと、リジーは困ったようにとめましたが、ベンはききませんでした。

 ベンはおじいさんの息子のトムが柵をあけてさんぽに出してくれた時、ひろい緑のしばふの上を歩きながら切れ目をさがしました。そこはおじいさんの家のすぐそばでした。ほんのちょっぴり板がはずれかかっています。思いきりぶつかったら、もしかするとはずれるかもしれません。


 よし、とベンはかくごしてその柵から少しだけはなれました。じょそうをつけてぶつかるのです。

 じりじりと下がっていると、その時ふと窓のなかからおじいさんの声がきこえました。


「トム、ベンは今日も元気にしているのかい?」


 ベンはどきりとしました。顔をあげると、トムの声もしました。


「ああ、元気だよ。そうじもさんぽもごはんもちゃんとしているよ」


 おじいさんのほっとしたような息づかいがしました。


「そうか。でも、ながいことあの子に会えていないから心配だ。柵のてんけんはしたかい? もしオオカミがきたら大変だ」

「お父さんは心配しすぎだよ。でも、そんなにいうならあとでまた調べてくるから」

「うん、たのんだよ」


 なんでしょう。久しぶりにきくおじいさんの声はとっても弱々しく感じられました。この声は本当におじいさんなのでしょうか。

 ベンが首をかしげると、トムがいいました。


「お父さんには早く病気をなおしてもらわないと。そうじもさんぽもごはんも僕がかわってやれても、ベンはお父さんがいないとさみしそうだから」


 そんなつもりは――いえ、そうなのです。さみしかったのです。

 あつい夏には会いにきてくれない、それがさみしかったのです。

 でも、おじいさんは今があつい夏だから会いにきてくれなかったわけではありませんでした。

 おじいさんは病気だったのです。病気のあいだも、自分の体のことよりもずっとベンを心配してくれていたのです。


「そうだね、わたしも早くベンに会いたいよ」


 ベンはおじいさんのその言葉がおわるよりも先にその場からぜんそくりょくでかけだしました。ビュン、と風をきって小屋の自分の部屋にもどったのです。そうして、なにごともなかったかのように丸くなって休みました。そんなようすを見たリジーはクスクスと笑います。


「おや? 出ていったんじゃなかったの?」

「うるさいな、やめだよ、やめ。だって、ボクがいないとおじいさんがさむい冬に風邪をひくじゃないか」


 てれた顔をかくすためにおしりを向けたベンに、リジーの優しい声がかかります。


「そうだね。アツアツの夏がおわって、おいしいものがたくさんとれる秋がすぎたら、キミのあったかい毛がひつような冬になるね」


 ボクなんていらないんだ、ひつようとされてないんだ、なんて思っちゃいけません。

 いつかひつようとされる時はおとずれるのです。

 だれにでもね――。



     ☆おわり☆

 

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