🐾最終章 整いすぎた、猫と私。
朝、目覚ましの音より先に、ミルフィの肉球がハルの頬に触れた。
軽く、ぺしり。やんわりと「ごはん」の圧をかけてくる。けれどその圧も、どこか愛に満ちていた。
「はいはい……おはよ、ミルフィ」
部屋の空気は、澄んでいる。空気清浄機が静かに稼働し、昨日干した布団がまだほのかに陽の匂いを残している。
くしゃみも、目のかゆみもない。ハルの朝は、ここ最近でいちばん“人間らしい”。
──掃除って、すごい。
そう思った瞬間、窓際に設置したキャットタワーの頂上から、ミルフィが仁王立ちして「にゃあ」と鳴いた。
「……え、なに? 勝者のポーズ?」
にゃあ。
ミルフィの瞳はすでに朝日を反射してキラキラしており、どこか悟った仙人のようでもあり、どこかのおとぎ話に出てくる妖精のようでもあった。
---
会社の昼休み。ハルは弁当を開きながら、ふと口を開いた。
「ねえリナ。私、人生で初めて、サイクルが回ってる感じがするの」
「サイクル?」
「朝起きる、掃除する、くしゃみ出ない、猫と幸せ、会社行く、仕事ちょっとだけがんばる、そしてまた猫……」
「それ、社会人というより猫中心生活では?」
「でも、幸せの構図って、案外そんなもんかも。……整ってる、っていうか」
「……言ったね? 整ってる、って」
リナはゆっくり顔を上げ、ハルの肩に手を置いた。
「つまりそれは……“サウナ超えて猫”ってこと?」
「そう。もはや猫スタシー…」
「やだ、響き良すぎてムカつく」
二人して笑い合う。その笑いは、いつかの“死を覚悟したギャグ”とは違って、すこしだけやわらかかった。
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夜、ベッドに横たわるハルの胸の上には、いつも通りミルフィがいた。
世界で一番大事な、ちいさな命。
それを守るのは、特別なことではなく、掃除と愛と空気清浄機と、たまに病院だった。
「……ハウスダストアレルギーでよかったのかもね、私。あのまま何も気にせず放置してたら、あの汚部屋でほんとにミルフィに何かあってたかもだし」
ミルフィは、にゃあと返すでもなく、ハルの胸の上でぐるぐると喉を鳴らす。
まるで言葉の代わりに「そうだね」と肯定してくれるように。
「……ミルフィが原因じゃなくて、ほんとよかった。」
ゆるやかに眠りに落ちていく中で、ハルは思う。
たとえ世界が散らかっていたとしても、この場所だけは整っていたい。
猫と暮らすこの空間だけは。
──私は、猫を愛して生きていく。
ハルの呼吸に合わせて、ミルフィの体も上下する。
それは、静かで、美しく、どこまでも穏やかなリズムだった。
(完)
猫のせいなのね🐾 〜Step on no pets〜 makige_neko @makige_neko
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