第32話 託された想い

「そうして救助された私は孤児になりました。父が私たちを逃がすために亡くなったのを知ったのはそれから数日後のことでした」


 愛の口から語られた壮絶な過去に渚は言葉が無かった。

 同時に両親を亡くし、目の前でその母親を殺された。

 当時幼い少女だった愛の悲しみは想像だに耐えない。


「そして町が落ち着きを取り戻した頃、怒真利師団長が避難所で生活をしていた私を訪ねてきました。用件は自分の養女にならないか?という突飛も無い話で、それを聞いた私は何の冗談かと思いました」


「そりゃそうやろな。あんな厳ついおっさんが娘になれって言ってきたら、冗談じゃなかったら売り飛ばされるんかと疑うわ」


「い、いや、そこまでは思わなかったが……」


「それで愛ちゃんはその申し出を引き受けたんだね?」


「すぐに、というわけではありませんでした。養女になるということは本当の両親を切り捨てる事になるのではないかと思ったのです。私を生かす為に命を賭けてくれた父と母を裏切ることになるのではないかと……」


「そう思う気持ちは解らなくもないね。でも、この世界で子供が一人で生きていくのは難しい。きちんとした保護者が愛ちゃんに出来ることになるなら、ご両親もきっと認めてくれるんじゃないかな?」


「似たような事を怒真利師団長にも言われました。自分は君の事を本当の娘として接するが、だからといって自分の事を父と思う必要はない。君のご両親への想いを奪うつもりはこれっぽちもない。ただ、命懸けで娘を守った勇敢な人たちの意思を自分は受け継ぎたいのだと」


 その時の怒真利の真剣な眼差しを懐かしく思い出す愛。

 すでにあの時から30年もの月日が流れているというのに、まるで昨日の事のように鮮明に思い出せた。


「悩んだ末に私はその申し出を受け入れる事にしました。何の力も持たない私が生き抜いていくには他に方法なんてありませんでしたしね。しかし新しい家での生活は想像以上に私の心を癒してくれました。養父ちちは本当に自分の娘のように愛してくれましたし、養母ははも私に寄り添うように——」


「え!?待って待って!?あの人って結婚してるの!?」


「その驚き方はなかなかに失礼やで?」


「あ、いや、だって……」


「その気持ちは解らなくもないね。やけどな」


「結婚されていたというのも、私が養女になるのを受け入れた理由でもありますから」


「あ、一応は警戒してたんだ」


「当然ですよ。当時の私は14歳。十分にそういう事に注意を払える年齢でしたからね」


「まあ、あの見た目やしな。5つの子供でも警戒するわ」


「養母は子供に恵まれない体質でした。その事もあって、私の事を本当に大切にしてくれました。それこそ本当の母がだぶって見える程に……」


「それは……かえって辛かったんじゃ?」


「そう思う時期もありました。優しくされればされる程に、どうしても両親の事を思い出してしまうのですから。でも今では本当に感謝しています。お陰で本当の両親の事を忘れる事なく、新しい両親を得ることが出来たんですから」


 それは愛の嘘偽りない本心。

 自分には二人の父と、二人の母がいる。

 血の繋がりなど関係なく、どちらも自分にとってかけがえのない存在なのだ。


「そして私は成人し、養父と同じ退魔隊への入隊を決めました。四人の両親に守られて育った私は、今度は自分が誰かを守れる存在になりたい。そう思って決めたんです」


「怒真利さんはその事に反対しなかったの?」


 怒真利は退魔隊が危険な仕事だという事を嫌というほど知っている。それほどまでに愛している娘であるなら簡単に認めるとは思えなかった。


「この村で生活していた渚はんは知らんかったな。退魔隊いうんは一定の神力をクリアした人は強制的に入れられるんや。もちろん健康上の理由とかがある場合は別やけどな」


「え?でも愛ちゃんは入隊を決めたって言ったよね?」


「私は……その神力レベルが基準に満たなかったんです」


「ええ!?——じゃあどうやって?」


「養父のコネです」


「ぶっちゃけた!?」


「神力検査で不合格になった私が、養父に退魔隊にどうしても入りたいと言うと、俺に任せとけ!と言って家を飛び出していきました。そして私の下に入隊を告げる通知がその数日後に届きました。その中に入っていた通知書には黒ずんだ血のような跡が……」


「何やったんだあの人……」


「愛する娘の為に頑張ったんやろな」


「綺麗にまとめて良いことと悪いことがあるよ?」


「まあ、あんな見た目やけど、怒真利はんにも結構ええとこがあるっちゅうこっちゃ」


「あんな見た目とはどういう見た目のことだ?猫野瀬?」


 大きな手が猫野瀬の頭を鷲掴みにする。


——ギリギリ


「いだっ!痛い痛い痛い!!割れる!割れるー!!」


 そのまま猫野瀬を掴み上げてぶんぶんと振る怒真利。


「やめっ!やめてっ!取れる!首取れるー!!」




「ふう……ほんまに上猫野瀬と下猫野瀬になるか思うたわ……」


「ふん。それなら減らず口を叩かない下猫野瀬だけで良いわい」


「まあまあ、別に猫ちゃんは怒真利さんの悪口を言っていたわけじゃないですから」


「ほんまやわ。怒真利はんが愛さんを大事にしとる優しい父親やって説明しとったんやで」


「……そんな良いものではないわ」


 怒真利はバツが悪そうに視線を逸らす。


「ワシも昔似たような経験があってな。同じ境遇の愛を放っておけなかっただけじゃ」


「同じような経験?怒真利さんもご両親を?」


「いやそういう意味じゃない。昔ワシも危ないところを助けられたからこそ今こうして生きておる。その人の命と引き換えに生かしてもらっておるのじゃ」


「怒真利はんを助けた!?バケモン以上のバケモンがおるんか——イダダダダダッ!!」


「お養父とうさん。その話は私も初耳なのですが……」


「ん?そうだったか?とっくに話しているもんだと思っとったが……」


——ぷらん、ぷらん


「はなっ!離して!今度こそ首取れちゃう!!」


「別に隠す様な話じゃないし、岩戸隠れ以前は普通の爽やかな青年じゃったわい」


「ではそれは40年以上前の話ということですか?」


 愛は怒真利の若い頃の話を聞いたことがなかった。それは怒真利自身が語らなかったこともあるが、愛も特に過去について詮索しようとは思わなかったのだ。


「今からだとちょうど40年前だな。岩戸隠れが起こったすぐ後の事だ。当時のワシは自衛隊に入隊したばかりだった。そしてあの岩戸隠れが起こった。ワシの所属していた部隊は正体不明の化物——餓鬼のことじゃな。餓鬼の討伐と市民の安全を守る為にとある町の警備にあたることになった。そしてすぐに偶然にも餓鬼と遭遇し戦闘になった。しかし当時は月読様も顕現しておらず、神力も持たない状態。ワシらの装備していた自慢の銃器は餓鬼に何の効力も発揮しなかった。打つ手が無くなったワシらに退却指示が出た。被害が出る前に一時退却して対策を考える為だったが、その時小隊長が潜んでいた餓鬼に襲われた。ワシは小隊長を助けようと必死で餓鬼を持っていた銃で殴りつけた。何度も何度も必死で殴った。しかし餓鬼には全く効果がなかった。小隊長はワシに逃げろと叫んだ。それでもワシは餓鬼を殴り続けた。小隊長はそんなワシに敵はこいつだけじゃないだろうと叫んだ。そこではっと顔を上げると、別の餓鬼がすぐ目の前まで迫っていた。そいつと目が合った瞬間飛び掛かってこられ、ワシはその瞬間に死を覚悟したが、運よく先輩の隊員がそいつに体当たりをして救ってくれた。そしてその先輩に半ば強引に引っ張られてワシはその場を逃げ出した。残った餓鬼たちは小隊長に群がっていき、そのお陰でワシらは無事にその場から退却することが出来たんじゃ」


「……怒真利さん」


「今のワシがあるのは、その時命賭けでワシらを逃がしてくれた小隊長のお陰なのじゃよ」


「……怒真利さん」


「じゃからワシもいつか誰かを助けられるようになりたいと思い、必死で神力を磨いて強くなった。あの人のように命を賭けてでも大切な誰かを、誰かの大切な人を守れるようにと、な」


「猫ちゃんがぐったりしてますよ?」


「おん?なんじゃ?ワシがせっかく良い話をしとるところじゃというのに」


「きゅう……」



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2026年1月22日 18:00
2026年1月23日 18:00

神と婚約破棄した最強のおっさん退魔師。~村と愛に縛り付けられて40年、全てから解放された中年は常識の外にいた~ 八月 猫 @hamrabi

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