私を好いている人間が死に、憎んでいる人間が生き残る世界

胡座タンマ

私を好いている人間が死に、憎んでいる人間が生き残る世界


 妹が生贄に捧げられて死んだ。


 私を最強の騎士にする儀式のために。


 こんな狂った世界、滅んでしまえばいい……。


 ーーーーーーーーーーー


「アリナよ。其方は私がこれまで見てきた中で、最も魔王打破に近い、最強の騎士だ。今日という旅立ちの日を迎えられたこと、心から嬉しく思う」


「私めも、この身を国のために捧げられること。心より嬉しく思っております。次に帰ってくる時には、魔王の首を持ち帰ることを、ここに約束いたします」


 とある王国の、とある王の間にて、一人の女騎士が謁見をしていた。

 『最強の騎士』と称された女騎士――アリナだ。


「この王国に、其方に敵う騎士などいない。見よ、王国中の国民が其方の旅立ちを祝福している」


 王の言う通り、彼女は紛れもなく最強の騎士だった。

 剣術、体術、知略、そして人徳。どれを取っても、彼女の右に出る者はいなかった。


 王の間には、アリナの旅立ちを祝福するべく、多くの国民が集まっていた。それだけではない、今頃は、城の外にも多くの国民が祝福のために集まっていることだろう。


「ここまで優れた騎士になってくれたこと、心より誇りに思っている」


「身寄りのなかった私をここまで育ててくださった恩、必ずお返しいたします」


 アリナは王の言葉に凛々しい笑顔で返した。

 その気品と気高さ、強さに溢れた微笑みを見るだけで、彼女が信頼に足る人物だと誰もが思うだろう。


 しかし、その笑顔とは裏腹に、彼女の内心は漆黒に包まれ混沌としていた。


 アリナは、自らの意思で最強の女騎士になったのではない。


 ――人の手によって、無理矢理作られたのだ。


 この王国には、禁忌とされる儀式が存在した。

 『正反対の特性を持つ双子。その片割れを神への生贄に捧げれば、もう片割れが神の祝福を授かることができる』


「やはり、其方を選んで正解だったようだ」


 アリナには、ミラという名の双子の妹がいた。

 ミラは、金髪に金色の瞳を持つ、病弱で我儘な子だった。

 銀髪に銀の瞳、身体が強く、大人しい性格だったアリナとは、まさに正反対……。


「あっ!お姉ちゃん!そのパン私にも分けて!」

「お姉ちゃん、働きすぎ!気をつけてっていつも言ってるじゃん!」

「ごめんね……。私、身体が弱いのに我儘ばっかりで」


 アリナの耳には、いつだってミラの声が昨日のことのように蘇る。

 幼い頃に両親を失った二人は、互いに助け合いながら、互いを心の支えとしながら、日々を必死に生きてきた。

 確かに妹は我儘だったが、アリナにとっては唯一の家族。それ以上に可愛く、大切な存在だった。ミラがいれば、アリナは幸せだったのだ。


 しかし、そんな日々は長く続かなかった。


 正反対の特性を持ち、かつ身寄りのない二人が、儀式にピッタリだと目をつけられてしまった。

 保護と称し、姉妹は儀式に使われた。

 残酷なことに、儀式は無事に成功。ミラの命を犠牲に、アリナは神からの祝福を授かった最強の騎士となってしまったのだった。


 最強の騎士となるのと同時に、アリナは深い絶望も手に入れた。そして、最愛の妹を奪ったこの国に対する憎しみも。

 この数年間示し続けていた忠誠心は、ハリボテでしかなかった。


 いつか……いつか必ず、この国を地獄へと叩き落としてやる……。


 アリナはミラを失ったあの日から、憎しみと怒りを抱え込んだ修羅になっていた。


「アリナよ、魔王を倒した暁には、一生かけても手に入らないほどの富と名声を与えよう。しかし、一つだけ、絶対に破ってはならない約束事がある。それを忘れてはおるまいな?」


「もちろんです。『魔王の心臓は、必ず持ち帰ること』。決して忘れてはいません」


 この言葉も嘘だ。

 アリナは、魔王の心臓を持ち帰る気など微塵もなかった。


 こんな儀式が存在する。


 『多大な犠牲を払うことを了承の上、魔王の心臓を供物に捧げれば、どんな願いでも一つだけ叶えることができる』


 アリナの目的はただ一つ。


 ――この儀式で、最愛の妹を生き返らせること。


 魔王を倒し、儀式を行い、もう一度ミラに会う。そのためなら、アリナはどんな嘘だってつくことができた。


「もしも……もしも、魔王の心臓を使うようなことがあれば……どれほど恐ろしいことが起こるか、わかっておるな」


「はい」


 多大な犠牲。

 それは、儀式を実行した者に好意を抱いている人間が全員死ぬこと。

 つまり、アリナを好いている者全員の命が奪われることが代償だった。


 家族、友人、恋人……優れた人生を送っていれば、それだけこの代償の反動も大きくなる。


 王国の人間は、アリナがそんな犠牲を払うような人間ではないと思っているのだろう。


 だが、アリナにとって、この国の人間など、ミラの仇でしかなかった。


 誰一人として、あの儀式を止めなかった。ミラを見殺しにしたも同然の罪人。あの儀式を罪に思っているのなら、私の旅立ちをこんなにも祝福できるわけがない。


 これ以上ない、最高の代償だった。

 忠誠心を示せば示すほど、復讐の規模は大きくなる。その上、何の感情も抱いていない無関係な人間は死なない。

 アリナにはただで願いが叶えられるも同然だった。なぜなら、唯一失いたくなかった人間は、既にこの世にいないのだから……。


「皆の者!改めて騎士アリナに祈りと声援を送るのだ!」


「アリナ様ーーー!どうか、魔王を倒してください!」


「アリナ様に神の祝福がありますように!」


「アリナ様!お気をつけて!ご武運を祈っています!」


 アリナは、やはり笑顔で手を振り返した。


 せいぜい私のことを気に入ると良い。

 それだけ、後で死ぬ人間が増えるだけだ。


「では、アリナよ。いよいよ旅立ちの時だ」


「はい。必ずやこの国に――」


 ――復讐してみせましょう。



 ーーーーーーーーーーー


「そうだ、最後に其方の仲間となる者を紹介しておかねばな」


「……っ!?国王様、お言葉ですが、仲間は不要だと事前にお伝えしたはず……!」


「其方は腕っぷしは強いが、万が一重傷を負った時に回復できる者がいた方が良いだろう。さぁ、入って参れ」


 仲間なんていらなかった。

 もし国民以外であれば、儀式に巻き込むのは本意ではなかったからだ。


 王の間の奥の扉がゆっくり開かれる。

 現れたのは、白いローブを身に纏った、お淑やかな雰囲気のシスターだった。


「初めまして。アリナ様、私はミルダと申します。この先の旅に同行させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げるミルダに、アリナは言葉を失った。

 

 ミルダの髪と瞳は、妹と同じ金色に輝いていた。


 



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あとがき


お読みいただき、誠にありがとうございます。

もし良い感じに話を思いついたら、連載し始めるかもしれません。


もし気に入っていただけましたら、♡や☆、応援コメントいただけますと、大変励みになります。


また、本連載の方も読んでいただけるととても嬉しいです。

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今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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