神様とハーゲンダッツ

はな

神様とハーゲンダッツ

「こんな時間にどこに行くのじゃ?」


0時過ぎ、コンビニに行こうと玄関に向かう背中に声が聞こえる。


信じて貰えるとは思っていないけれど、本当の事なので言う。

私は神様と一緒に暮らしている。


頭のおかしいやつだと思われるだろう。

私だって、友達が急に


「私、神様と一緒に暮らしてるの。」


って言い始めたら、心配になる。

休職をすすめるかもしれない。


でも、ウチにはいるのだ。

小さくて手のひらに乗るくらいのおじいさんが。


初めて出会ったのは、まだ私が幼稚園の年長組だった頃。

実家の庭で遊んでいた私は松の木の下に人形を見つけた。


正確には、愛犬のチビ(ゴールデンレトリバー)に舐めまわされている人形のようなおじいさんを見つけた。

子どもながらに


『チビがお腹壊しちゃう。』


と考えた私はチビのお腹を守るために、おじいさんを取り上げた。

結果、オモチャを取り上げられたと思ったチビには拗ねられ、自分を助けてくれたと勘違いしおじいさんに付き纏われる羽目になった。


「お嬢ちゃん、良い子じゃなぁ。

ありがとう、ありがとう。」


人形がしゃべった……。

あっけにとられて凝視する私を無視して目の前のおじいさんは続ける。


「なんと、ワシは神様なんじゃ!

どうだ?ビックリじゃろ?」


「嬉しい?

神様に会えて嬉しい?」


5歳だったけれど、”神様”が目の前にいるような軽々しいジジイではないと知っていた私は、口が達者な人形を放置してチビと散歩に出ることにした。


「ワシが見えてるんじゃろ?

神様だぞ?

お嬢ちゃん、嬉しいじゃろ?」


「ワシが見えるなんて凄いことなんじゃ!

聞こえてるなら返事くらいせんか。」


「……無視、しないでおくれ。」


結局、散歩が終わり、夕食の時間になってもおじいさんは私とチビにくっ付いてきた。

(不法侵入じゃない?)


不思議だったのは、両親や兄にはおじいさんが見えていないことだった。

あまりのしつこさに、思わず、


「もう。うるさい!!」


と叫ぶ私を心配そうに見つめる家族の顔が忘れられない。


私が小学生になり、チビが亡くなり、高校を卒業し、一人暮らしを始めると、当たり前のように段ボールに入り込んでついて来た。

本人曰く、


「お嬢ちゃんが気に入った。」


らしい。


神様、なのかどうかは疑わしいけれど、


「野暮用じゃ。」


と言って消えたり、いつの間にか戻ってきてとっておきのハーゲンダッツを我が物顔で食べていたりする。


「神様らしいこと、何もしてないじゃん。」


というと、


「ワシはずっとお嬢ちゃんを守っておるんじゃ!!」


と言い返される。

その割には、救われた、と思えるエピソードの心当たりがなく、本人に聞いてみる。


「例えば?」


「お嬢ちゃんは小学生の時、佐竹さんちのブルドックに吠えられなかったじゃろ?」


佐竹さんは通学路の途中にある大きな家でゴツメのブルドッグ、サクラちゃんを飼っている。

サクラちゃんは通学時間になると庭に出てきて道ゆく小学生に向けて吠え散らかして恐れられていた。

確かに私はサクラちゃんに吠えられたことがない。


「え?それ?」


「そうじゃ。

ワシが言って聞かせておいたからじゃ。」


「……。

他には?」


「お嬢ちゃんは電車に乗り遅れたことがないじゃろ?」


確かに、私は”乗り物運”が良い。

「遅刻した!」と思っても乗りたかった電車が車両点検で遅延していて間に合ったり、逆に私が乗った新幹線の後の便が全てトラブルで運休する、なんてこともある。


「あれ、も?」


「ワシじゃ!」

「東京で暮らし始めてからまだ一度もゴキブリを見たことがないじゃろ?」


「えぇと、それも、かな?」


「そうじゃ、ワシじゃぁ〜。」


うわぁ、小さい。

やってることが全部小さい。

でも本人は胸を張ってふんぞり返っている。


「守られてる実感、湧くじゃろ?

感謝、したくなるじゃろ?」


「……、そうだね。」


生暖かい笑みを浮かべて返すと、満足げに頷いている。


なんだか疲れた。

さっさとコンビニに行ってこよう。


スニーカーを履く私を見て思い出したかのように声をかけてくる。


「こんな時間にどこに行くのじゃ?」


「コンビニ。」


「なぜじゃ?危ないぞ。」


「私がとっておいたアイスがなくなってたの。

不思議なことに、ご褒美用のハーゲンダッツだけ全部なくなってたの。」


「……、不思議なこともあるものじゃなぁ〜

悪魔の仕業かも知れんなぁ。

こわいこわい。」


白々しいな。


「ということで、買いに行くの。」


「そうじゃな、アイスは、あれは重要じゃな。

よし、夜道は危ないからの、ワシもついていってやろう。」


「……、ストロベリーは買わないよ?」


「最近のお気に入りは、マカダミアナッツ、じゃ!」


(……、うるせえよ。)


深夜の道を神様と並んで歩く。

耳元には


「アイス、アイス、ハーゲンダーッツ♪」


というセンスのカケラもない鼻歌が聞こえる。

スマホの明かりめがけて飛んできた蛾にビックリして私のパーカーのフードに隠れた神様が、本当に私を守ってくれているのかは甚だ疑問だけれど、

おじいさんのおかげで退屈しないのも事実だ。


いつか私に子どもが出来たら、その子のことも守ってくれるのだろうか。

その前におじいさんが見えなくなったら、少し寂しいだろうな。


神様の鼻歌を聴きながら、コンビニに向かう。


私は神様と暮らしている。

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神様とハーゲンダッツ はな @hana0703_hachimitsu

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