1 靴箱の手紙

SHRの終わりを告げる鐘が鳴り、教師の話などほとんど聞いていなかった連中が面倒くさそうに立ち上がり始める。

カラオケに行こうぜ。ファミレスに行かない? ゲームしようぜ。今日の部活の内容は……。

教室はそんな会話に溢れ、途端に騒がしくなる。

彼らは会話を背負いながら教室を出て行き、騒がしかった教室はすぐに静かになっていく。

俺は当然のように、その輪のどれにも属さず、会話を一つも背負うことなく教室を出る。

「あ」

扉前にたむろしている男子生徒の一人に肩がぶつかった。

「んだよ」

彼はこちらへ振り向き、俺を認識する。俺も彼を一瞥し、

「……」

何も言わずに通り過ぎる。

「ちっ。何か言えっつの」

「まあ西だから」

「西だしなあ」

「マジで何? あいつさあ」

背後から聞こえるのは舌打ちと嫌悪の念。あいつはああいう奴だという諦念。

大丈夫。上手くいってる。

俺は胸をなでおろしながら西日の射す廊下を歩く。

誰にも興味を抱かない。誰にも興味を抱かせない。誰も俺に話しかけないし、話しかけても答えない。

それが俺がこの学校生活で一番大切にしていることであり、俺が損失なく生きていくために重要なことだった。


俺は呪いにかかっている。

それを知ったのは5歳のときだった。

5歳のとき、母が失踪した。俺を家に置いたまま、どこかへといなくなってしまった。

母が最後に、俺に置き土産として残したのが、呪いだった。

俺の首元、より正確に言うなら喉にかけられたその呪い。

それは『本当のことを告げると喉が焼けてしまう』というものだった。

本当のこと、というのが難しく、俺が児童施設に預けられた当初は『自分の名前を正しく告げること』も本当のこととして判定されたのか、喉が焼けるように熱くなって名前さえ言えなかった。

はじめは精神的なものだと判断されていたが、違法魔法対策課の人が「これは呪いではないか」と疑い、詳しく調べた結果呪いだと判明したのだ。

その後や専門家や魔法災害関連の医者にかからせてもらったが、この呪いを和らげることは出来ても、完全に解けることはなかった。

だから俺は『事実を告げること』は出来るが、『本当のことを告げること』が出来ない。

きっとこの呪いに反発して『本当のことを告げ』てしまったら、喉は焼け、声が出せなくなってしまうだろうから。

俺が俺自身の首を絞めずに生きていくためには、誰かが俺に話しかけるような環境下にあってはならない。

話しかけないことが最善で、話しかけることで損害を負うのだと思われるような、そんな人間であらなくてはならない。

他にもっと良い生き方があるのかもしれなかったが、俺にはそれしか思いつかなかった。

というか、今更方向性を変えたって、俺自身が困るだけだ。


現に、俺はこうして。

関わっても不快になるだけという立ち位置が確立しつつあるのだから。


昇降口に生徒はいない。

オレンジ色の陽光の中、上履きを脱ぎながら靴箱を開ける――そのとき、何か紙のようなものがぱたりと床に落ちた。

折りたたまれた紙だ。……便箋、か? 手紙だろうか。

何だろう。俺に向けて文句を書いたのか。対面で言われるよりずっといい。手紙なら何も言わなくていいから、ずっと楽だ。

何でもいいか。そのままにしておくのもアレなので、拾い上げる。

「……?」

書かれていたのは『東島さんへ』という文字列だった。

東島。クラスメイトの女子の一人だ。ヒガシのシマと書いてヒガシマと読む。

クラスの中でも一際人目を集める女子で、中心的存在とかムードメーカーというわけではないが、とても良く笑う明るい生徒だ。

クラスメイトの大半と関わりを持たない俺だが、彼女とは入学当初に席が隣だったからか印象に残っている。

ニシとヒガシマ。

出席番号順で6つ後ろなので隣になることが多々あるのだ。

この靴箱だってそう。誰かが一つ隣の俺の靴箱に間違えて入れてしまったのだろう。

東島宛とわかって、これが俺に文句を言うための手紙ではなく、もっと大事な意味を持つものだということもわかってしまった。

大事なものならもっと確認してから入れろよ。

呆れながら、俺は差出人の名前を確認する。『東島さんへ』と書かれた表面をひっくり返して。

そこには何も書かれていなかった。消したあとすらない。

こんなことも確認しないで入れたのか。

何してるんだか。

俺は仕方なく、差出人の代わりに東島の靴箱に入れ――ようとした。

「西くん? 何してるの?」

呼びかけられ、あわてて振り向く。

そこには――東島が立っていた。

「そこ私の靴箱だよね?」

「っ!」

咄嗟に何を言うこともできず、いつものようにあしらう言葉さえ出てくることはなく、とりあえず手の中にあった手紙を東島に押し付け、背を向けた。

靴箱から靴を出して、履けてもないのに走り出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

背後で引き止める声がするが気にしない。靴のかかとを踏み潰したまま、校門へ向かって走る。


思い返してみればそれがまずかったのだと気付く。

気付いても遅いのだが、どう弁明するか。

あの東島のことだ。今頃友人たちに言いふらしていることだろう。

何と、説明するべきか。

俺は自分の首元に触れながら、ただただ憂鬱に考えていた。

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さよならライアー、ハローマイディア 織音 @orionium_

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