003

こんな夢を見た気がするんだ。

いや、上海が僕の部屋にいきなり入ってきて意味深なことを言ったあとで申し訳ないのだが、僕は本当に不思議だったのだ。

電車...といっても普通の、通勤時や通学時によく利用する電車を想像してほしい。

乗客は僕と一人を除き、誰もいなかった。

"一人"___。この場合、僕の隣に座り、語りかけてきた人のことを指す。その人は、

小春さんによく似ていた。

『十字霧さん。これは単なる、ふとした疑問であり、特に面白みもない話です。最悪、そのまま聞き逃してしまってもかまいません。

『十字霧さん。人間とは、何を以てして人間といえるのでしょうか。

『そうです。哲学的なお話です。

『......例を出しましょうか。では、あなたには最高の親友だったり、愛する恋人がいると考えてください。...いてもいなくてもです。その人は外見だったり、話し方だったりは人間です。四肢もありますし、脳みそもあります。知的好奇心や、愛の感情もあります。なんの変哲もなく。私たちの生活に溶け込んでいます。

『ですが、その人の皮膚の下は、幾多もの死体で構成されています。その人は、人間を躊躇なく虐殺し、食します。

『これは...人間といえるのでしょうか。

『......正解は人間といえる、です。

『そもそも、"人間"の定義というのは、世界ではなく、私たち"人間自身"が定めたものです。確かにそんなものは、今の時代、検索サイトを使えば簡単に出てきます。ですがそんなものを気にしないことだってできるのです。例えば自宅で飼っているペット。ペットは家族だ、と言う人がいます。しかし、ペットというのは"家族"という定義に当てはまらないはずです。

『はい。そういうことです。"どうでもいい"のです。自分がそう認めれば、他者がそう認めれば、"存在"というのは"定義"の幅を超えて、簡単に置き換えられるのです。

『ですから____あなたが気負う必要はないのです。

『以上、局長様からの伝言でした。どうかこの言葉を心に留めておいてください。


それだけ言い残して、小春さんによく似た人は電車を降りてしまった。

特に疑問などは持たなかった。



_____全てにおいて、心当たりがあるから。



「それでねー!"くろれきしきかん"?っていうのが時空管理局を解体しようとしてるんだってー!」


うむ...、これはとてもまずいことになった。

上海は確かに子供ではあるが、純粋無垢で嘘は基本つかない。だから、信憑性は抜群にあるが____

この場合に限っては真っ赤な嘘であってほしかった。


「......なぁ上海。お前その情報をどこから仕入れたんだ?」

「うーん...、これは伝言みたいなものなの。"くろれきしきかん"に所属してるっていう女の子が言ってたの。『お前ら時空管理局は終わりだ』って」

「そうか...」


とは言っても、今日は仕事三昧だったし、明日は明日で山ほど予定がある。とてもじゃないが、今このような話をきける体調ではない。


「その情報は、明日遥さんにしてくれないか?僕は激務で体が悲鳴をあげてるんだ」

「悲鳴?そんなの聴こえないけど...?」

「言葉の綾だよ、純粋なカミサマ。」

そう言って僕は布団に飛び込み、深い眠りにつこうとした。

「えーっ!?寝るの!?ねー!ねー!おきてよぉ!!!」


上海は僕の疲れ切った体に鞭を打つかのように、これでもかと体を揺さぶる。


「無理に決まってんだろ。お前は神だから体力とか気にならないかもしれないが、僕は人間なんだ。睡眠も必要だし、生活リズムのとれた習慣も必要なんだ。」

「えーーーーーーー?とぉぉぉるぅぅぅ!!構ってよぉ、寂しいよぉ!この時間になったら誰も話してくれないんだよ!?」

「知るか、さっき言った通りだよ」

「ぶー......」


上海は頬を膨らまして、不満そうな声を出す。

こいつは元々の顔立ちがいいから、この仕草さえ多少かわいく見えるのがムカつく。


「......今ここで寝たら、透があたしのお胸触ったこと、小春姉に言うよ?」


前言撤回。こいつは全然かわいくない。


「はぁっ!?!?!?僕がいつそんなことした!」

「この場合、したかしてないかなんて関係ない...。言ってしまえばこちらの勝ちなのだよ透君...!」


くそったれ、何も可愛げなんてない。今僕の目の前にいるのは悪知恵のはたらく魔女だ。

魔女が神格なのは思うところがあるけれど。


「というわけで透!寝ちゃダメだよ!」

「いやだね!寝る!!」

「ハッ、いいの?言っちゃうよ?透があたしのお胸を揉みしだいた挙句、私の処」

「ストップ、そこまでだ。なんでお前の語彙がそこまであるかはさておき、考えてみれば僕は遥さんに弁明すれば済む話じゃないか」

「.........あっ」


そう、遥さんと小春さんの信頼関係はかなり強い。そして小春さんはだいたい、遥さんの言うことを信じる傾向にある。僕は遥さんとは仲が良いほうではあるし、上海の嘘は簡単に露見するだろう。


「上海。お前が小春さんと仲が良いように、僕だって遥さんと仲が良いんだよ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


上海は、今にも泣きそうな顔で睨んでくるが、それは無駄というものだ。さてさて、今度こそゆっくり寝るとしよう。この前の意味不明な夢ではなく、良い夢を見たいものだ...。


_____そんなときだった。


「夜分遅くにすみません、透様。少々応援に来てください。侵入者が透様を呼べとおっしゃっているので。ええ、はい。もし不安でしたら、上海様を連れて来ることをおすすめします」


そんな小春さんからの電話で、僕は結局寝れないのであった。

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時空管理局の活動記録 ろっぴの物置棚 @roppi_MonoOkidana

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