エピローグ
すべてがわかってしまったら、笑い話だ。
記憶の同調から目覚めたクリフ様は、わたしを愛していると言い、そして、忘却の魔法を使用してから今日まで、思い出したことをすべて教えてくれた。
簡単にまとめれば、クリフ様はどうやら、わたしがほかに好きな男性がいると盛大に勘違いし、思いつめてしまったそうである。
そして、わたしへの気持ちを忘れるために忘却の魔法をつかった。
――つまり、彼が忘れてしまった初恋の女性とは、わたしのことだったのだ。
その、びっくりするような告白に、わたしは恥ずかしいやら嬉しいやら照れくさいやら、もうわけがわからなくなって、ただただおろおろするしかなかった。
ひたすら謝るクリフ様と、恐らく顔を真っ赤にして、おろおろしっぱなしだったわたしは、しばらくして物音を聞きつけてやってきたドロシアによって多少の冷静さを取り戻した。
次の日にはコニーリアス様が様子を見に来てくれて、わたしもクリフ様にも異常なしと判断を下してくれたけれど、クリフ様によって真実を知ったコニーリアス様のあきれ顔と言ったらなかった。
わたしたち夫婦の問題で本当にお騒がせしてしまって、コニーリアス様にはもう足を向けて寝られない。
周囲から見ればあまりにもくだらない理由ですれ違っていたわたしたちは、ようやく、ちょっと照れくさいながらも、本当の夫婦としての生活をスタートさせた。
アストン侯爵や彼に巻き添えを食った幾人かの古参貴族が罪に問われたことで、お城の人事だなんだとクリフ様はとても大忙しだけれど、暇を見つけてはわたしとの時間を作ってくれる。
クリフ様が午後から半休みをいただいた今日もそうだ。
わたしはクリフ様に誘われて、彼と手を繋いで王都の公園を散歩していた。
「そういえば、クリフ様はわたしが初恋だって言ってくださいましたけど、いったいいつわたしを好きになってくれたんですか?」
わたしがクリフ様を好きになったのは、はじめて顔を合わせた十三歳の日だ。
それまでは互いに絵姿でしか知らなかったはずなので、普通に考えれば顔合わせをした後のことだと思うが、クリフ様は出会ってからずっと紳士的で、どこかのタイミングで何かが変わった、ということはなかったと思う。
日差しをよけるように、鮮やかな緑の葉を茂らせた木々の下を歩きながら訊ねたら、クリフ様が「あー……」と言いにくそうな顔をして斜め上を見上げる。
その耳が赤く染まっていたので、照れているのだろう。
「言わなきゃダメ?」
「ええっと、言いたくないのなら無理にとは……」
「言いたくないわけじゃないんだけど……あー……」
クリフ様は首の後ろを掻いて、ちらりとわたしに視線を向けると、小声でぼそりと。
「……先王陛下経由で、君の絵姿をもらったとき」
わたしは目をぱちくりとさせた。
「え?」
わたしとクリフ様の婚約が持ち上がったのは、わたしが八歳のときだった。
クリフ様に絵姿が届けられたのはいつのことかはわからないが、肖像画を描かれた記憶があるのが九歳か十歳の頃なので、そのくらいだと思われる。
「はにかんだような笑顔が可愛い子だなって思って。それで、将来の結婚相手はどんな子なんだろうって気になって、こっそり君の様子を見に行ったことがある。この公園だった。君は義父上と手を繋いで散歩していたと思う」
「し、知りませんでした……」
「う、うん。父上に頼んで本当にこっそり見に行ったからね。アナスタージアの教育が終わるまで会ってはだめだと言われていたし。君のおじい様の意向だって」
そう。わたしはおじい様に、公爵家に嫁ぐために必要な教育が終わるまでクリフ様に会うなと言われていたのだ。破談になるのを警戒してのことである。
「本当に思い出せてよかったよ。だけど思い出した後はぞっとしたな。初恋の相手に向かって、初恋の女性がいるから夫婦になれないなんて……君が離縁を考えていると言ったときのことも覚えている。離縁されていたらと思うと今でも血の気が引く思いだ」
クリフ様がわたしの手を、指を絡めるようにつなぎ直す。
「傷つけてごめん。もう二度とあんな馬鹿な真似はしないと誓うよ」
「約束ですよ?」
「うん」
わたしも経験したからわかるけれど、感情が残っているのに相手のことを思い出せないのは本当につらい。
だけど、記憶が元通りになってからは、そんな日々もいい思い出だと思えるから不思議だった。
あのおかしなすれ違いの日々があったから、より一層彼の隣にいられることを嬉しく思う。
「あ、クリフ様、あっちでジュースを売っていますよ。休憩しましょう」
わたしは、クリフ様の手を引っ張って笑った。
君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します 狭山ひびき @mimi0604
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