24年振りに母親から連絡がきた
重本累
24年振りに母親から連絡がきた
夜勤中、やっと仮眠に入れると思ってスマホを開く。知らない番号からのショートメールに気づく。
〇〇君からはじまる文章が目に入る。
スマホの普及でLINEが連絡手段のスタンダードになった昨今、メッセージは仕事の連絡かサイトへログインするためのパスワードくらいしかこない。
君付けした下の名前で呼んでくれる相手は元恋人くらいしかいない。元カノからなにか緊急の連絡か?と訝しみつつメッセージを開くとその末尾には女性の名前が書いてある。小学生1年生の春に出ていった生物学上の母親だ。もちろん父とは離婚している。24年ぶりの連絡である。
なんでも彼女の兄が亡くなり、その手続きをしていた際に戸籍上で俺の弟が結婚していたのを知ったため連絡をしたそうだ。俺は6歳、弟は4歳の時に離婚して離れていった人だ。兄の不幸の中で見つけた息子の結婚には思うところがあったのだろう。
幼い頃に少ししか会ったことのない叔父だ。思うところなどほとんどないのだけれどフォーマルにお悔やみ申し上げる。俺ももう大人だ。
母は不幸な生い立ちであったことを覚えている。母が中学生の頃に火事で母親を亡くしたという。俺が幼い頃に当時、焼け跡に残っていたという焦げた通貨を見せてもらった記憶が残っている。
地方銀行の要職であった父親は程なくして夜職の女を後妻とした。俺から見れば母方の祖母にあたる血の繋がっていない人物は狭いマンションの中でも幼い俺と弟を気にすることなく紙煙草を吸っていたのを覚えている。品定めするような視線をこちらに送る彼女が好きではなかった。
母の実の兄は狭いマンションの狭い部屋の中に引きこもってゲームやプラモに囲まれている大人だった。母の実家に行くたびに幼心に羨ましかったのを覚えている。
母の父は優秀な人であったらしい。しかし、精神的に脆弱であったと。この美しい世界へと爆誕したばかりの激プリチーな俺の顔をふらっと見に来たことがあったという話を聞いた。
その数日後、地方の公園で首を吊った。大病を患っていたそうだ。我が祖父ながらなんとも迷惑な話である。
母は23歳で広島市内から山奥の片田舎へと嫁いできた。田舎に長男として生まれ蝶よ花よと育てられた父とは恋愛結婚だったという。父の若い頃の話を人づてに聞くと優しくおおらかだが甘やかされて世間知らずであったそうだ。
当時の地元はダム開発に伴って村の移転が進んでいた。自治体からそれなりの支援金をもらって村全体が引越しをしていた。移転後の家々田舎ということもありそれなりに大きく広かった。
俺が産まれる前にその家に住んでいたのは曾祖母、祖父母、父母、親父の弟だった。
時代に限らず地方の女性が受ける扱いというのは大人になった今では見ていて気持ちのいいものであるとは言えない。今でこそ年嵩をまして丸く弱くなった祖母達であるが当時の彼女らは血の気が多かった。彼女達がそうされてきたように嫁である母には優しく愛護的に関わったのだろう。姑に加えて大姑と共に田舎で暮らすのだ。その扱いは小間使いのようなものであったと想像にかたくない。
母が24歳の時に俺は生まれ、その2年後には弟が生まれた。
そして、母は30歳になる年に実家を出ていった。
よく晴れた春の日であったと思う。紅色のボストンバッグに荷物を詰めて、外に待っていた友人の車で逃げるように出ていった。
正直、この辺りの時系列は定かではないのだが小学校の入学式の写真には礼服に身を纏った母が写っていたので4月は過ぎていたのだろう。
「この家で父達と住み続けるか、母と一緒に外で暮らすか」
家を出ていく前の母にそんなことを訊かれたことがある。子供の選択を尊重してのことだろうとは思うが6歳そこそこの子供にする話としてはなんとも酷だ。
当時の俺は「友達がいるからこの家に残りたい。お母さんも一緒がいい」と泣きながら伝えたのを覚えている。涙を流す母に抱きしめられたことも覚えている。
その日の夜、父から「お母さんからなにか話があったのか」と訊かれた。なんとなくだが本当の事を伝えると母が怒られてしまう気がして当時の俺は鉛筆削りを壊して叱られていたと嘘をついた。なんとも見え透いた可愛い嘘だ。ただ当時の父はそれを可愛い嘘と言えるだけの度量があったのだろうか。
やんちゃだった俺はつまみ食いをして頬を打たれたり、家を締め出されたりと母の手を焼かせた記憶がいくつもある。
おそらくだが母はそれなりにヒステリックな人物であったのだろう。母の友人の家に遊びに行った際にストレスで目やにが増えて目が開かなくなっているといった愚痴をこぼしたのを幼いながらに覚えている。
そんな母から24年ぶりに連絡がきたのだ。仕事中に。俺は仮眠室に入って横になった。
浅い眠りだった。
24年振りに母親から連絡がきた 重本累 @kasanes1203
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