第20話 匠姫は、愛しい人と自分の道を切り拓く

 

 冠崎かんざき邸は朝方に消火されたが、ほぼ消失。

 陸一郎は苦しんだ末に、病院で亡くなった。

 最後は、萌黄や海斗への恨みを吐いての絶命だった。

 海斗が看取ったが、それを萌黄に伝える事はないだろう。


 現場検証など色々おこなわれた為、萌黄は海斗が手配した旅館で数日過ごした。


 そして今日、海斗が迎えに来てくれたのだ。


「海斗さん」


「萌黄さん」

 

 あの騒動から話す時間もなかった二人が、駆け寄る。

 旅館の庭を歩きながら、今後の話をすることにした。

 

「えっ……影工房を他へ移すのですか」


「はい。屋敷は燃えてしまいましたし、あんな惨劇があった場所にはもういられないでしょう」


「……そうですよね」


 真白を失った両親は泣き狂い、指輪の保管が杜撰ずさんだったせいだと海斗を責め、訴えようとした。

 しかし蔵の鍵を渡してしまったと庭師の男が証言したので、真白が勝手に部屋に入り指輪を盗んだ末に……という判断になったのだ。

 それでも納得しない両親は、今後も海斗へ呪いを吐き続けるだろう。

 

 萌黄は世間一般では、未亡人になってしまった。

 両親は萌黄へ会いに来ることも、言葉をかけることもないままだ。

 そんな状況では実家へ戻ることなど、できないし二度と両親にも会いたくはない。

 

 色々な事が重なりすぎて、痩せた萌黄。

 真白への気持ちも、まだ整理できていない。


 これから、どうすればいいのか。


「……海斗さんは海外に戻られますよね……」


 海斗はきっと留学先に戻るだろうと、萌黄は思う。

 想いが通じ合ったと思っても、海斗を引き止める資格などないと……萌黄は考えていた。

 優秀な彼の未来を、自分が遮る事などできるわけもない。

 

 きっと迎えに来てくれたその日が、別れの日になるだろう。

 今日までに、別れが辛いと何度も涙を拭ってしまった。


 そんな萌黄に海斗は微笑んだ。


「萌黄さん。俺は留学先へはもう戻らないことにしたのです」


「えっ……」


「もう、届けは出してきました。今は海外で学ぶことよりも、大事な事が俺にはありますから」


「で、ではこれから何を?」


 戸惑う萌黄の手を、海斗は優しく握った。

 

「やっぱり俺は魔道具を創ることが好きですし……祓魔騎士ふつまきしの使命を果たしながらも、新しい影工房で新しい技術開発をしていきたいです」


「それは素晴らしいですね……応援しております」


 海斗が眩しい、と萌黄は思う。


「何を他人行儀に! 萌黄さんも、俺と一緒に来てくれますよね?」


「えっ……私も?」


「俺が幼い頃、貴女に助けられて、ずっと恋をしていた事はもうご存知なんですよね?」


 萌黄は、海斗の手を握り返せない……。


「あの時の男の子が、海斗さんだったなんて驚きました。……でも、子どもの頃の話だし……私はただのお手伝いでした。あれから長く学ぶ事もできませんでしたし……海斗さんは……私を美化しすぎなのでは、と……」


 海斗が自分に想いを寄せ続けていた事は嬉しいと思った。

 だが、勉強もできずにいた自分を理想的に美化しているのでは? と不安に思ったのだ。


 もう自分は『匠姫』などではない……と。

 

「手伝いだったとしても、俺は貴方に励まされて命を救われたんです。そしてこの左腕と共に祓魔騎士にもなれて、魔道具技師にもなれたのです。憧れである命の恩人を好きにならないわけがありません……まぁそれは幼い子どもの初恋だったのかもしれませんが……」


「ですから……」


 しかし海斗は、ぎゅっと手を強く握った。


「でも! 俺は影工房で貴女と一緒に過ごして、俺の初恋は間違いではなかったと確信したんです。毎日どんどん貴女を想う気持ちが強くなっていきました!」


「か、海斗さん」


「俺は、今の貴女を心から愛しています!」


 温かい手から伝わってくる、優しい波動。

 この手に何度救われただろう。


 萌黄の瞳から涙が溢れる。


「……でも、私は疫病神で……陸一郎さんも……屋敷も失ってしまって……」


「貴女に責任など、一切ありません。彼らから酷い悪夢を見せられただけです。これからは俺が貴女に幸せだけを捧げたい。俺と一緒に、魔道具を作って精進していきませんか?」


「海斗さん……」


「貴女の魔道具を待っている人が沢山いるんです。もちろん俺もその一人です。萌黄さん。どうか俺と一緒になってください」


 海斗が握った手を、萌黄も優しく握る。

 騎士であり職人でもある、温かくて大好きな大きい手。


「……はい、よろしくお願いいたします」


 歪んだ愛に翻弄された二人。

 それでも真実の愛を掴み取ることができた二人。


「やったぞ! これからはもう我慢なんかしませんからね! 義弟なんかじゃなくって、俺はもう萌黄さんの夫になるんですから!」


「きゃっ……!」


 喜びで海斗が萌黄を抱き上げた。


「力の限り愛しますから、覚悟してくださいよ! 俺の匠姫! 大好きです! 早く一緒に魔道具が作りたい!」


「まぁ海斗さんったら、ふふ。私も、海斗さんが大好きです……!」

 

 驚きと、嬉しさで萌黄が笑って海斗に抱きつく。


 二人の身につけた魔道具が、二人を祝福するように輝いた。

 

 これから、二人は新しい影工房で人々の幸せのために仲良く魔道具を作っていく事だろう。

 萌黄の幸せは、これから始まる――。



 「影工房の匠姫」・完

 

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影工房の匠姫~最凶妹に寝取られた最悪初夜と、義弟の甘く優しい救いの手~ 兎森りんこ(とらんぽりんまる) @ZANSETU

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