第7話
放課後の教室には、のんびりとした静けさが漂っていた。
窓の外では、初夏の風がカーテンをふわりと揺らし、斜めに差し込む陽射しが机の上に淡い影を落としている。
授業の余韻も、今はもう遠く、空気はどこか緩んでいた。
教室の隅、いつもの席に今日はアラタ、シュウゴ、イチロウの三人が集まっている。
誰が呼びかけたわけでもないのに、自然とそこに集まるのが習慣になっていた。
鞄を椅子に引っかけ、誰かが持ってきた小袋のお菓子が中央に置かれている。
「実は最近、またゲームにはまっちゃってさ」
「R18のゲームはもう一年早いだろ。オレらまだ成人してないぞ」
「いや、だからそういうジャンルじゃなくて……」
「あの子の前でエロゲを夜更かししてやってたら、襟足がいくらあっても足りませんよ」
「だからエロゲーにドハマりした前提で話を進めるのはやめてほしいから」
シュウゴは机に肘をつきながら、苦笑いを浮かべていた。
話の流れを戻そうとするも、アラタとイチロウのツッコミに、なかなか本題にたどり着けない。
それでも、どこか楽しげな表情をしているのは、こうしたやりとりが日常の一部になっているからだ。
「ああ。エロゲじゃないなら、最近始まったあの対戦型のやつか。オレは難しくてよく分からんかった」
「それそれ。勝ち負けがはっきりしてるのが面白くて。俺の反射神経も発揮できるから」
「流石に、普段から幼馴染のバリカンを躱してるだけありますね」
「いや、ほんとそれだから……」
少しげんなりした様子で、シュウゴが机に頬をぺったりとつける。
「そういえば、二人ってゲームとかするのか?」
「しますよ。全然。この前も古いハードの中古のノベルゲームが安かったので、つい買ってプレイしました」
「俺よりよっぽどエロゲに近いジャンルだから……」
「何を言いますか。そんな邪な目的でゲームをプレイしたりはしませんよ。ただ、たくさんの可愛い女の子を、僕の思考で紐解いていく様に興奮を覚えるだけです」
「だからよっぽど俺よりやばいからあああああ! それギャルゲーだから!」
アラタは生き生きとした表情で、どこか誇らしげに語っていたが、その内容はどう考えても誤解を招くものだった。
このままでは話がどこかへすっ飛んでしまうと思ったのか、少し割って入るような形でイチロウが口を開く。
「オレは、中学生の頃は無双系にはまってた」
「あー、あの敵を蹴散らしていくやつ」
「それ。やっぱシンプルなのが一番だな。細かい連携とか選択肢とかが入ってくると、ちょっとな」
「それでいうと、最近のゲームは凄いですよね。正攻法以外でも、バグ技を使わずに攻略できるみたいですから」
「へぇー、すげえよなぁ」
窓の外では、風が少し強くなり、カーテンがふわりと大きく膨らんだ。
夕陽はさらに傾き、机の上の影が長く伸びていく。
その影の中で、三人の声がゆるやかに交差しながら、放課後の時間は静かに深まっていった。
「おい、お前ら教室残ってねえで早く帰れよ」
そんな三人にかけられる声。
ゴリラのような顔、ゴリラのような腕、筋骨隆々とした大柄な体格が特徴的な、長谷川先生だ。
「あ、分かりました」
「それより先生、今回の日本史のテスト超難しかったんですけど」
軽く返事をするアラタとは別に、たまたまいたからだろう、先生に今回のテストの愚痴をこぼすイチロウ。
その言葉に、長谷川は一瞬だけ目を細めた。
そして、腕を組んだまま、ゆっくりと教室の中へと歩みを進める。
「まあ、今回はちょっと範囲広かったからな。でも、猫田は結構解けてたはずだが」
「でへへ」
「でも、今気が緩んだからちょっと減点だな」
「そんなぁ」
「余計なこと言うから……」
ガハハと笑い、長谷川は教卓の上にあったノートを抱える。
どうやら、積まれたノートを取りにくるのが、教室に来た目的だったようだ。
「俺はもう職員室に戻るから。お前らも気をつけて帰れよ。
……あと、菓子の袋はしまっとけよ。次見かけたら没収だぞ」
「!?」
そう言ってニヤリと笑い、職員室へと戻っていった。
それを三人で見送ってから、イチロウが口を開く。
「長谷川先生、見逃してくれたのか……」
「命拾いしましたね」
三人でほっと肩を撫でおろす。
他の先生なら、この寛大な措置はなかったことは明白だからだ。
「一安心したところで、俺たちも帰るか」
「ですね。今日は真っすぐ帰りましょうか。今ちょっと金欠なんですよ」
「俺もだから。次のお小遣いの支給日までは節約しなきゃだ」
三人はそれぞれの席に戻り、鞄の口を開いて教科書や筆箱を放り込む。
机の上に残ったお菓子の袋を畳みながら、アラタが小さく伸びをした。
窓の外では、夕陽が校舎の壁を朱に染めていて、風は少しだけ涼しさを帯びていた。
教室を出ると、廊下にはもう誰もいない。
遠くからは、部活動の掛け声やボールの音が微かに聞こえてくる。
それらを背にしながら、三人は並んで昇降口へと向かっていく。
靴を履き替えながら、イチロウがふと口を開いた。
「そういえば、来週ってもう中間の結果出るんだっけ?」
「うわ、それを聞くだけで胃が痛くなってきたから……。イチロウは現代文、大丈夫だったか?」
「うーん。多分大丈夫だと思う。恋愛描写にも嫉妬で狂うことはなかったし」
「なんという低いハードルだから……」
「まあ、今さら悩んでも仕方ないですよ。椎奈さんから小説を借りて、ばっちり対策したじゃないですか」
アラタの言葉に、イチロウが苦笑いを浮かべる。
それでも、どこか気楽な空気が三人の間には流れていた。
校門を抜けると、空はすっかり茜色に染まっている。
街路樹の葉が風に揺れ、遠くで自転車のベルが鳴る。
三人で連れだって歩く、その背中を夕陽がやさしく照らしていた。
風見鶏高等学校の日常のようです 卯月 あかり @lucky_amargar
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