第6話

文房具店を出た五人は、モールの吹き抜けを抜けて、ちょうどお昼時ということもあり、二階の奥にあるパンケーキ店へと向かった。

店内は、木の温もりと甘い香りに包まれていて、外の初夏の空気とはまた違う、ゆるやかな時間が流れている。

窓際のテーブルに案内されると、アラタがメニューを開いて目を輝かせた。


「僕はこのパンケーキにしようと思います」

「クリームが虹色……一口食べただけでキマりそうなんだけど」

「アタシはおかず系のやつにしようかな。ちょっとしょっぱいのが食べたかったんだ」

「マナミちゃん、それわたしとシェアしない? わたしが甘いの頼むから」

「いいね。じゃあそうしようぜ。あ、飲み物は紅茶にしとこ」

「オレもがっつり食いたいし、このベーコンエッグのパンケーキにする」

「俺はチョコバナナが食べたいな。みんなで分ける用に小皿頼んどくから、食べたい人は言ってほしいから」


シュウゴが店員を呼び、てきぱきとパンケーキとドリンクの五人分の注文を済ませる。

店内のBGMは、ピアノの軽やかなインストゥルメンタル。

窓の外では、モールの中庭に植えられた木の青々とした若葉が風に揺れている。

その揺れをぼんやりと眺めながら、五人はそれぞれ違う形でくつろいでいた。


アラタは、メニューの裏に載っていた『パンケーキの豆知識』を熱心に読み込んでいた。

「ホットケーキとは、けっこう違うんですね」と、独り言のように呟く。


「パンケーキが来たら、写真に撮ってもいい? インスタに載せたいから」


リンがスマホを構えながら、他の四人に声をかける。


「いいですよ。“映え”重視なら、僕のをメインにしましょうか」

「それはそれで映えるから、いいんじゃねえかな」


アラタが笑いながら言うと、マナミが苦笑して返す。


「なあ、やっぱりデニムの上着がないと今日はしっくりこないんだけど」


イチロウが、買い換えた服の代わりに紙袋へ入れていたデニムジャケットを取り出し、広げて眺める。

それを見たシュウゴが、少し困ったような顔で言った。


「気のせいだから、それしまっといてほしいから」


しばらくして、店員がトレイを手に近づいてくると、五人の視線が自然とそちらへ向いた。

ふわりと漂ってきたのは、焼きたての生地とバターの香ばしい香り。

それに混じって、ベーコンの塩気やフルーツの甘酸っぱさが鼻をくすぐる。


「お待たせいたしました」


店員が一皿ずつ、丁寧にテーブルへと置いていく。


まずは、アラタのパンケーキが机の上に置かれた。

虹色のクリームが、まるで絵の具を垂らしたように鮮やかで、パンケーキの上に大胆に盛られている。

その上には、様々な形のチョコレートと金粉のような飾りが散らされていて、なんとも言えない光景が広がっていた。


次に運ばれてきたのは、マナミのおかず系パンケーキ。

ベーコンとシーザーサラダがふんわりと乗り、緑が彩りを添えている。

皿の端には、はちみつが小さな器に入っていて、食欲をそそる香りが立ち上っていた。


イチロウのベーコンエッグパンケーキは、見た目のボリュームが圧倒的だった。

厚切りのベーコンがパンケーキの上に堂々と横たわり、目玉焼きの黄身がとろりと光っている。

「がっつり食いたい」と言っていたイチロウの言葉に、誰もが納得する一皿だった。


シュウゴのチョコバナナパンケーキは、見た目こそシンプルだが、香りが濃厚だった。

温かいチョコソースがとろけるようにかかり、バナナの輪切りがリズミカルに並んでいる。

添えられたホイップクリームが、ふわりとした白い山になっていて、オーソドックスな見た目ながら、食欲をそそる見た目だ。


最後に、リンの選んだベリー系のパンケーキが運ばれてくる。

ラズベリーとブルーベリー、そしてケーキの隣にはクリームがたっぷり乗り、粉砂糖がベリーの上に雪のように振りかけられていた。

クリームの頂点には、ミントの葉が一枚だけ添えられていて、写真映えを意識したような繊細な盛りつけだった。


「じゃあ、撮るね」


リンがそっとスマホを構える動きに合わせて、誰もが自然と手を引き、皿の位置を整える。

カメラのシャッター音が、静かな店内に小さく響いた。


そして、フォークとナイフを手に取り、それぞれ自分の前に置かれた皿へと手を伸ばした。


「うっっっま!!」


イチロウがパンケーキをベーコンと一緒に口へ放り込み、満足そうに咀嚼している。

口の中で甘さと塩気が混ざり合い、思わず目を見開いてしまうほどの衝撃だったことが窺える。


「パンケーキなんか普段食べることがないからアレだけど、ここまで美味しいとは思わなかったから」

「椎奈さんの提案に従って正解でしたね」


アラタは、ナイフで丁寧に切り分けながら頷き、シュウゴはクリームのついたフォークを口に運びながら目を細める。

二人ともどこか照れくさそうにしながらも、心から満足している様子だった。

店内には、甘い香りと静かなBGMがゆったりと漂っている。

窓際の席に差し込む陽の光が、皿の上のケーキやシロップをきらきらと照らしていた。


「そういや、お前らって普段こういう店には入らないのか?」


リンとシェアしたのだろう、ベリーの乗ったパンケーキをフォークでつつきながら、マナミが男性陣に尋ねる。

彼女の声には、少しだけ好奇心が混じっていた。


「いつもは、そうだなぁ……ファミレスとかが多いから」


シュウゴが答えながら、少し肩をすくめる。


「男性だけで入ると『アイツら男同士で何しに来たんだ。ここは女を連れてないと入れない場所なんだぜ』っていう厳しい目線を送られるんですよ、きっと」


アラタのその言葉に、マナミが思わず吹き出す。


「ひ、卑屈すぎる……そんなことないだろ」

「普通に男同士で来てる人とかいっぱいいるよ。気にしなくていいって」


下を向き頭を抱えるアラタに対しリンが苦笑いを浮かべながらフォローを入れる。

和気あいあいとしたテーブルの上には、笑いと甘い香りが広がっていた。


◇     ◇     ◇


パンケーキの余韻を残したまま、一行はショッピングモールの中央通路を歩いていた。

天井から差し込む自然光が床に反射し、ガラス張りの店舗がきらきらと輝いている。

通路の床は磨かれていて、歩くたびに靴音が軽やかに響いた。


「リンが行きたがってた雑貨屋って、どのへんだっけ?」


マナミがスマホで館内図を見ながら尋ねると、リンは迷いなく指をさした。


「確か、あっちの奥。この前、親戚のお姉ちゃんからバスボムをもらったんだけど、自分でも欲しくなっちゃって」

「前に言ってたよな。好きな香りがあるとかなんとか」


リンの声には、少しだけ弾んだ調子が混じっていた。

彼女の歩くペースが、いつもよりほんの少しだけ速くなっているのに、みんな気づいていた。


通路の両脇には、スポーツ用品店や文具店、アパレルショップが並び、週末の午後らしい賑わいが広がっていた。

フードコートからはポップコーンの香りが漂い、子どもたちの笑い声が遠くから聞こえてくる。

人の流れに混じりながら、五人はのんびりと歩いていた。


「そういや、バスボムって何だ?」


イチロウがマナミに小声で尋ねる。

彼の声は、周囲のざわめきに紛れて、少しだけ聞き取りづらかった。


「アタシもあんまり使ったことないけど、お湯に入れるとシュワシュワして香りを楽しめる、入浴剤みたいなもんかな」

「ああ、お風呂の時に使う“バブ”みたいなやつか」

「……お前、その括り方は大雑把すぎるだろ」


マナミがイチロウの説明を聞いてから、呆れたように言った。


雑貨屋の店内は、ブルーと白を基調にした爽やかな空間だった。

天井から吊るされたモビールが、空調の風に揺れて、光を反射している。

棚には手作りのポストカード、涼しげな風鈴、ジグソーパズルなどが雑多に並び、どこか海辺の小さな店を思わせる雰囲気が漂っていた。


リンはバスボムのコーナーへと向かい、ひとつひとつ丁寧に見比べている。

球体の中に花びらが閉じ込められたもの、淡い色合いのグラデーションが美しいもの――

お目当ての品を見つけたのだろう、彼女は静かに微笑みながら、いくつかのバスボムをカゴに放り込んでいた。


「リン、好きな香りのやつは見つかった?」

「うん。バニラの香りが欲しかったんだ」


隣で一緒に見ていたマナミが、リンの嬉しそうな表情を見て、顔をほころばせている。

アラタは興味深そうに立体型のジグソーパズルを手にとって、シュウゴとイチロウは謎の動物型オブジェを眺めていた。


買い物を終えた一行は、モールの出口へと向かっていた。

手にはそれぞれ小さな紙袋や雑貨の入った袋を提げ、歩調はゆったりとしている。

館内の喧騒を抜け、外の空気に触れた瞬間、誰かが小さく息を漏らした。


空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。

西の空には、茜色と淡い金色が混ざり合い、雲の輪郭を柔らかく照らしている。

昼間の陽気さが少しだけ名残を残しながら、風には初夏の気配が混じっていた。


「……いい色だね」


リンがぽつりと呟く。

彼女の手には、さっき選んだバスボムが入った袋が揺れていた。


「休みの日って、時間が経つのがあっという間だよなぁ」


マナミが大きく伸びをする。


「今日は初めてこの五人で遊びましたけど、また一緒にどこかに行きたいものですね」

「あ、生形もそう思った? アタシも実は……そうなんだよ」

「俺も楽しかったから。今度は中間テストとクラスマッチ明けに、お疲れ様会でもやろっか」

「いいね、それ。場所は……わたしの家でもいいけど」

「いや、それは止めておいた方がいいから」

「え、どうして?」

「イチロウが空回りファッションを披露するかもしれないから……」


シュウゴはその場でイチロウを指差し、頭を抱える。


「ばっ、お前、椎奈さんの前で、次は黒のロングコートにディアストーカーでばっちり決めてくるぞッ!」

「……こんな感じだから」

「尾田巻くん、よくわかったよ」


モールの駐車場を抜ける頃には、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。

遠くで電車の音が響き、風が少しだけ涼しくなっていた。

周囲には、家族連れやカップルが同じように帰路につきながら、今日の思い出を胸にしまっているようだった。

誰かが何かを言うでもなく、ただその空を見上げながら、五人は並んで歩く――そんな、ゴールデンウィークの夕暮れだった。

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