もう見えないあなたの手

凪紗奈

もう見えないあなたの手

線香花火みたいな人だった。


それは、私の前にスッと現れては私の心を静かに荒らして、そして音もなく消え去っていく。


あなたとの時間はとても美しくて、儚くて、苦しくてーたった一つのことで全てが崩れてしまうようだった。

気がつくとー瞬きをしている間に終わってしまっていた。




あなたのことを、できれば考えたくなかった。できれば、心の中にしまっておきたかった。隅に置いておいて、忘れたくなかった。そして、もう一生、思い出すことのないように、隠しておきたかった。


ーでも、私があなたからもらったものを、感じたものを、誰かに伝えたかった。今あなたに伝えたいと思った。

だから、今、あなたに向けてつづる言葉を、心の隅にそっとしまってほしい。




ずっと一緒だった。私の隣はいつもあなたで、あなたの隣もまたーいつも私だった。


花火を見たんだ。

暑い夏の夕方。

日陰でも暑くて火照ってしまうような暑さで、すでに目の前がぼやけてきているのに、暑さのせいで余計にーはっきりとあなたの顔を見ていることができることができなかったのを鮮明に覚えている。

あなたの顔は、もう雲がかっていて、よく見えない。

あなたの笑っている顔も、悲しそうな顔も、全部全部忘れてしまった。


花火が上がる瞬間ーあなたは花火の大きな音に驚く私の耳を、やさしくて温かい手で包んでくれた。


それがー私の頂点だった。その時間に一つ言葉をつけるとしたら、私は“幸せ”という言葉をつけるだろう。それくらい、私はただただ嬉しかった。



祭りの屋台の人の多さにのみこまれそうになった時、あなたは私の手を掴んでくれたーもう、ずっと離れたりしないように。


でも、もう今は他の誰かの手をにぎりしめているんだろう。



その花火を見た時が私の幸せの頂点であり、私たちの線香花火がー美しさから激しさに変わる瞬間のようなものでもあった。

あなたと、唯一繋がっていた証拠はもう跡形もなく消え去っている。


ずっとそばにいたって、分かり合えないことだってある。ずっとそばにいても、ずっとあなたと繋がっていても、届かないことだってある。


その意味を、痛いほど理解してしまった。



たしかにしっかりと、この手を握っているはずなのに、いつの間にか心だけが、離れていってしまった。





それから時間が過ぎて、暑い夏が終わって。

そしてその暑さの余韻をきかせてくる秋がやってきた。



「意味がない」ーあなたはずっと言っていた。

勉強も、学校も、部活も、責任も、ー人生だって。はたまた、私との関係までも。意味が、ないんだって。


意味がなくたって大切なことはたくさんある。意味がなくたって、意味がないと思っていた言葉の一つ一つが、誰かの心を軽くすることだってある。


だから。

誰になんと言われようと、私はあなたとの何気ない、まるで必要もないような会話を、命をかけてでも大切にしたかった。本当に大切だった。その時間が、この世の何よりも大好きだった。


あなたは一番、意味ないと言ってほしくない人だったのに。



今思えばーあなたは線香花火のように、まるでー短くて、まぶしくて、痛くて、でも、なんとも言えない美しさと、儚さがあった。

一瞬で過ぎ去って、消えてしまう。でもーそんな軽々しいものだけれど、必ず誰かの心に残る。そして、消えない。



あなたからは、いろんな言葉をかけられた。優しい言葉も、勇気づけられる言葉だって。でも、優しさがそこにーそこに確かにあったのに、気がついたころにはもうー忘れていた。



それとは反対に、苦しい言葉だってかけられた。でも、もしかしたらきっとあなたは私よりも、もっと苦しみを感じていたのかもしれない。

実際に、あなたは悲鳴をあげていたし、その中にもそれが一つ聞いただけで全てがわかる言葉だってあった。

それはもう私が受け取るのには、十分すぎる言葉だった。



受け止め切れなかった。あなたの言葉の一つ一つの重みを。

無理だった。全てを受け止めることができなくて、あなたの細かすぎる火花を最後まで、持っていることができなかった。

だから、こぼしてしまった。もう聞きたくないと、思ってしまった。

だからもう、あなたの花火をずっと持っていることができなくなってしまった。



あなたの苦しみを私が代わりに苦しむことができるなら、それはきっと私にとってたやすいものであった。

それであなたが笑顔になれるならーもうそれでよかった。

でも、できない。それがとても苦しかった。苦しんでいるあなたを見ているのも苦しくて。

あなたの、その不意に投げかける言霊が、ずっとまとわりついていた。



あなたはきっと、これっぽっちも悪いことをしていない。

けれども、私はもう、大切な人が苦しんでいるところを見たくなかった。そして、もう聞きたくなかった。

だから、あなたの元を離れることにした。





後悔はない。ただそこにあるのは、悲しみだけ。





ごめんと、何度も何度も思った。


あなたが悪いわけでは決してないのに、私はあなたを悪者にしてしまうから。


“怖い”と、思うようになってしまったから。


もう、あなたの花火の火は、消えてしまったよ。

きっと火花が激しすぎたんだ。

周りの心を焦がしてしまったんだ。




だから、今これを読んでいるあなたに伝えたい。


良くも悪くも、あなたが周りに放つ言葉は、必ずどこかで誰かが、そのボロボロの手で受け止めているんだ。


ーそれを、忘れないでほしい。ただそれだけでいいから。


私は、あなたを通して大切なことに気がつけたんだ。

だから、できれば、線香花火の火花が散ってしまう前に、その思いを伝えてほしい。



自分の言葉をもう一度見つめ直してほしい。


自分が受け止めている言葉をもう一度見つめ直してほしい。


あなたが発している言葉を自分自身で、見つめ直して、自分の心の悲鳴に気がついてほしい。


あなたが言葉を受け止めている、その手の苦しさに、気がついてほしい。



そして、あなたの周りの人の見えない涙に、気がついてほしい。


それをー忘れないでほしい。

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