【可視性】映っていない人は、いないことにされる
晋子(しんこ)@思想家・哲学者
可視性による差別について
かつて、人の価値は目に見えないところで決まっていた。どれだけ誠実に働いたか、どれだけ他者に尽くしたか、どれだけ心を清らかに保ったか。そうした「内面の価値」が、その人を測る物差しだった。
しかし現代は違う。可視性――つまり「どれだけ人の目に映るか」が、まるで人の存在価値を決めてしまうかのように、強い影響力を持っている。テレビに映る芸能人や、有名なインフルエンサー、フォロワー数の多いSNSユーザー。彼らは「見られている」というだけで、まるで人間としての価値が高いかのように扱われる。
その一方で、誰にも見られない、誰にも知られていない人々は、まるで「この世に存在していない」かのように扱われている。まるで、可視性が存在そのものの証明になってしまっているかのようだ。
芸能人が自分を特別だと考えるのは、この社会構造の上に立ってのことだ。テレビに映っている自分は価値があり、映らない庶民は「その他大勢」「群衆」であり、自分とは違うと考えてしまう。これは特権意識であり、明確な差別に近い。
彼らがこう考えてしまうのも無理はない。なぜなら社会全体が「映っている人」を特別扱いし、「映っていない人」を軽視する傾向を持っているからだ。テレビに映っていれば、発言に重みが出る。SNSで何万人に見られれば、「この人はすごい人だ」と思われる。逆に、どれだけ優れた意見を持っていようと、誰にも見られなければ無視される。
この「可視性による差別」は、現代特有の構造的な偏見である。見られていることが価値であり、見られないことは「存在しない」も同然だと扱われてしまう。それはまるで、量子力学における「観測されなければ存在しない粒子」のような扱いである。
テレビやSNSの中に映っている人々は、観測されることによって「存在」し、尊重され、扱われる。一方で、映らない庶民は「見えない=価値がない」「注目されない=影響力がない」と判断されてしまう。こうした社会では、「どれだけの人に見られているか」が、そのまま社会的地位や発言力に変換される。
だが本当にそうだろうか?
社会を本当の意味で支えているのは、有名ではない人々の誠実な労働や、家族を思って地道に生きる日々、声にならない優しさや気遣いの積み重ねである。彼らがカメラに映らないからといって、彼らの価値が低いわけでは決してない。
むしろ、カメラの外側で生きている人たちこそが、本当の意味でこの社会を支えている。だが、そのことが可視化されない社会では、評価されることも少ないし、尊重もされにくい。これが「可視性による差別」の恐ろしい点である。
芸能人が「私は庶民とは違う」と考えるとき、そこには「映っている者」と「映らない者」の無意識の線引きがある。これはまさに階級意識であり、身分意識と本質的に変わらない。社会的機能としての役割が違うだけで、人間としての価値に違いがあるわけではないのに、「テレビに映る自分は価値がある」「映らない庶民は取るに足らない」という差別意識が構築されてしまう。
そして、この構造を助長しているのは社会そのものである。テレビに出ていれば尊敬し、SNSでバズればフォローする。知名度が高ければ、その人の言葉に価値があると錯覚する。逆に、見られていない人、無名な人、静かに暮らしている人の言葉には耳を貸さない。
これは極めて危険な思想だ。見られていない人は「存在していない」と同じであるという社会では、人は人として尊重されにくい。「映らない命」が軽んじられるようになった時、その社会は人間の尊厳を失っていく。
だからこそ、私たちは意識的に「見えない人々」に目を向ける必要がある。カメラの外、SNSの外、舞台の外にいる人々――彼らの中にこそ、語られるべき物語があり、尊重すべき価値がある。
可視性がすべてを決めてしまう社会から、そろそろ脱却しなければならない。存在とは、見られているかどうかではなく、「生きている」というその事実そのものによって証明されるべきである。
誰にも見られずとも、自分らしく生きること。それがどれほど尊いか。私たちはもう一度、その原点に立ち返るべき時に来ているのではないだろうか。
【可視性】映っていない人は、いないことにされる 晋子(しんこ)@思想家・哲学者 @shinko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます