嫌われてる方がよかった
渡貫とゐち
第1話
――人間は私を嫌います。
私を見て悲鳴を上げ、まるで、怪物でも見たように腰を抜かして……。
ひどいと思いませんか!?
「え、今、なにか横切っ――っ、きゃあッ!?!?」
また悲鳴です。
どうして私ばっかり…………
別の日です。
逃げた先で、くたくたになった体を横にして休んでいました。
すると、目の前に大きな影ができます。
上を見ると、男性が、私を見下ろしていました。
「おっ、久しぶりに見たな……ここも出るんだなー」
……あれ? 私を見れば人間たちは逃げて離れていくばかりなのに、彼はそっと私のことを持ち上げました。
私を手で持つことに嫌がることもせず……じろじろと私を見てきます。そんな風に見つめられると、恥ずかしいですね……。
優しい男性でした。……あれ? え、ちょっと……あいたたた……そうやって強く握ると、その、体内のあれこれが出てきて――はうっ!? 痛い! あの、やめ――――
あば、ばば、ばばっ。
私のものとは思えない悲鳴でした。断末魔、とはこういうものを言うのでしょうか?
気づけば、私は吐いていました。
吐き出したのは仲間を呼ぶ、体液です。本当に仲間がきてくれるかは半々ですけど。
いや、きませんね。危険を察知すれば逃げるでしょう。私だってそうなのですから。
「やべ、なんか出てきたんだが……」
彼はさすがに嫌がりました。
そのまま私を運び、トイレへ――便器の中へぽちゃんと私を捨てます。
冷たい世界に入ったことは覚えていますが、その後は意識が薄れていきました。ただただ、ずずずー、と便器の中に吸い込まれた、はずです――――
――はっ!?
……どうやらまた死んでいたみたいですね。
経験値だけを引き継ぎ、私は別の器に乗り換えました。
魂だけが点々としているのです。
……ここはどこでしょう?
汚い部屋でした。
私が快適に過ごせるのも納得の環境ですね。
荷物が積み重なった山あり谷ありを越えていくと、足を滑らせました。
下に落ち――、そこは、壁に囲まれた場所でした。
壁に手をかけても、つるっ、と滑ります。……出られませんね。
閉じ込められました?
「引っかかった」
私を覗いてくる人間がいました。
白衣を纏った、女性です。
「さてと、こうして捕まったんだ、付き合ってもらうよ」
私を見ても悲鳴を上げませんでした。
女性なら叫ぶものですが……中にはいるものですね、こうして落ち着いた大人の女性が。
まあ、見た目にはまった気を遣っていなさそうですけど。
汚部屋なのも頷けます。
私に好意的な彼女ですが、ゆえに、怖いです……。
彼女は私をつまみ出して、台の上に、貼り付けています……仰向けでした。
足をわさわさと動かしますが、女性はなんの感情も見せませんでした。
すると、彼女が取り出したのは、ハサミです……え、まさか……?
彼女は私の二本の触覚を、ちょきん、と、切りました。
躊躇なかったです。
「うぎ!?」
「ま、この程度ならなんの問題もないでしょうね」
さらには大きな針で私の胴体に――串刺しです。
がふっ。
お腹に深々と刺さった太い針……これでも意識があるのですから、自分の生命力を恨みますよ……!
早く、殺してください……っ。
「解剖させてね、お嬢ちゃん」
それが、聞こえた彼女の最後の言葉でした。
最期を迎えるのは私なのですが……しばらく、私は生きました。
生きているだけで、地獄が長く続くのですけど……。
また死んでいました。
次こそは、私は安全な場所で幸せな生活を掴むのです!!
ですが、早速、見つかりました。
白い壁に私の黒さではすぐに分かってしまいますよね……。
「――いっ!? 出たっ、ゴキブリ!! はやくっ、スプレー!!」
若い女性が慌てて遠ざかっていきます。これです、この反応が普通なんですよ。私を触ったり解剖したり――特殊な人が続いただけで、さっきの反応が当たり前で……。
彼女がいない内に、棚の裏へ逃げ込みました。
暗く、埃が溜まったここは快適ですねえ。
安全地帯で、ふう、と一息つくと、……いました。
一匹がいれば十匹はいるだろう、という言葉通り、なるほどまさに、ですね。
いました。
わらわらと。
逃げ込んだ、同じくゴキブリたちが、安全地帯で一息ついていました。
「あっ。こ、こんにちわー?」
「ちょっ、あんたっ、入ってくるな! あんたのせいで隠れ家がバレる――」
だが遅かった。
「もしかしてここの裏とか……?」と、棚をどかした女性が顔を覗かせてきます。溜まっていた私たちに気づき、女性が目をまんまるにさせました。
あ、悲鳴も出ませんか……いえ、まだ状況が理解できていないだけでしょう。やがてやってきます。脳が理解すれば、恐怖と嫌悪感が彼女に反射的な行動をさせますからね。
「やぁっ、いやぁああああああああああああああああああああああ!?!?」
手に持っていたスプレーを噴射!!
うげごほっ!? 私たちは八方に散って逃げます。
しかし、やがて足は遅くなっていきます……毒でした。
体が、動かなくなっていき……。
逃げたいのに体が動きませんでした。
その後、遠目に見える仲間たちがバタバタと倒れていく光景。
あの世で、さっきの仲間たちには恨み言を言われてしまいますね……ごめんなさい。
それから、私たちは丁寧に白い布で包まれて……、便器の中へ。
冷たい感覚は懐かしくも感じます。また、死ぬのですね――ええ、ええ、分かっていますわ。幸いにも、今回は潰されませんでした。そういう痛みがなかったのはよかったです。怪我もなく、ただただ、毒で弱っただけでしたから。
もしもこの毒が切れ、流された先で地上に出ることができれば私はもう一度――
まったく、大丈夫ではなかったです。
死んでいました。慣れたものですね。
次の
「ん? 迷い込んだの?」
私をつまんだのは少年でした。
彼はつまんだ後で優しく、そっと手で包んでくれて……。
潰すことなく、窓の外へ、ぽい、と逃がしてくれました。
なんて優しい人でしょうか……将来が楽しみですね。
昆虫博士になったりして。
はぁ、全世界、彼のような人であれば、私たちは苦しむこともないのですけど。
「カー、カァー」
「…………」
いえ、そうでもなさそうです。
外にいたのは、鳥でした。
動けませんでした。逃げられませんでした。
動けないまま、その鳥は私をついばんでいきました。
優しい少年に遭遇した今の私こそが、最も死亡までが早かったですね……。
・・・ おわり
嫌われてる方がよかった 渡貫とゐち @josho
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