夜が明けたら、打ち上げしよう
『居酒屋 ゆめのはしら』。
最終話の収録が終わったその夜、3人は再びここに集まっていた。
クロはすでに座敷にあぐらをかき、唐揚げを頬張っている。
アズサは控えめに湯呑みを持ち、どこかホッとしたように息を吐いた。
そして俺は、瓶ビールを前に、まだ何も口にしていない。
「終わったなぁ……」
ぽつりと呟くと、クロがニッと笑う。
「うん! でも、また夜は来るんでしょ?」
「作品としては一区切りだけど、たぶん、俺たちの夜はこれからも続くんだろうな」
「だねぇ……ほら、乾杯くらいしようよ!」
クロがジョッキを掲げ、アズサも湯呑みをそっと合わせた。
そして俺も瓶を持ち上げた。
「じゃあ――」
「「『ハウスレスナイト』、完走お疲れさま!」」
「そして、ありがとう!」
カラン、と響く乾杯の音。
その奥で、灯子がカウンターから微笑んでいた。
「こっからは演者じゃなくて、生きてるあんたたちが主役よ。ようやっと夜を越えて、自分の時間が持てたんでしょ?」
誰も返事はしなかったが、たしかに空気がふっと軽くなった。
唐揚げ、枝豆、厚焼き玉子。
食べて、飲んで、笑って。
物語の中では語れなかった小さな苦労も、秘密のアドリブも、裏話も――今夜だけは全部、打ち明けていい。
「……でもさ、私、ちょっと寂しいかも」
ぽつりとアズサが言った。
「また、会えるよ」
クロが言う。
「夜はまた来るし、私たち、忘れられないから」
俺は、2人の顔を見て、そして外の夜を見た。
この世界に終わりなんて、本当はないのかもしれない。
ただ、続きを少し休んでいるだけ。
そう思えた。
その夜、俺たちはほんの少しだけ、役ではなく自分として語り合った。
『居酒屋 ゆめのはしら』の灯りが、まるで舞台のスポットライトのように、俺たちをやさしく包んでいた。
お読みいただきありがとうございました。
もちうさ
ハウスレスナイト もちうさ @mochiusa01
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