第13話 夜明け

 扉の先は、光の中に包まれていた。


 けれど、それは眩しすぎるものではなかった。

 仄かで、温かくて、少しだけ寂しい。

 ──まるで、夜明けの直前の空の色のようだった。


 


 俺たちは、その光の中を歩いた。


 足元は確かだった。

 揺らがない地面が、久しぶりに現実を感じさせた。


 クロがふと立ち止まった。


「ここで……終わりだよ」


 彼女の声は優しかった。


「この先は、それぞれの朝。一緒には行けないかもしれない」


「そっか」


 俺は深く息を吸った。


 胸の奥が、静かに痛んだ。


 この旅は、もう終わる。

 それは喜びであり、そして──名残惜しさでもあった。


 


 アズサが、クロの前に立った。


「もう、灯じゃなくなるんだよね」


「うん。そう思う」


「じゃあ……もう夜には、戻れないの?」


 クロは少しだけ黙ってから、首を横に振った。


「戻らない、って決める。戻れるかどうかじゃなくて、そう選ぶんだと思う」


 アズサは小さく笑ってうなずいた。


「……そっか。なら、いい」


 


 俺は、クロに向き直った。


「ありがとう。お前がいなかったら、たぶん俺は、あの影になってた」


 「俺」を捨てた「俺」──後悔の成れの果て。


 けれど今、俺はそれを越えてここにいる。


 クロは少しだけ照れたように笑った。


「ありがとう。君が私を信じてくれたから、私もここに戻れた」


 


 別れの言葉を交わすには、言葉が足りなすぎた。


 だから俺たちは、代わりに静かに笑った。


 


 そして──光が割れた。


 それぞれの朝が、三方向に開かれていた。


 一つは、俺の世界へ。

 一つは、アズサの世界へ。

 そして、クロの世界へと繋がる道。


「また、会える?」


 アズサがぽつりと聞いた。


「うん。夜が来るたびに思い出せば、きっとどこかで」


 クロはそう言って、背を向けた。


 小さな灯が、彼女の足元にともる。


 それはもう、誰かのためではなかった。

 クロ自身の歩く力だった。


 


 俺たちはそれぞれの光へと歩き出した。


 夜は終わった。

 けれど、夜を歩いた記憶は、決して消えない。


 


 扉の向こうに、朝の空が広がっていた。


 街の音が戻ってくる。

 風の匂いが変わる。

 人の気配が、遠くから近づいてくる。


 


 あの夜のことを、誰に話すだろう。


 それとも、誰にも話さず、胸の奥にしまっておくのか。


 ──きっと、それも選ぶことなんだ。


 


 ふと、足元に残されたものがあった。


 古びた地図の切れ端。

 かすかに光って、すぐに消えた。


 


 俺は空を見上げた。


 雲の切れ間から、朝日がのぞいている。


 


 旅は、終わった。


 けれど、道はまだ続いている。


 自分で選び、自分で歩いていく。


 


 誰のためでもない、俺の一歩。


 


 ──夜が明けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る