第35話『キャンセルキャンセルキャンセル!!』

「――という感じなことがあって、そんな感じになりました」

「なるほど……それは災難だったね」


 昼休み、学園長に訪れている翔渡しょうとは学園長に全てを打ち明けた。

 時間が経過していることから、既に対応することはできないため、全てが事後報告になってしまったことを後悔する。


「しかし学園島ランキング上位者を反撃許さず勝利してしまうとはね」

「相性がよかったというか、動きが遅い相手だったからよかったというか」

「スキルキラーなスキルだから、まあ相性は良かったんだろうね」

「後は新しい戦い方を試して成功したからというのもあると思います」

「ボディーガード30人を1人で倒しちゃうなんて……もはや異次元すぎる話だ。でも、これからどうするんだい?」

「ですよね、そこは考えてます。まあでも、あの感じの性格だと勝てない相手には感情任せに歯向かわないと思います」

「そうなのかい?」


 翔渡は、鷹打たかだとのやり取りを全て思いだす。


「彼は、学園島ランキング上位者へ勝つための手段を模索していました」

「勝てるようになるまで、手を出してこないと」

「ええ」

「でも、彼は自分で動かずともボディーガードを遣わすのだろう?」

「たぶん、そっちの方も大丈夫だと思います。あれが全員なら、ある程度の期間は動けないようになっていると思います。それに、かなりやりすぎたと思いますので、恐怖心は植え付けることができたと思います」

「それ本当に大丈夫なのかい?」

「た、たぶん。死人は出ていないと思いますので。たぶん、そう思います」

「確認はしていないんだね。なるほど。でも、たしかにそんなことが起きたのなら、報復を恐れるよりも追撃が怖いだろうね」

「さて、そろそろ戻った方がいい」

「ですね」


 昼休みの時間も残り半分となり、翔渡はソファから立ち上がる。


「ああそうだ。入れ違いになったから渡せなかったけど、奏美かなみさんが受け取っていると思うから楽しみにしてね」

「楽しみ? 何かわかりませんが期待していい感じですか」

「まあ、そこは自分で見て確認してみるといいさ」

「わかりました。では、失礼します」


 学園長から受ける施しは、今のところ全てが嬉しいものであった。

 しかし不思議に思うこともある。

 なぜなら、「これ以上は自分で頑張ってみて」という言葉を貰っていたから。


(なんだろう。連絡手段がないから携帯端末とかかな)


 疑問を抱きつつも、期待に胸を膨らませながら廊下を歩み進む。

 ほどなくして教室に辿り着くと、翔渡しょうとの席には緋音あかね奏美かなみの姿が。


「おかえり」

「学園長から渡してほしいものがあるって言われてたから」

「ああ、さっきちょっと聞いた――が……」


 まさかのまさか。

 期待していたものとは全く関係のない、教材の山ができあがっていた。


「ちょっ。冗談ではなく、これが俺へのプレゼント?」

「うん、そうだよ」


 騙す気のない純粋な声色で奏美は返答する。


 視界に入る教材は、中学生などで習うスキル教材ばかり。

 緋音と奏美は疑問を抱いているものの、翔渡は学園長が気を遣ってくれていることは把握できた。

 期待だけは膨らんでしまっていたため、持ち上げられて落とされた気分に陥ってしまう。


 しかし学園長本人の前ならまだしも、2人の前であからさまに態度へ出せないため平静を装うことに。


「それはそれとして。どうして緋音が?」

「だってさ、ほら。学校でも一緒に居た方が、何かといいじゃない?」

「ほう? 一応は、終わったと思うけど」

「いや……ほら……」

「そこは素直に言っていいんじゃないのか」

「そ、そうね。友達と一緒に話をしたいなって教室を訪れてみたの」

(ここは、俺と話をしたくて来た、ぐらいの話をしてくれたら嬉しくて最高だった。でも、緋音からしたら学校で初めての対等な友達? なんだろうから単純に嬉しいんだろう)

「まあでも、それだけじゃないけど」


 緋音はそう言い終えると、積み重なった教材の中から1冊の本と選び取った。


「なぜかわからないけど、学園長から翔渡に勉強を教えてあげてほしいってお願いされたの」

「え」

「成績はどれぐらいかわからないけど、一緒に頑張りましょうね」

「それってキャンセルすることは……」

「ダメでしょ? お願いされたからでもあるけど、学生は学業が第一優先なんだから」

「え、ちょっと待って。じゃあさ……これから先、緋音の部屋にお呼ばれしたら――」

「勉強するよ」

(一緒にご飯を食べて、きゃっきゃうふふな感じで話をしているのが楽しかったというのに、これからは勉強の時間が大半になるってこと!?!? 勉強よりお話してたい! 俺は!)


 翔渡は踵を返し、昼休みの時間だけは勉強から逃げようとするも――緋音に制服の裾を掴まれてしまう。


「ダメだよ」

「ひぃ」

「まあまあ翔渡。勉強は大事だよ。勉強は――」

「奏美も、よかったら一緒に勉強しない?」

「わ、わたしは遠慮させていただこうかなって」


 同じく退避しようとしていた奏美は、同じくストップをかけられる。


「ねえ奏美? もしかしてだけど、逃げようとしていないかしら」

「い、いいえ。そんなことはありませんよ?」

「じゃあ好きな科目は?」

「体育」

「得意な科目は?」

「スキル実技」

「なんだか、随分と勉強からは遠そうな返答ね?」

「奏美、諦めろ」

「わかったよう……椅子、持ってくる」


 とぼとぼと肩を落としながら歩き始める奏美を見送り、翔渡は自分の席に腰を下ろす。


「ねえ翔渡」

「ん?」

「初めて出会ったときから、本当にいろいろなことがあったね」

「まあな。出会ってすぐスキルをぶっ放していたし、遅刻ギリギリで一緒に走ったりしたし」

「そう並べられると、変なことしかないね」

「だな」

「私と普通に話してくれたり、夢を否定しないでいてくれたり、本当にいろいろとありがとね」

「こちらこそ、ご飯を食べさせてもらったり、突き放さないでいてくれてありがとう」


 翔渡と緋音は互いにクスッと笑みを浮かべ、小恥ずかしそうに目線を交わす。


「まあでも、これからは勉強から逃げたくても私が繋ぎ止めてあげるから」

「それってキャンセルできません? ぜひともキャンセルさせていただきたいのですが」

「うーん。成績がよくなったらキャンセルできるかもね?」

「くっ……まさかスキルの効果が発揮しないなんて……」

「こんなことをスキルでどうにかできると思わないで。さあ、残り時間も少ないんだから始めよ」

「よろしくお願いします」


 逃げ出そうと思えば、簡単に逃げ出すことは可能。

 それぐらいにはスキル【キャンセル】は万能である。

 しかし、苦手なものと向き合わなければならない状況でも、翔渡は緋音と奏美と一緒に過ごす時間は悪いものではないと思っていた。


 転生して右も左もわからなかった毎日が始まり、出会いは多くなかったものの良好な関係を築くことができた2人だからこそ。

 まだまだ明日に対する不安は消え去らないものの、今この瞬間だけは楽しいものであり、大切にしたいと思う翔渡であった。


(キャンセル! キャンセル! キャンセル! はぁ……このスキル、万能だけど万能すぎないのがちょうどいい感じだなぁ)

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スキル【キャンセル】で学園無双!~異世界転生をキャンセルして獲得したスキルは、あまりにも万能すぎて逸般人が通う学園生活も余裕だし、学園島ランキング攻略も余裕なので【世界の覇王】になります~ 椿紅 颯 @Tsubai_Hayato

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