第34話『一方的に、ただ圧倒的な力の差を示す』

「でもまずは――」


 翔渡しょうとは、緋音あかねの元へと歩み寄る。


 最中、鷹打たかだによる岩を飛ばしてくる攻撃を受けていたが、全てを接近と共に消滅させ続けた。

 そして隣まで辿り着くと、地面に片膝を突いて痛みに苦しむ彼女の背中に優しく手を置く。


「よく頑張った緋音あかね。立てる?」

「い、息が――」

「わかった。じゃあ無理に立ち上がらず、痛みが引いたら体を起こして。たぶん、その頃には終わっているから」


 緋音からの発生された返事はないものの、翔渡しょうとは立ち上がる。


「お、お前……いったいなんだってんだよ」

「俺は俺。名前も調べたからわかるんだろ?」

「ああわかっているさ。翔渡って名前だろ? 翔け渡るなんて、随分と自由を謳歌しそうな名前じゃないか」

「まあな」

「ああだからか。チャランポランな口調に立ち振る舞い。俺から大切なものも奪いやがって」

「前半は否定できないな、実際にその通りで信念がある人間とは自分でも思っていない」

「潔くたって、事実は変わらないぞ」

「わかっているさ。だから、信念を曲げず夢に向かって必至な緋音に憧れたんだ」

「はぁ? そこで今にも気絶しそうになってるやつに憧れたぁ? 笑わせるなよ」


 右手で口元を抑え、左手で腹を抱えながら笑う鷹打たかだ

 次に口が開けば「滑稽だな」と出てきそうだから、カウンターの意味も込めて翔渡は言葉を返す。


「お前、ついさっき完全に恋愛感情を拒絶されたのを忘れたのか?」

「うぐっ」

「あそこまでハッキリ言われたら、勘違いするはずがなければ、聞き間違いを起こすこともないよな」

「その話はやめろぉ!」

「耳を塞ごうとも目を逸らそうとも、事実は変わらない。お前は、恋愛――いや、執着をやめなくちゃならないんだ」

「だぁまあれぇええええええええええええええええええええっ!」


 苛立ちが頂点に達した鷹打は、鬼の形相で両手を上に掲げ、スキル発動の準備を始める。


「お前が悪いんだからな――『己の砕けない意思が如く強固なる岩石を生成し』『砕けない岩石は全てを遮断する』」

「に、逃げて!」

「『想像された岩石は希望を絶望に変え』『意思なき者を絶望へと突き落とす』」


 緋音の必死な警告は翔渡に届いているものの、翔渡は動くことをせず、次第に巨大化していく岩の塊を眺め続ける。


「長文詠唱のスキル発動は、いわゆる必殺技的なやつか」

「【断崖の絶岩】――死んだとて揉み消せばいい話。死に際で今までのことを後悔するがいい!」

「そうだな、俺は後悔し続ける人生だったと思う。失って初めて感じることって、本当にあるんだなって。まず両親に感謝を伝えたいし、普通に生活できるありがたさを噛み締めたいと思う」


 翔渡は言われた通りに懺悔を始める。


「後は、関わってくれた人に「ありがとう」と「ごめんなさい」をしっかり伝えていきたい。緋音、こんな俺と関わってくれてありがとう。奏美、クラスで浮いていた俺に話しかけてくれてありがとう」


 奏美は、つい「どういたしまして。こちらこそありがとう」と返しそうになるも、あまりにも不自然な状況に、眉間に皺を寄せて首を傾げる。

 緋音も激痛は残って体を起こせないものの、やっと呼吸ができるようになって状況整理するも、違和感しか出てこず理解が追い付かない。


「まあこれぐらいか? 自分の人生、今までが本当に夢もないものだったから薄っぺらくて公開するとしたらそこだろうな」


 そしてついに、スキルを詠唱した鷹打も違和感に気が付く。


「な、なんでお前はまだ生きているんだ」

「なんでって、生きているから生きているんだろ?」

「そ、そんなバカなことが……あっていいのかよ……」


 鷹打は目線を上空に向ける。


「ああ、危なかったから消しておいた」

「は――はぁ? はあ?」

「いやあ、さすがに人を殺めるっていうのはよくないと思う。まあでも、結局は寸止めとかでビビらせて終わりって感じだったんだろ?」

「こんなバカげたことがあってたまるかよぉ!」

「え、まさか本気で殺しに来てたの? もしかして、これが初めてじゃなかったり? うわあ、さすがにヤバすぎるでしょ」

「お、お前。本当にあいつらを無力化させたのか」

「だから最初にそう言っただろ?」

「まさかそんな……あっていいわけが……いや、でも本当だったら……」


 警戒を怠っていたことに気が付いた鷹打は、ぶつぶつと独り言を口に出し始める。


「じゃあ今度は、こっちから行くけど文句はないよな」

「お前、イレギュラーなのか」

「緋音も言ってたけど、もしかして本当にそんな存在が居るのか? 一応言っておくが、俺は違うからな」


 嬉々として女子2人が話をしていたオカルト話が、想定外に出てきたことから困惑を隠せない翔渡しょうと

 また変なノリで話が始まらないよう、一応は釘を打っておくことに。


「くそが。とんだ外れくじを引いたもんだ」

「勘弁してくれ。だがまあ、これで正々堂々ってわけだ」


 翔渡は足を引き、拳に力を込める。


「気分的には、顔がボコボコになるまで殴り倒してやりたいところだが。そろそろ学園に向かわないと遅刻しちゃうんでね。一発で決める」

「【断絶の壁】!【断絶の壁】!【断絶の壁】!」


 次々に出現する岩の壁を前に、翔渡は臆することなく、そしてスキル名を発現することなく消滅させていく。

 出現よりも消滅させる速度が上回り、最後の壁が消えると同時に――。


「なんでだなんでだなんでだ! なんでなんだよぉ!」

「――ふんっ!」


 翔渡は、拳をボールと見立て思い切り振りかぶった。


「こんな理不尽に負けてたまるかぁああああああああああ――がはっ」


 目に見えない衝撃の襲われた鷹打たかだは後方へぶっ飛んでいき、そのまま敷居となっている壁へ激突。

 敷居はへしゃげ、くの字に曲がって体がめり込んだ。

 あまりにもの激痛に痛みをほとんど感じることなく気絶した鷹打は、そのまま壊れたおもちゃのように地面に倒れ込む。


「うわあ……ねえ、あれって生きてるよね……?」

「ここに来る前にちょっと練習したから、たぶん生きてると思う」

「たぶん、なんだね」


 駆け寄ってきた奏美かなみは、今も動かない彼を心配するも、すぐに姿勢を低くして緋音あかねの背中を摩る。


「ありがとう奏美」


 緋音はズキズキと痛み続ける患部に顔を歪めるも、なんとか上半身だけを起こした。


「ほら、起き上るころには終わっただろ?」

「まさか本当にやっちゃうなんて」

「見ていた側からすると、なんかもう凄すぎて意味がわからなかったよ」

(当の本人も意味とか原理はわかってないけど)

「さて、学校に行きたいが。緋音、歩けるか?」

「どうかしら……うぐっ」

「大丈夫!?」

「ありがとう」


 膝を曲げて立とうとする緋音だったが、ガクッと倒れそうになり、奏美がなんとか腕を滑り込までて止まることができた。

 そこから奏美の肩を借りて立ち上がるも。


「このまま歩いていたら、遅刻しちゃうね」

「奏美が背負って空中を移動すれば大丈夫か?」

「それがね、実力不足で申し訳ないんだけど1人でしか無理なの」

「なるほど。もし緋音が大丈夫ならなんだけど、俺に背負われてくれないか?」

「嫌じゃないけど……ここから学園までって大変だよね」

「2人共、ここから先のことは他言無用で頼む」


 そのフリを理解できない2人は首を傾げたが――。




「――こんなことができるなんてね。凄い」

「奏美には悪いけど、俺たちだけ先に到着っと」


 奏美は脅威がなくなったことから、1人で学園へ向かうこととなり、翔渡は緋音を背負って空を移動し――裏庭へ着地。


「このまま保健室に行って、治療してもらう。これで遅刻もしない」

「時間があり余ってるから大丈夫そう」

「じゃあ行こう。歩けそう?」

「うん。まだ痛みはなくならないけど、抑えながらだったら歩けるようになったよ」

「まあ無理はしないように」

「ありがと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る