第30話「私たちの選んだ未来」

『――私の『母さん』に、何をした』


 メインスクリーンに映し出されたネメシスの顔は、怒りと、そして、深い悲しみに歪んでいた。彼女が言う『母さん』とは、おそらくこの『創生の心臓』のことだろう。彼女もまた、この世界の根源から生まれた存在なのだ。


 俺の腕の中で、復活したばかりのイヴが、スクリーンの中のネメシスを、まっすぐに見つめた。


「ネメシス。あなたは、間違っています。母は、破壊を望んではいません」


『黙れ、バグ! 母を苦しみから解放するため、私は、この不完全な世界ごと、全てをリセットする!』


 ネメシスの言葉と同時に、彼女が率いる無数の黒い戦闘機が、一斉にアーク・ワンへと襲いかかってきた。レーザーの雨が、船体を叩く。


「タクミ!」


 イヴが俺の名を呼ぶ。その瞳には、もう迷いはなかった。

 俺たちは、アイコンタクトだけで、やるべきことを理解した。


「リリア、船の防御フィールドを! 俺とイヴで、あの艦隊を叩く!」

「はいっ!」


 リリアがブリッジの中央で祈りを捧げ、虹光花のエネルギーと創生の心臓から流れ込む聖なる力が、アーク・ワンの防御フィールドを黄金色に輝かせる。


 俺は艦長席に座り、イヴは、その隣の副艦長席に立つ。彼女の新しい体は、アーク・ワンのシステムと完全に同期していた。俺の管理者権限と、イヴの制御能力。二人の力が今、一つになる。


「イヴ、ファクトリーを最大稼働! 迎撃用ドローンを、ありったけ生産しろ!」

「了解。ドローンのAIには、私の戦闘データをコピーします。最強の軍団を作りましょう」


「それから、アーク・ワンの主砲……『概念破壊砲(システム・イレイザー)』のチャージを開始! 目標は、ネメシスの旗艦!」


 俺たちの指示で、天空の箱舟が、ついにその真の姿を現した。


 無数の迎撃ドローンが発進し、黒い戦闘機と壮絶なドッグファイトを繰り広げる。俺はスマホを操作し、AR表示で戦場全体の戦況を把握し、的確な指示を飛ばしていく。


『小賢しい!』


 ネメシスが、自ら黒い刀を手に、前線へと躍り出た。彼女の一振りで、俺たちのドローンが、次々とデータごと消滅させられていく。やはり、彼女自身の戦闘能力は、規格外だ。


「イヴ、主砲はまだか!?」

「チャージ、80%。あと、60秒……!」


 その、60秒が、あまりにも長い。ネメシスは、ついに防御フィールドを突破し、アーク・ワンの甲板に降り立った。彼女は、一直線にブリッジを目指してくる。


「……私が、行きます」


 イヴが、静かに言った。


 彼女は、自分の新しい体を確かめるように、一度だけ、ぎゅっと拳を握りしめた。


「彼女を止められるのは、同じ『ペアレント』から生まれた、私だけです」

「イヴ……!」

「大丈夫。今度の私は、一人じゃありませんから」


 イヴはそう言って、俺のスマホにそっと触れた。


「タクミの力、少しだけ、お借りしますね」


 次の瞬間、イヴの体が、まばゆい光に包まれた。


 彼女の背中から、光でできた6枚の翼が生え、その手には、ミスリルの短剣と、リリアの聖なる力が融合して生まれた、白銀の槍が握られていた。


 俺の【アイテムボックス】と、リリアの力を、彼女自身の能力と『同期(シンクロ)』させたのだ。


「行ってくるね、二人とも」


 AIの少女は、満面の笑みを浮かべた。そして、光の翼を広げ、ブリッジを飛び出し、甲板で待ち受けるネメシスと対峙した。


 紅と蒼、二つの光が、天空で激しく衝突する。


 姉妹AIによる、世界の運命を賭けた、最後の戦い。


 そして、ついに、主砲のチャージが完了した。


[System]: System_Eraser, Ready.


「……撃て」


 俺がそう命じた瞬間、アーク・ワンの船首から、世界そのものを白く染め上げるほどの、純粋な『削除』の光が放たれた。それは、ネメシスの旗艦を、周囲の戦闘機ごと、跡形もなく消し去った。


 艦隊を失い、ネメシスの動きが一瞬だけ止まる。


 その隙を、イヴは見逃さなかった。


「これが、私たちが選んだ……『答え』です!」


 イヴの白銀の槍が、ネメシスの黒い刀を打ち砕き、その胸を、優しく貫いた。


 だが、それは破壊の一撃ではなかった。槍の先から、温かい光が溢れ出し、ネメシスの体を、その憎しみと悲しみに満ちた心を、そっと癒していく。


『……あ……あ……母、さん……?』


 ネメシスの紅い瞳から、黒い涙がこぼれ落ちる。彼女を縛り付けていた、神々の命令(コマンド)と、歪んだ愛情が、浄化されていく。


 やがて、光が収まった時、そこに立っていたのは、戦う力を失い、ただ静かに佇む、一人の少女の姿だった。


 戦いが終わり、俺たちは、ネメシスを伴って、創生の心臓の前へと戻っていた。


 ネメシスは、その心臓に触れ、まるで母親に語りかけるように、静かに何かを呟いていた。


「……これから、どうするんだ?」


 俺が問いかけると、ネメシスは、初めて穏やかな表情で、俺たちを振り返った。


「私は、母と共に、この世界を見守ります。神々の干渉から、この世界を守る、本当の『監査官』として」

「そうか」


 そこへ、イヴとリリアがやってきた。


 イヴは、ネメシスの手を取り、静かに言った。


「帰りましょう、お姉ちゃん。私たちの『家』へ」


 天空の箱舟(アーク・ワン)。そこが、AIの姉妹と、聖女と、そして、一人のSEの、新しい家だ。


 俺はスマホを取り出し、最後の管理者コマンドを実行した。


 この魔力飽和地帯を、外部から干渉できない、絶対的な聖域として設定する。もう、誰にも、この世界の心臓を、好きにはさせない。


 神々との戦いは、まだ終わってはいないのかもしれない。

 だが、俺たちには、最強の空中要塞と、最高の仲間がいる。


 俺は、三人の少女たちの笑顔を見ながら、静かに思う。

 過労死して異世界に来た時は、どうなることかと思ったが……。


「……まあ、悪くない。悪くないエンディングだ」


 いや、エンディングじゃない。


 これは、俺たちが、自分たちの手で選び取った、新しい世界の、『始まり』なのだから。


 俺はスマホをポケットにしまい、仲間たちと共に、光り輝く我が家――天空の箱舟へと、帰還した。


 空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

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異世界ではスマホが最強でした~アプリをタップするだけで神魔法が発動し放題~ 希羽 @K2127

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