第2話 俺は最強
ついにこの日が来た。世間は恐怖と
30歳、引きこもり、中根響也。この日をどれだけ待ち望んだことか。SNSの仲間たちに別れを告げ、戦闘服に着替える。戦闘服といっても、数年前に調達したゲームキャラのコスプレ用にすぎないが。普段着よりはましだろうと思い、いそいそと着込む。手には海外映画でおなじみの釘バットを握りしめた。これは半年前から、仲間に自慢しようと思って、母に隠れて作り上げたオリジナル武器である。これをまさか実戦で使うことになろうとは思いもしていなかった。
深呼吸をして扉を少し開ける。部屋の外はやけに静かだった。両親はどこかに出かけたようだ。こんな時になんと不用心なのだろう。同じ屋根の下に住むものとして響也はその行動が信じられなかった。
「……」
ミシミシと足音を立てて階段を降り、リビングへ向かう。冷蔵庫からペットボトルのお茶と、バナナを一本カバンに詰め込んだ。今日一日だけ腹がもてばいいので、食料も少なくて済んだ。ある程度の用意をすませ、玄関の扉の前に立つ。
「…?」
玄関の窓際に壁掛けの鏡があることに気が付いた。最近買ったのだろう。シンプルなつくりで白を基調とした、それは響也の見たことのないものだった。
響也はそこであることを思いついた。急いで自分の部屋に戻り、用事を済ませ、もう一度玄関の鏡の前に立つ。
「よし、いってくるか」
やっぱりちゃちな戦闘服よりも、くたびれたスーツの方がかっこいいと思った。
***
とりあえず景気付けに、ガレージにいつも止めてある誰のものかわからない自転車をターゲットに。釘バットで思い切り殴りつけた。振りかぶり、何度も何度もたたきつける。かなり大きな金属音が出たと思ったが、ご近所さんも誰も注意してこなかった。
「…はは」
この様子じゃあ、SNSで見た通り、本当に警察だのも機能していないのだろう。やりたい放題だ。最後の日くらいやりたいことをして何が悪い。世紀末、万歳!
「しねえええええ!!!!」
今にも崩れ落ちそうな自転車に最後の一撃をお見舞いすると、中根響也は次の獲物を探しに歩き出す。
住宅街から大通りへ出ると、ありえないほどの車の渋滞が発生していた。皆イラついているのが肌でびりびりと感じ取れた。
「ばかなやつらだ」
冷めた笑みを浮かべると、響也はそのまま道なりに歩いてゆく。車に乗った人たちの顔をひとりひとり覗き込みながら。それは非常に気味の悪い光景だったろう。しかし誰一人として彼に気が付かなかった。この車の列はいつ動くのか、自分たちは助かるのか、そのことしか頭にないのだ。すぐそこに狂人がいることに皆気が付かない。
俺みたいに歩けばいいのに、と響也は思った。
この大通りは少し傾斜が付いていて、上るほどそれはきつくなる。最終的に山にたどり着くようになっているのだが、その山のふもとに高校がある。昔自分が通っていた高校だ。高校のときの記憶は正直あまりない。楽しかったり、辛かったら覚えているはずなので、きっと楽しくも辛くもなかったのだろう。それがだめというわけではないのだが、なんとなく嫌だった。
「…はあ」
本当は世話になったあの会社にお礼参りでもしたいくらいだったが、さすがに遠すぎる。この渋滞も考えるとそれはとても現実的ではなかった。そうなると問題は…。
「駄目だ、駄目だ!俺はまだ理性にとらわれている。もっと、もっと自分を解放しないと」
響也は近くのコンビニによることにした。もちろんその時はガラスを破り、奇声をあげながら堂々と入った。
入ると謎の4人組がいて、何やら怪しい雰囲気を醸し出していた。響也が入ってくるなり臨戦態勢をとったが、血の付いた釘バットを見てそのうちのひとり、リーダーのような奴が勧誘してきた。当然断った。集団でしか何かをなせないような奴らとは一緒にされたくなかったのだ。それに、このチームは絶対、馬鹿集団に違いない。何故ならまずチーム名が「世紀末連合」だったし、バットに付いた血だって明らかに血のりだってのに、全然気づかなかったからだ。
響也は結局目的の物を手に入れると、そそくさとコンビニを後にした。
「やっぱこれがないと」
普段酒は飲まないが、今日は特別だ。なんとなくアルコール度数の高そうな見た目の瓶を選んできた。それを、頬の横から垂れるのも気にせずに、瓶の半分ほどを一気に飲み込んだ。
「…うえっ」
すぐに喉のあたりがかっと熱くなる。正直酒は嫌いだ。飲めないからではない。単純に味が好きではないからだ。会社員時代はそれで少し苦労したりもしたというのも少し思い出したりした。
公園に行くと、汚らしい風貌のおじさんが奇声をあげながら頭を抱えていたが、うるさかったので黙らせることにした。動かなくなったその男をベンチ代わりに座ると、深呼吸をし、空を見上げる。自然と視界の右端に丸い時計が見えた。長いポールのてっぺんが時計になっているタイプだ。
現在午後12時。腹が減ってきたので、家から持ち出してきたあのバナナを食べることにした。
「……」
口いっぱいに頬張る。
「…うまい」
今まで食べたどのバナナよりもおいしかった。今頃、母や父はどうしているだろう。何故家にいなかったのだろう。俺を置いて、いったいどこへ行ったのだろう。突然胸いっぱいの悲しみが込み上げる。その悲しみは体から溢れ出し、涙となって零れ落ちる。とにかく悲しかった。嗚咽をあげて泣く。ここまで泣いたのはいつぶりだろうか。
俺は、会社を辞めさせられた時も泣かなかった。
それほど親しくもない祖父や祖母が死んだときも泣かなかった。
両親が、ニートになった俺に必死に次の仕事を探してくれたのに、結局それも駄目で、あなたのペースでやればいいよと急に優しくなったときも泣かなかった。
「…う、うぇ」
俺は胃の中のものをすべて吐き出した。
つづく
地球最後の日 赤藻屑 @okayuu
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