約束
はな
約束
約束。
子供の頃に交わした可愛い約束、別れた恋人や疎遠になった友達との、果たされることの無い約束。
はなから果たされることがないと分かり切って交わされる、社交辞令。
色んな約束があるけれど、
破られても破る側にはなりたくない、という思いがある。
もう来ないと分かっていながら待ち続けたカフェや、相手が忘れてしまうような小さな約束も、
“もしかしたら”の可能性を捨てられてずに馬鹿をみてきた。
それはもう、生まれ持った性質なのだと諦めがついたのは、ここ数年のことだ。
ワクワクしながら待ち続けて、
「そんな約束したっけ?」
相手の何気ない一言を拾って準備して、
「そんなつもりで言ってない。」
とか。
この積み重ねは想像よりもはるかに精神を疲弊させる。
そして、些細な約束を覚えている側の方が、“相手に負担をかける存在”として、謝罪すべき側に回されてしまう空気感がある。
だから、“覚えていないフリ”をすることにした。
「ごめん、私も忘れてた。」
そっち側にいっても、結局私は謝っているのだけど。
だから、彼が現れた時は本当に驚いた。
私自身、一昨日まですっかり忘れていた。
“覚えていないフリ”をはじめてから、本当に忘れてしまうこともあって、それは良くないと思っている。
4年ぶりに引越しをした。
窓からの景色にも飽きてきて、契約更新を迷っていたところで家バレした。
別に芸能人でもインフルエンサーでもないのに、おかしな話だと自分でもわかっている。
それでも、私にとって同僚に家バレしたことは、引越しを決意するのに十分すぎる理由になる。
同僚なんて、遠めの他人だと思っている私にとって、近所に同僚が住んでいて、休日にバッタリ、なんて、絶対に避けたい状況なのだ。
すぐに物件を探して準備をした。
そうして新居に移ったのが一週間前、ゆっくりと片付けていた大量の段ボールの中に、それは入っていた。
中学生の頃、同級生と交わした手紙。
友達ではなく、全くの他人でもない。
ましてや初恋の相手なんかでもない、でも、お互いの秘密を共有した相手。
15歳の彼が書いた手紙には、
『僕たちがちゃんと大人になったら、
15年後の今日、贅沢に行こう。』
と書かれていた。
思わず笑みが溢れる。
これは、15歳の春、中学最後の日にくれた手紙だ。
“贅沢”とは、通学路の途中にあるファミレスのことだ。
お小遣いだけが収入源だった私たちにとって、下校時間、夕方にファミレスに集まる高校生たちが、とても贅沢に見えたのだ。
我ながら可愛かったな。
引っ越し作業のバタバタのなかで思いがけず出会った癒しに、ふと考える。
あの日から、今年で15年。
3月7日、来るのだろうか。
忘れていて当たり前。
だけど、彼は覚えている気がした。
覚えていないかも知れない、覚えていても来ないかも知れない。
手紙を読んでから、ずっと考えてしまう。
来なくて当たり前、いつものことなのだから、やっぱり、で終わりにすればいい。
ただ、いつもと違うのは、相手が彼であることだ。
彼が来なかったら、しばらくは引きずってしまう。
懐かしさの波にのまれて行動するわけにはいかない。
でも、もっと嫌なのは、彼が“来て”私が“行かない”ことだ。
2日悩んで行くことに決めた。
新居から地元まで電車で1時間。
中学を卒業してから一度も連絡を取っていない相手に会いに行く。
恋人だった訳でもないし、同じクラスだったこともない。
校内のほぼ使われていない図工室。
そこだけが唯一、私たちが共有し、私たちを繋いでいた場所だった。
私たちには共通点があった。
“人間関係が異常に苦手なこと”
彼、柿本侑は中学生男子特有のノリや運動部至上主義的な平成初期の大人たちが求める型にハマれないタイプだった。
そして私も、家庭科の調理実習と言いながら、切る、焼く、煮るなどの工程を“まず”女子にやってみさせる家庭科教師が嫌いだったし、すぐに群れたがる“女子”が苦手だった。
2人とも集団に入れないし、入りたくない人間だった。
私たちは、それぞれ、同級生や教師が見落としている隠れ場所を探して彷徨った。
結果、いつのものかも分からない木屑が散らばり、正四角形の固い椅子が並ぶ図工室に辿り着いたのだ。
先にオアシスを見つけたのは私だ。
持ち込み禁止のポータブルMDプレイヤーでアヴリルやピンクを聴きながら、1人の時間を過ごす。
侑がやってきたのは三日ほど経った頃だった。
入り口に立った侑は、思いがけない先客に戸惑った様子だった。
私の方も、突然の侵入者が教師の回し者ではないかと疑ったが、目があった瞬間、お互いが似たもの同士だと理解できた。
私も侑も、お互いに話しかけることもなく、好きなことをして過ごした。
私は音楽を聴き、本を読む。
侑はみたことのないキラキラした布やら細々した飾り?やらを持ち込んで家庭科の授業みたいなことに熱中していた。
12時。
“贅沢”の前についた私は、窓側の角席に案内された。
中学時代、私たちは午前中の授業だけはしっかり受け、12時20分の昼休み開始と同時に図工室に逃げ込んでいた。
手紙には時間が書かれていなかったけれど、私たちの“約束の時間”なら、この時間で間違いないはずだ。
確信はあるものの、長丁場に備えてドリンクバーを注文する。
ラインナップにメロンソーダをみつけて思い出が蘇る。
夏休みを間近に控えたある日、侑が倒れた。
使われていない特別教室に空調設備などあるはずもなく、一階の図工室は窓を開けても蒸し暑かった。
私は凍らせたペットボトルを4本も持ち込んで、おでこに当てたりと、涼をとっていた。
“家庭科”に夢中な侑にも、
「水分取りなよ〜。
何かあったら、ここ、バレちゃうし。」
と声をかけたが、
「うん、わかってる。」
と短い返事が返ってくるのみだった。
お互いの存在を許容してはいたけれど、私たちは、友だちでも何でもない関係性だ。
14歳ともなれば、自分のことは自分でなんとかするだろう。
その後も侑は作業に集中していた。
アヴリルがhappy endingを歌い終えた瞬間、ドタンッと何かが床に叩きつけられる音がした。
顔を上げると、侑が木の床に横たわっていた。
授業中に使われていない筈の教室で生徒が倒れる。
……、流石にやばいと思った。
侑の傍にしゃがみ込み、声をかける。
「ごめん、大丈夫。」
小さな返事があり、ホッとする。
良かった、とりあえず、生きてる。
凍ったペットボトルを侑の首筋と脇の下に差し込むと、一応持ってきていた“歴史の資料集”で全身を煽いでやった。
落ち着いた様子を確認して、ハンカチを濡らしに行く。
おでこに乗せると、何やら言いづらそうにモゴモゴしている。
「はっきり言って。
聞こえない。」
やってしまった。
弱っている相手に、いつもの口調で話してしまった。
私の話し方には愛想がない。
だから怖いと言われ、敬遠される。
後悔が頭をグルグルしていると、侑が弱々しい声で、
「のど、かわいた。」
という。
私はリュックの中からまだ冷たいペットボトルを取り出して、手渡す。
一口飲んで、侑が言う。
「今はコレじゃないかも。」
手にはメロンソーダのラベルがみえた。
その日から私たちは、ただ場所を共有するだけの関係から、どちらかが何かに集中していない時に会話をする関係になった。
侑は三人姉弟の末っ子だった。
当時既に170センチを超える身長で顔も悪くない。モテる要素をしっかり持ち合わせていたが、率先してその武器を使う気は無さそうにみえた。
剣道をしているらしい姉やサッカー部の兄と違い、可愛いモノに囲まれているのが好きで、物腰も柔らかかった。
テレビで見たアイドルの衣装や童話の中の王子様やお姫様をイメージして洋服を作っているのだと、目を輝かせていた。
あの侑が30歳だなんて信じられない。
12時21分。
やっぱり、侑も覚えていないか。
お腹も空いて何か頼もうとメニューを手に取る。
チキンステーキか、パスタか、久しぶりにみるファミレスのメニューに心が躍る。
チキンのソース選びに入ったところで、声をかけられる。
「久しぶり。
やっぱりきたね。」
昔と違う、深い大人の声に驚いたけれど、この柔らかい話し方は、侑だ。
15年ぶりに見る侑は美しかった。
高校でさらに伸びたという身長は180センチを超え、華奢な指にはネイルが施されていた。
唇はぷっくりツヤツヤで、シンプルなジャケットにハイウェストパンツを合わせた彼は、テレビでみる芸能人よりも輝いてるみえた。
「当たり前でしょ。
来ないと泣かれそうだし。」
一昨日まで忘れていたことは内緒だ。
「ありがとう。」
侑が嬉しそうに微笑む。
---
可愛いモノが好き。
キラキラしたものも。
乱暴なことは嫌い。
小さい頃から料理や裁縫が好きだった。
両親も姉も、兄も、家族は僕の嗜好を尊重してくれた。
だから、このまま好きなものに囲まれて生きていくんだと信じていた。
幼稚園で初めてできた友達はミキちゃん。
僕の初恋だ。
ミキちゃんは当時流行っていたアニメに出てくる、魔法少女、マリンちゃんが大好きだった。
ブルーの瞳に水色の巻毛のマリンちゃんは、僕の推しキャラでもあった。
好きな女の子と推しキャラが同じ、ということに、僕は喜んだ。
ある日、僕はマリンちゃんがつけているのと同じ淡い黄色のリボンをつけ、ツインテールで登園した。
ミキちゃんに、
「可愛い。」
って言って欲しかったんだ。
だけど、ミキちゃんは、
「変」
だと言った。
「侑くんは男の子だから、
マリンちゃんじゃなくて、アースくんだよ。」
と、マリンちゃんが想いを寄せるヒーローの名前をあげた。
「だって、マリンちゃんが好きなんだもん。」
反論する僕に、他の子供たちからも
「おかしいよ。」
「変。」
「侑くん、女の子になりたいの?」
と声が上がる。
担任から報告を受けた両親は、全面的に味方でいてくれたけれど、その日から、自分の趣向を口にすることを辞めた。
女の子になりたい訳じゃない。
可愛いモノが好きなだけ。
小学校でも、中学校でも、僕は浮いてしまった。
周りより少しだけ身長が高かった僕は、たまに女の子に呼び出された。
「好き。」
だと言ってくれる人もいた。
だけど、僕の“好き”を知ると離れていく。
そのうち、柿本は男が好きらしい、という噂が広まった。
可愛いモノが好きイコール男が好き、という発想の広がりが理解できなかった。
集団の中はとても息苦しい。
ゆっくり、自分の好きなことが出来る場所が欲しかった。
校舎1階の奥に使われていない図工室がある。
古い工具が散らばっていて、誰も近寄らない場所。
自分にピッタリだと思ったけれど、先客がいた。
無駄に成長を続ける僕と違って、小柄で色素が薄く、大きな目が印象的な女の子。
マリンちゃんを実写化したみたいだ、と思った。
その子は全然喋らなかった。
同性からも“可愛い”と評価されるであろう容姿を持ったその女の子は、制服以外の持ち物も全部真っ黒だった。
SONYの大きなヘッドホンで音楽を聴いているか、文字しか無い本を読んでいた。
早坂みちる。
学校に興味がない僕でも、みちるのことは知っていた。
“すっごく可愛いのに、全然可愛くない子がいる”
一年の時に話題になった。
僕が作った服を着て欲しい、と思ったけれど、彼女は拒否するだろう。
彼女は女の子たちが集まって、“結論を出さない話”を始めると、
「で?」
「結局、どうしたいの?」
「私、帰るね。」
と、マイペースにズバズバと切っていく。
そのうち誰も話しかけなくなった。
嫌だな、と思うことがあっても黙っていることしかできない僕は、みちるの潔さに憧れた。
幸いにも同じ空間に居座る僕を、彼女も受け入れてくれたようだった。
僕に関する噂も知っているはずだったけれど、みちるは関心がないみたいなのもありがたかった。
みちるは怖いって言われてたけど、本当はすごく優しい。
あの日、あの状態でメロンソーダを渡されたのは驚いたけれど、目の前で起こる出来事を無視出来ないタイプでもある。
アニメから出てきたみたいな見た目と、正直で率直な物言いのギャップが悪い方に受け取られているだけだと思う。
みちるは僕が一度倒れてから、常にペットボトルを5本持ってくるようになった。
涼を取るための4本と予備の1本。
「小さな体でこんなに重いものを持ってくるなんて……。」
と言う僕に、
「アンタのためじゃない。
ここにいられなくなったら困るの。」
と返された。
本当にみちるらしい。
当時僕が作っていた水色のワンピースは、ぜひ、みちるに着てもらいたいと思ったけれど、着てもらえないだろう、とも思った。
みちるは周りから求められる自分のイメージに辟易していた。
カッコいいものが好きなのに、可愛いを押し付けられる。
僕の身長が僕が望んだものではないように、みちるの容姿もまた、彼女が望んだものでは無いのだ。
それでもいつか、自分が作った服をみちるに着てもらいたい。
彼女と話すたびに強く思うようになった。
“可愛い”を押し付ける服じゃく、彼女らしい服を。
「何色が好き?」
「みてわからないの?
く、ろ、だよ。」
「いつか、
黒くてカッコいいワンピースを作ったら、
着てくれる?」
「気に入ったらね。」
そんな約束を交わした。
---
侑は座るや否や大きな袋を手渡してくる。
意図がわからず、見つめていると、
ふっと笑いながら言われてしまう。
「こっちの約束は忘れてたでしょ?」
「約束?」
「開けてみて。」
促されて中を見ると、ワンピースが入っている。
襟と袖口が白く、他は黒のシンプルなワンピース。
一見、ただの黒いワンピースだが、袖がパフスリーブになっていて、胸元に切り返しが入っている。
身長が低い私でも、スカートのボリュームを気にせずに着られる作りになっていた。
「可愛い。
ウェンズデーみたい。」
思わず呟くと、
「じゃあ、ちゃんと着てね。」
と返される。
「……、わかったよ。
ねぇ、お腹空かない?早く注文しようよ。
聞きたいこともたくさんあるんだから。」
捲し立てるように言うと、侑がニヤニヤしながら言う。
「忘れた約束も、いい経験になるでしょ?」
悔しいけど、その通りだと思った。
今日は2人で今日までの話をしよう。
私たちが大人になるまでの話を。
そして、また、約束をしよう。
少し未来の私たちに向けて。
約束 はな @hana0703_hachimitsu
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