第24話
「マルティムだ」
「え」
私のつぶやきをムルムルが拾う。チャクスは男たちへ視線を向ける。男たちへ向かって歩みを進める私。
「ハー……ハーゲンティ様」
チャクスが小声で呼び止めてくるが、私は振り返ることも止まることもしない。
「ついてくるのなら静かに」
それだけ言って、男たちを見失いたくないため速足で追いかける。チャクスとムルムルが無言で付いてくる。
広い廊下、足音を抑える絨毯、壁に掛けられた絵画、日光が差し込む大きな窓、不規則に並ぶ扉と大小さまざまな通路。何もかもが怪しく見え始める。男たちの仲間が増えるのではないかと、扉や通路の横を過ぎる時は心臓が跳ねた。なるべく平然を装いたいが、きっと私の表情は引きつっている。
男たちはこの廊下の一番奥までは行かず、手前の少し広さのある通路を曲がる。そのまま追いかけたいが、気付かれて待ち伏せをされているのではないかという考えが一瞬脳をよぎり足が止まってしまう。
チャクスが私の一歩前に出て私たちに待てとハンドサインを送ってくる。
「探索の魔法を使います」
そう言ってチャクスは口元を隠して何かを唱える。ビ?ハッキリとは聞こえなかったが、唱え終わったチャクスの瞳は淡く発光しているように見える。
いいなぁ、私なんだかんだ理由をつけられて結局呪文まだ教えてもらってないんだよなぁ。
「大丈夫です、やつらは4人ともこの先の階段を登り始めました。行きましょう」
私とムルムルはうなずいて歩き出す。角を曲がると男たちは階段の踊り場手前まで登っていた。
私は息が荒くならないよう、ゆっくり呼吸をしながら廊下を進む。あと数歩で階段というところまで進むと男たちは踊り場に着く。階段の続きは折り返す形になっている。私が階段の1段目に足をかけると同時に男たちは階段を折り返しこちらを向く。
1人と目が合った。
「おい」
心臓が痛いほどドキッとする。
「走れ」
別の男が言って走り出す。
「逃がさん!」
私が言ってこちらも走り出す。走り込みで速くなった足と子供の体力を試すチャンス。私とチャクスがぐんぐん速度を上げていく。仕方のないことだがムルムルと距離が開く。
「ムルムルはサロンに戻ってオリアクスか大人に伝えて」
「お供できず申し訳ございません」
ムルムルはすぐに元来た道に戻る。
さーて、応援が来るまで持ち堪えられるかな。
私は少し震えて、手足には痺れにも似たような感覚が走る。これは武者震いだと自分に言い聞かせ、男たちを追い続ける。
男たちの瞳の色は茶とイエローだったので男爵位くらいの魔力量が4人。こちらは公爵位の私と伯爵位のチャクス、ただしチャクスはオレンジの瞳で魔力量は子爵位に近い。
騎士の訓練はチャクスが呪文を教えてもらえるほど進んでいるが、私は走り込みと組み手しかしていない。対して男たちは全員中年、つまり学校を卒業しているので騎士でなくとも5年は戦闘訓練を積んでいることになる。
戦力差は明白。私の魔力量と男たちの魔力量の差だけ見ると、ザブナッケが私にしていたことを真似れば足留めや時間稼ぎができそうに思えるが、嫌な思い出すぎてそんな魔力の使い方を練習してこなかった。
「こんなことになるなら練習しとけばよかった」
イライラしてきて叫びながら走る。この状況で私が大声を出すと思わなかったのか、男たちは一瞬怯んだ。
「ティファレト」
その隙を見逃さなかったチャクスが呪文を唱えて加速し、一気に距離を詰める。
うをおおおカッコいい!!
チャクスが男の1人を殴りつけて転がし、ボギン、と鈍い音が鳴る。どの部位か分からないが、骨が折られたのだろう男はその場にうずくまる。
次のターゲットは袋を持った男に定め、チャクスは飛びかかる。気づいた男は袋を急いで残りの2人に向かって投げ、私たちは一手間に合わず袋が飛んでいく。
チャクスは飛びかかった男を殴り始める。
私は袋を追いかけようとしたが、うずくまっていた男が動き出したのが視界に入ったので咄嗟に男の上に飛び乗る。
「ぐっ、ゲェエエ……」
男は吐いて意識を失った。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいそんなつもりじゃなかったんですそもそも喧嘩すらしたことなくって本当なんです女番長(スケバン)じゃありません信じてください!!
私の頭の中は大パニック。しかしここまで走った目的は忘れていない。
「チャクス!わたくしは先に行きます。この場は任せました」
早くしないと見失い、追いつけなくなる。焦った私はチャクスの返事も聞かずに飛び出す。
「お待ちくださいハーゲンティ様!」
チャクスの声が遠くから聞こえる。
「ごめんねチャクス」
絶対に聞こえていない謝罪を口にする。
私はある意味でこの時を、側近と離れる時を待っていたのだ。
「ファルファレルロ様」
悪魔の名前を呼ぶ。
「やっとか、待ちくたびれたぞ」
赤い革張りの分厚い本が私の手のひらから出現し並走する。
「契約通り、私がハーゲンティとして生きるために、力を貸してください」
「いいとも」
絶対にマルティムを取り返す。
ファルファレルロは封印されているため直接呪文などを使った行動は取れない。しかし私とは契約により魔力が繋がっている。すなわち、魔力量の調節をファルファレルロに丸投げできるのだ。
「待てー!!」
調節を修行中の自分で行うより効率がよく、そして体への負荷も最小限で身体強化をしてもらう。ファルファレルロは姿を隠しておきたいようで、私の背中にピッタリくっついている。
追いつける、なんなら追い越せる。
敵を睨みつけながらさらに足を速める私。ファルファレルロが小声で助言してくれる。
男の1人が振り返る。
「ネツァク」
男が叫び、火の玉がこちらに飛んで来る。
「カイツール」
私はファルファレルロに今教えてもらったばかりの呪文を唱える。目の前に半透明の盾が現れ火の玉を防いだ。
「な、な、なん、何なのだその呪文はああああああああ!」
ネツァク!ネツァク!ネツァク!と男は何度も叫んで火の玉を飛ばす。それを全て盾で弾く。
しかし戦闘どころか殴り合うような喧嘩すらまともにしたことがない私は、恐怖で身動きが取れない。気を失わないでいることで精一杯だ。
「ひ、ぃ…ぃぇ、ぱ……」
「しっかりしないか、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのだ」
ファルファレルロに呆れられるし、変な声だけが私の口から漏れる。男は廊下に飾ってある花瓶を手に取って花を引っこ抜き、中の水を勢いよく私に向かってかける。
「へべぇぇええ」
大声を上げる私。
それを見て男がニヤリと笑う。私が全然戦えないことに気づいたようで、男から慌てた様子は消え去りその手にある花瓶本体を振りかぶる。
ガシャーーーン
花瓶は盾とぶつかり派手に割れて散らばる。
ファルファレルロがいて、騎士団で組み手の練習も始めた自分はもっとやれると思っていた。本物の暴力。悪意。殺意。初めて晒される負の感情を前に立ち尽くすことしかできない。
情けない、情けない、情けない。
じんわりと涙が滲む。霞んだ視界に袋を担いだ男が1人で先に駆け出す姿が映る。
「まっ……!」
声もまともに出せない。手を伸ばしたくても上手く力が入らない。どうしてこうなったのか。ここまで来たのに。ぐるぐる、ぐるぐると感情が渦巻き、それに呼応するように魔力が体内で暴れ出す。
残った男は目につく花瓶全てを使い切るつもりだろうか、次々とこちらに投げつけてくる。
自分への情けなさや不甲斐なさ、男たちへの恐怖が強くなりすぎ、ファルファレルロでも制御が難しくなるくらい魔力が暴れたようだ。一瞬盾が消えかけ、その隙に花瓶の破片が一つ飛び込んできた。
その破片は私の頬を掠めた。
頬がピリピリと痛い。ジワジワと熱も感じる。
ポタ
床に1滴、赤いものが落ちた。
「はぁ?」
私の口からだと思う。低い声が出た。
ダンッ
大きな音がするほど力強く踏み込んだ。
「ねぇ」
盾を構えたまま男にぶつかる。
「女の子の顔に傷をつけるなんて、ありえないんだけど?」
ぶつかった衝撃で男は右手に持っていた花瓶を落とす。私は飛んで来る破片を防ぐために盾を左に寄せる。
今、私と男の間を阻む物は何も無い。
「傷跡残ったらどうしてくれんの!?」
怒りながらスコーピオンキックをお見舞いする。足がそんな所から飛んで来るとは思わなかったようで、男は避ける事もガードする事もできず鳩尾にしっかり蹴りを喰らう。
「ぐぇっ」
短いうめき声を上げながら後ずさる男。許す気なんて微塵もない私はすぐに距離を詰める。
「聞いてんの?」
盾を振って殴りつける。ファルファレルロのアシストがあるので、あまり力を入れなくても簡単に男が転がる。
「盾ではなく剣を出す呪文もあるぞ?」
ファルファレルロが教えてくれる。
「さすがにそれはちょっと」
私は遠慮しておいた。とはいえ立ち上がって追いかけられては面倒なので両足を重点的に殴っておく。
「はー、それより顔の傷だよ。私ダンサーなんだよ?顔も商売道具の一つなのに、あぁ……」
綺麗に治るかな、この世界にコンシーラーなんてあるかな、と私はブツブツ文句を言い続ける。
「吾はそれより、恐怖でずっと震えていたのに突然動き出したことに驚いた」
「あらファルファレルロ様ったら、私の心が読めるのだからどれくらい怒っていたかもお分かりでしょう?」
ちょっとぶりっ子しながら言ってみた。
「って!そんなこと言ってる場合じゃない!」
袋を追いかけるために再び走り出す。途中までしか目で追えなかったが、扉の音は聞こえなかったので部屋に立てこもっていることは無いだろうと予想してとにかく走る。
「ファルファレルロ様、チャクスが使ってた敵の位置が分かる呪文教えてください」
「探索魔法か。構わんが、騎士の訓練でボロを出すなよ?」
「うっ、はい。気を付けます」
この悪魔、よく分かっているな。
「追いかけたい男と袋のことをはっきりと頭の中に思い浮かべなさい」
「はい」
集中したいため走りから歩きに切り替える。
「使う魔力はごく少量だ。多いと敏感な者には察知される。それから其方が全力を出すと城ごと魔力で覆ってしまい、かえって探索が困難になる」
「子爵や男爵向きの魔法ってことですか?」
「今回の使い方ならな」
使い方次第、やはり魔法は想像力とは切り離せないようだ。あいまいではなく、しっかりと袋の形状を思い浮かべる。
大きさは自分がすっぽり収まるくらいで色はクリーム、麻ではなかった。男はヘーゼルの瞳にこげ茶の髪で、中肉中背。わりと輪郭が特徴的だったような。
「……リオウメレ領の、貴族」
先日の室内庭園での出来事を思い出す。
「集中しなさい。あの男を捕まえるのだろう」
ファルファレルロの声にハッとする。そうだ、今はマルティムを取り戻さなきゃいけない。一呼吸おいてもう一度、袋と男の姿を頭の中に思い浮かべて呪文を唱える。
「ビナー」
目の奥が熱くなり、世界が二重、三重に見える。その重なった世界の一つに足跡が見えた。
足跡は二つ先の角を曲がり、その先の階段をさらに登っている。
「見つけた」
「行くぞ」
私は身体強化をしてもらい、全力で階段へ向かった。
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悪役やるならこんな風に リボン会長 @mokemok_echang
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