第23話
「今日は紺のドレスにいたしましょう」
カシモラルとムルムルの2人がかりで着付けをしてもらう。髪にはもちろん友人とお揃いのリボンをつけてもらい、鏡の前で何度も角度を確認する。
「可愛いですか?似合っていますか?」
「大変よくお似合いですハーゲンティ様」
カシモラルが私のドレスの裾を直しながら答えてくれる。
今日は待ちに待った、10歳以下の子供だけが王宮に集まる日。知らない子供が大勢いるのはとても緊張するけれど、それ以上にマルティムとボルフライに会えることが楽しみで仕方がない。
「ハーゲンティ様、今日は公爵家の側近であっても11歳以上はお供することが許されておりません。チャクスとムルムルの2人と離れないようお気をつけてください」
「はい、心得ております」
まさかこんな形で教育の遅れの影響が出るとは思ってもみなかった。王宮での社交に向けて作法や学力を追い付かせる事に注力したため、領地内での社交が少なく同世代の側近が2人しかいないのだ。
本来なら公爵家の子は帰敬式を終えてすぐ、王宮での社交をほどほどに経験した2歳上の側近を多く召し上げ、万全の状態で初社交に挑むらしい。王宮行事経験済みの側近なので主人のフォローがある程度できることも期待されているだろう。そうして「我が領地の領主の子は完璧である」と内外に周知するのだと思う。
「ハーゲンティ様が騎士の訓練時、もう少しでよろしいので周りにも目を向けてくださっていればと……口が過ぎました」
「カシモラルの言いたいことは分かります。わたくしも今になって少しばかり後悔しています」
私はトレーニングに夢中だったのだ。広い場所で思いっきり体を動かせるチャンスだったし、走るのは嫌いすぎて頭の中でヒーロー物アニソンメドレーを流してやる気を出していた。結果、一緒に訓練をしていた同年代の騎士見習いたちは眼中になかったので誰1人として側近が増えなかった。
王宮の子供だけの集まりは親と離れ、成人側近とも離れるのだ。騎士見習いをできるだけ多くそばに置いて身の守りを固める必要があると今さら気がついた。私は今の今までピンときておらず、まだいいよと側近を見繕うことを後回しにしていたのだ。
マルティムとボルフライに関しては、私が完全に友人として接しているため今から側近に誘うのはやめておく事にする方向でバティンと話がついている。バティンとカシモラルのように長く友人として付き合い、成人を機に側近入りする可能性も十分にあるので保留とも言える。
私は成人側近も少ないって?あーなんか生まれてすぐに母親と父親それぞれから選ばれた側近が数人ついているっぽいよね、レライエ見てるとさ。
注意事項はまだある。私は最終確認をしようとムルムルに視線を送る。
「10歳の第5王子と8歳の第6王子も今日の会に参加なさるのでしたね」
「さようでございます。第6王子と同い年の第4王女もご参加になります」
ムルムルはうなずきながら答えてくれる。
カシモラルも続けて注意すべき点を述べてくれる。
「ハーゲンティ様、なるべくどちらの王子殿下にも挨拶以外でお近づきにならないようご注意くださいませ」
私としても王の子なんて畏れ多くて不用意に近づきたくはない。
「第5王子と第6王子の間で王位継承権を争っております。公爵の子であるハーゲンティ様がどちらかと交流を持てば領地ごと巻き込まれるのはもちろんのこと、婚約者にと声がかかる可能性が大きいです」
「こ、婚約者?この歳でですか?」
思わず声がひっくり返る。
「ええ、公爵を目指すハーゲンティ様にとって望まぬ未来になるでしょう」
カシモラルのその言葉に、領地だけでなく私自身のことも心配してくれていることが伝わってくる。
「気を引き締めて、そしてさりげなく逃げながら乗り切ってください」
それって大人でも難しくないかな?
そうやって逃げる、つまり身を守るためにも護衛がもっと欲しいのだなと理解した私は、渋い顔をしながら首を縦に振った。
「さぁ参りましょう」
今すぐに増やすことができない側近の話はここまでだ。
私は馬車に乗り込んだ。
開会式と同じ会場に足を踏み入れる。領地ごとになんとなく分かれて集まっているようだ。大勢が参加するので開場時間と開始時間の間に大きく時間がとられており、人が少ないと予想して開場すぐの時間を狙って来たが、すでに予想以上の人数が入場していた。
「年齢制限をしていてもこんなにたくさんの子供がいるのですね」
私の後ろからどんどんと人が入ってくる。ムルムルに導かれるまま移動し、ウハイタリ領の子供たちが集まっているところへ近づく。
見渡すと、会場に大人が全くいないわけではなく、王宮勤めの側仕官と騎士が壁際にズラリと並んでいる。しかしこの大人たちの表情から察するに、私たち子供のおもりと言うよりも監視をするために配置されているのではないかと思う。
王の子が3人。どこかピリついた雰囲気が流れているのも当然である。
「ハーゲンティ様ご挨拶をさせてください」
「わたくしにもご挨拶をさせてくださいませ」
ウハイタリの子供たちが群がってくる。
「近過ぎます、下がりなさい」
チャクスの高い声が響く。もみくちゃにされかけたが一瞬で十戒のごとく人が割れてスペースができた。
「不思議です。わたくし、もっと歓迎されないものと思っていました」
もちろんこちらをジロジロ見るだけで近寄ってこない人もいる。ムルムルが事前に耳にしていた噂、初めてのお茶会で中立派が取った最初の反応、騎士の訓練……これらを基に私は、いや、側近たちも含め、大多数が近寄ってくることはないと思っていたので護衛と側仕えが1人ずつでも何とかなるだろうと考えていた。
「甘かった」
私はボソリとこぼした。
「ご無沙汰しております、ハーゲンティ様」
声のする方へ振り返る。チェリーピンクの派手髪、バイェモンだ。
「ごきげんようバイェモン」
「覚えていただいたようで光栄にございます」
相変わらず嫌味なやつだ。
「オリアクス様の屋敷でハーゲンティ様にお会いしたと皆に自慢をいたしました。私に続こうとするものが多いようですね」
バイェモンは少しアゴを上げて周囲に視線を送る。上位17%に入る上級貴族伯爵家の息子、さらに伯爵位の中でも序列が高いと、同じ伯爵位のチャクスが以前言っていた。
バイェモンにモノ申せる人は多くない。彼のいたずらっ子というよりいじわるな表情に歯ぎしりをしたくなるのはなんでだろう。まぁいい、バイェモンに絡まれたくないのか、とくに女子はジリジリと離れていくので防波堤代わりになってもらおう。
「バイェモン、あちらでゆっくりおしゃべりをしませんか?」
「お誘いいただき嬉しく思います。ぜひお願いいたします」
私たちは会場のはじにある柱のそばへ移動した。
「バイェモン、あなた周りになんと言って回ったのですか?」
「さぁて、何の話でしょうか。とんと見当がつきません」
言うと思ったよ。
「バイェモン様、ハーゲンティ様に対してその態度はいただけません」
「チャクス様ならまだしも、子爵の子にこのような振る舞いを許すのですか?」
バイェモンはムルムルに答えず私に是非を問う。子爵家のムルムルが上位である伯爵家の自分に楯突いているぞとでも言いたいのだろう。しかし私の答えは決まっている。
「ムルムルはわたくしの側仕えです。主思いの良い子でとても助かっています」
臣下、とかなんか格好つけた言い方をしたかったけど単語が分からなかった。悔しい。
バイェモンはふ~ん、とムルムルを足先から頭までゆっくり視線を這わせた。なんか気持ち悪いからやめてほしい。
「女性をそんな風に見るのはどうかと思います」
私は一応小言を言っておく。
「ムルムルも、わたくしのためにありがとう。でもバイェモンが斜に構えているのは知っているでしょう?このくらいの軽口をたたくのは個性ですよ、わたくしは気にしません」
「さようで、ございますか」
私はムルムルの手を取ってポンポンと軽くたたく。
「で、バイェモン。わたくしの問いには答えてくださらないの?」
聞かれたバイェモンは肩をすくめるしぐさをしてみせる。
「以前お会いしたこと、マルティム様と仲がいいことしか話していません。マルティム様の兄オリアクス様とは友人です。彼が不利になるようなことを言いふらしたりいたしません」
マルティムのお茶会であった時のことを思い出す。今日も助け船を出してくれたし、きっと今の言葉に嘘はないだろう。
「信じましょう。なので、マルティムとボルフライが入場してくるまでここにいてくださいね」
「ちゃっかりしてますね」
そーゆーこと言うから、ああほら、チャクスとムルムル2人からにらまれるんだよ。
社交シーズンで、社交をするために王宮に来ているのだが、一気に押し寄せられても対応できないのでいったん皆と距離を置かせてもらう。それに、まだ開会していないのだ。人脈を広げたり、側近のスカウトをするのはこの後だろう。
せっかくなので社交5年目のバイェモンに面白い話を持っていないか聞いてみる。暇つぶしだ。
「面白い話、そうですね……」
バイェモンがあごに手を当てて考える。私としては「我が家が管理を任されている土地の特産は」なんてちょっとした雑談で良かったのだが、バイェモンは真剣な眼差しでどの情報をどこまで出すのか考えている。
「ハーゲンティ様」
「はいっ」
ものすごく小声だ。いったい何を言われるのだろう。
「異母妹のレライエ様にご注意ください」
一瞬、理解できなかった。その後すぐ視線だけを巡らせる。本当に小さな声だったので周りの喧騒にかき消され、チャクスとムルムルには届いていないようだった。
「続けてください」
私は先を促す。バイェモンは一つ頷いて続きを話す。
「先日、レライエ様から我が家に接触がありました。他にも、いくつかのバティン派と接触しているようです。帰敬式前なのでご本人ではなく使者が尋ねてまいりました」
「あなたの親の考えは分からないけれど、あなた自身はバティン派から出たかったのではなかった?こんな情報をわたくしに開示してよろしいのですか?」
バイェモンは少しばつの悪そうな顔をした。
「あの日は大変失礼いたしました。噂に踊らされ、裏も取らず、書陵官を目指す身として情けなく思います」
私に関しての噂。
「真実と思われても、仕方のない状況でしたから」
一度袖を通した服は着られないと散財する、目についた宝飾品は全て手に入れにと気が済まない、それはスコックスとレライエの事じゃないか?という内容の噂。そして勉強をしたくないと駄々をこねているという噂。ザブナッケに従わされていたとはいえ、後半は事実と言える。きっと私の耳に届いていないだけで、もっとたくさんの悪い噂が流れているだろう。
私は力なく笑う。
バイェモンは一つ息を吐く。
「先ほど申し上げた通り、私はオリアクス様の友人です。彼と敵対する気はりません。彼の妹君マルティム様と仲の良いハーゲンティ様には今回の件、ご留意いただきたいです」
何かあったら守ってね、ということかな。言われなくとも、私にできることはするさ。
それにしても、なぜレライエはバティン派に近づいたんだろう。
「接触の理由も聞かせていただけますか?」
「それが……」
バイェモンが言葉を切った。何かと思って振り返ると、オリアクスとマルティムがこちらに向かって歩いて来ていた。
「ハーゲンティ様、続きはまた後日にいたしましょう」
「ええ」
私は短く答えて表情を作り直し、笑顔でマルティムたちを迎える。
「ごきげんよう、オリアクス、マルティム」
「ハーゲンティ様、ごきげんよう」
オリアクスはマルティムをエスコートしているのを見て、私も庭園に入る時に従兄弟のオセーにしてもらったことを思い出す。親族はエスコートするものなのかな、なんて思いながら他愛のない話を始める。
開会の時間が近づき、どんどんと人が増えていく。
「オリアクス様ごきげん……し、失礼いたしました」
声をかけて来た男の子が大慌てで詫びる。その目は私を見ていた。今日のこの時間だけで何度目だろう。
今まで感じてこなかった「身分」を突きつけられて居心地が悪い。気にしないでと言えたら良いが、バイェモンにムルムルは公爵の子の側近だぞと、私が身分を振りかざした手前、意見をコロコロと変えられない。
こうやって、ちょっとずつこの世界を受け入れていくしかないよね。
それはそれとして、だ。
「オリアクス、人気者なのだから、みなと話していらっしゃい」
「お言葉に甘えて失礼いたします」
マルティムと手を振って別れ、私、チャクス、ムルムルの3人だけになった。
「一息つきましょうか」
私はバイェモンら言われたことを思い出す。異母妹の謎の行動、バティンとスコックスはバッチバチにやりあっているのに、敵戦力とも言えるバティン派とコンタクトを取るなんてレライエは何を考えているのだか。これっぽっちも思いつかない辺り、私はまだまだ貴族や派閥の考えが身に付いていないのだろう。失言回避のためにも早く身に付けたいところである。
「ムルムル、お手水をいただきたいです」
「かしこまりました」
これ以上考えても分からない。バイェモンと次会った時にもう少し詳しく聞けるだろうから、今は気持ちを切り替えたいのでトイレに行くことにする。
3人でのそのそと歩き廊下に出る。廊下も部屋と呼べるくらい広いので、一瞬方向感覚がおかしくなる。
だってさ、踊れちゃうよ?この広さ。
トイレの入り口が見えて来た。男女でトイレが別れていないのでちょっと、いや訂正して、ものすごーくなんかヤだなぁと感じる。入り口手前で失速していると、中年に見える男性4人が出て来た。
あー、これよ、なんかなーと言葉にできないモヤモヤ。私が公爵になったらまず最初にやる事は「トイレを男女で分ける」にしよう。絶対に、だ。
「さ、行きましょ、う?」
4人の男性グループに違和感を覚える。材質までは分からないが、1人が大きな袋を抱えている。トイレから何を持ち出しているのだろう。この国のトイレは水洗だ。日本と違ってバケツで水を流すが、とにかく汚物の汲み取りって事はありえない。出立ちも下働きや使用人ではなく、きちんと貴族に見える煌びやかな服装をしている。とてもじゃないが、トイレの中で何か仕事をする人たちとは到底思えない。
そもそも、誰だ?
今日は子供だけの集まり。大人は親でも送迎の馬車から降りることすら許されなかった。王宮務めの大人はサロンと議会のどちらかで仕事中。
嫌な汗が背中を伝う。
ゆっくりだった歩みはさらに遅くなる。
男が抱えている袋の口からハラリと何かが落ちる。
エメラルドグリーンのサテン地に、手編みのレースで縁取られたリボン。
最後尾の男がそれに気づき急いで拾い上げる。
私は無意識に自分の頭の上にあるリボンに手を伸ばす。
あの袋の中身はーーー
「マルティムだ」
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