再びの出前配信

 セキュリティの関係もあり、私は引越すことになった。新居はネオさんの部屋があるマンションのひとつ下の階。実はマンション全体が『獅子の爪』の持ち物で、従業員寮のようなものらしい。


 荷解きを手伝うとか、一緒に食事をしようとか、何かと理由をつけて、ネオさんが私に会いに来る。

 野崎さんは呆れ顔だ。

「まあ、お互い成人してるんだから勝手にしていいけど。ほどほどにしなさいよ」


「ネオ、お前あんまりしつこくすると嫌がられるぞ?」

 同じマンションに住むイーグルさんもそう言って呆れていた。


 ネオヒノちやんねるは順調に視聴者を増やしている。ただ、ネオさんの身体能力の高さについていくのが大変で。


 体力の差を実感した私は、マンション付属のジムで鍛え始めた。周りを見るとみんな筋肉の塊で、自分が情けなくなる。


「いや、あれと比べなくてもいいからな?」

 私と同じ魔法士であるセイリュウさんが、苦笑しつつ慰めてくれた。『女の子だから』と言われないあたり、認めてもらえているみたいで嬉しい。


「前衛の脳筋どもはそもそもの体の造りがおかしいんだ。君がああなる必要はない」

 でも、そう言うセイリュウさんと比べても、自分が貧弱なのはよくわかる。


 もう少し動けるようにならないと。配信ではネオさんに気遣われていると感じるし。置いていかれるようなことはないけど、足手まといは嫌だ。


 頑張ろう。ここでやっていけるように。









「こんにちは、みんな見てるー? ちゃんと聞こえてるかな? ネオヒノちゃんねるにようこそ!」

 誰もいない場所に向かってにこにこできるのは、やっぱりすごいなと思う。私にはまだ慣れが必要だ。


 ネオさんに合図されて、私も挨拶をする。

「今日もご視聴ありがとうございます」

 ネオさんが『よくできました』と言うように、にこっと笑った。


「さてさて。今俺たちは陽だまり亭に来ています。何をするかわかった人もいるんじゃない? そう、久々の出前配信! しかも今回は何の仕込みもありません!」


 コメント欄に『やっぱり前回は仕込みかよ』と文字が踊る。早速スパチャをくれた人もいた。


「ぁ、芝柴さん、いつもありがとうございます……えっと。出前の注文が来るまでは、私とネオさんの雑談となります」


「事前の告知はしているけど、ダンジョンの中から見てくれてる探索者さんとかいないかな? 一時間経っても電話がなかったら、今日はそこで配信終了です。普通の家とかは行かないよ。届け先の住所バレちゃうし」


「あ、あんまり、遠くない所でお願いします」

「そうだねー。車の用意はあるけど、ダンジョンの入り口まで遠いと大変だ。時間なくなっちゃう。『公園に届けて』というのはアリだからね。ところでヒノカ」

「え、はい?」


「『最近、ネックレスをしてますか?』って質問が来てるよ!」

「……ぁ、これは、その」

 胸元を押さえて、私は少し赤くなった。


「みんなに見せてあげて」

 ネオさんに促され、服の中からチェーンを引っ張り出した。チェーンには指輪が通されている。


 その指輪に、ネオさんが自分の右手を近付けた。ネオさんの人差し指にも指輪がある。

「じゃーん。お揃いでーす。いいだろー」

 配信機材の向こう側で、野崎さんが頭痛を堪えるような顔をした。


「でも残念。ヒノカは恥ずかしがって着けてくれないんだよー」

「だ、だって。もし、落としたら」

「失くしたらまたお揃い買おう。俺、結構稼いでるから大丈夫だよ?」


「でも……私はこれがいい、です」

 やっぱり、初めてもらったものだから、大事にしたいのだ。


 コメント欄に『きゃー!』とか『おめでとう』とか、視聴者からの言葉が流れていく。目立つスパチャもあった。


「ふじみさん、スパチャありがとー! 一万円、無理してない? 『美味しいお肉でも食べてください』だって。嬉しいね」

「ぁ、ありがとうございます、ふじみさん」


 店の電話が鳴った。

「お? 出前かな? ちょっと待ってみようか」


「ネオ、黄色の迷宮まで来られるかってさ」

 叔父さんが配信画面外から言う。

「黄色かー、ちょっと遠いね。配信では厳しいな」

「じゃあ断るけどいいな?」

「うん。ごめんねー、注文くれた人!」


 叔父さんが電話を切るのを待って、ネオさんが言った。

「今日の配信で行けるのは、赤か緑、ちょっと頑張っても灰色の迷宮かなー。俺が全速力で走ったら時間は短縮できるんだけど、ヒノカがついて来られなくなっちゃうからね」


 すぐにまた電話が鳴った。

「赤の迷宮なら行けるか?」

 叔父さんにネオさんが頷いた。

「具体的な場所は?」

「第二階層、Aの15辺りだと」


 私は顔が引き攣るのを感じた。

「ヒノカ、どうかした?」

「えっと、そこ、前に蜘蛛のイレギュラーがいた所なの」


「ああ、今までで一番大変な出前だったっていう?」

「……そう」

「そっかー、でも流石に今日はいないでしょ」

「うん、そうだよね」


 コメント欄がまた流れていく。『タメ口だ』『敬語取れた』『マジ?』『ヒノカちゃん可愛い』『神父様こちらです』『はよ結婚しろ』などと言われて気恥ずかしい。


「おい、今『可愛い』って言ったの誰だ?」

「ちょっと、ネオさん」

「これは俺のなので。気軽に『可愛い』とか言わないでもらえますー?」


「お前ら。出前行くのか行かないのか」

「あ、ごめんマスター。もちろん行くよー!」

「なら支度しな」

 私とネオさんは陽だまり亭のエプロンを身に着け、料理を受け取った。









 叔父さんから名前を聞いて、もしかしたらとは思っていた。赤の迷宮で出前を待っていたのは、以前私が助けた女性二人組。


「お待たせしましたー、陽だまり亭でーす」

「えっと、パンケーキ二つ、飲み物は紅茶とカフェオレ……合ってますか?」


「はい!」

「ありがとうございます。あの。私たち、ヒノカさんにどうしても会いたくて」


「え、何? まさか俺のライバル?」

 ネオさんがちょっとムスッとしている。

「私が助けた人たちだよ」

「ああ、うん。知ってる。ギルド『ムーンダスト』の新人さんだよね」


「ツキヒです」

「コヨミです」

 よろしくお願いします、と二人が頭を下げた。


「あの時は本当にありがとうございました、ヒノカさん」

「今日は休憩中にお二人の配信見てました!」

「ぁ……うん、ありがとう……」


「あの、あの時の狼の魔石なんですけど」

 あー、そんなのあったな、忘れてた。

「あ、あれは、その。どこか、寄付でもしてくれたら、それで」


「はいはい、あんまり近付かないでね。この人は俺のだからね」

 同性相手にまで嫉妬を見せるネオさんにコメントが騒がしい。


「えーっと『束縛されるのは嫌じゃないですか?』って、ヒノカに質問だ」

「……私は、あんまり、嫌じゃない……です」

「だそうでーす。俺、愛されてるよねぇ」


 ツキヒとコヨミがパンケーキを絶賛するのを聞いて、配信は終了。

「さて、帰りますか」

「……うん」


「夕飯、何がいい? 食べたいものある?」

「叔父さんのオムライス」

「いいねー! 俺も食べたい!」


 陽だまり亭に帰った私たちを、野崎さんと叔父さんが迎えてくれる。中嶋さんの息子さんが最近陽だまり亭でバイトをしていて、時間の流れの早さを感じる。


 私が探索者として本格的に活動するようになってから、母が何度か電話してきた。私はまだそれに出られずにいるけれど。


 大丈夫。私にはちゃんと味方がいる。認めてくれる人も守ってくれる人もいる。何よりネオさんが隣にいる。幸せだ、本当に。







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洋食屋『陽だまり亭』とダンジョンと私 夕月ねむ @yu_nem

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