第38話 その英雄、デート中任務を遂行する
「ローズ嬢、食事中も途中から顔が赤い様子だったが、熱でもあるのか? 具合が悪いなら早々に切り上げるが……」
「いえいえいえ! 全然わたくしは大丈夫ですわ」
食事を終え、船頭ニックさんの娘であるサリーさんに見送られた後、わたしの様子を心配してくれたソルファ様。いえ。顔が赤いのはわたし自身の問題ですので。
「そうか、それならよかった。この後は何処へ行きたい? ゴンドラのニックが言っていた美術館やマリーナ教会。此処から近いのはアクアのブティックだが、どうする?」
もうソルファ様と一緒ならどこでもいいです。と喉から出かけたわたしだけど、ぐっと堪える。選択肢は三つ。でも、ローズお姉さまならきっと、選択肢は一つしかなくて。
「せっかく近いですし、サウスオリーブ公爵のブティックを見てみたいですわ」
「それもそうだな。あ、ちょっと待っててくれ」
そう言ったソルファ様が何やら懐から紙と羽根ペンを取り出して、何かを書き始めた。そんなものを持ち歩いてるんだって少し不思議に思ったわたしだったのだが、何やらメモを終えたソルファ様が前方へと歩き出す。この時、ベレー帽に茶色の外套を羽織った男性が反対方向から歩いて来るのが見え、その男性とすれ違い様、ソルファ様は確かに先程書いたメモを彼へ手渡したのだ。わたしの角度からはたまたま見えたけれど、たぶん誰にも気づかないようなタイミングで。外套を纏った男性はそのまま街の裏路地へと消えていく。
「待たせたな。行こうか」
「あの……今の人って……」
「今のは
「え?」
「歩きながら小声で話そうか」
「あ、はい」
驚くわたしを軽く制止し、ソルファ様がわたしの手を引いてエスコートしているような仕草を見せる。わたしは身体中の血管が脈打っている様子を肌で感じつつ、彼の手を取って公爵のブティックへと向かう。そんな中、ソルファ様が小声で解説をしてくれた。
「今回ジウは俺たちのデート中、ローズ嬢を陰から見守りつつ、同時に街中で怪しい動きをしている人物が居ないか、常に監視をしている。ただ、さっきのカフェテリアは満席で入れなかった。だから怪しい人物の特徴をメモし、監視するよう彼に渡したという訳だ」
「え? 待って下さい! あのカフェテリアに怪しい人物が居たのですか!?」
わたしはソルファ様との食事でいっぱいいっぱい……むしろ途中から違う世界へ旅立っていたというのに。ソルファ様はわたしとのデートをしつつ、カフェテリアのお客さんを監視していただなんて。もう頭が上がらない。わたしも反省しなくちゃだなと思う。ソルファ様は任務で此処へ来ているんだもの。デートだって浮かれている場合じゃない。
ソルファ様が監視をつけたお客さんは二組。一組目は頭を頭巾で覆った民族衣装に身を包んだご婦人。わたしの席から見えなかったけど、婦人と背中合わせで同じく民族衣装で顔を隠した人物が座っていたんだそう。そして、わたし達の席の近くに居た同じ位の年齢のカップル。
「カップルに関しては女性は白。むしろ男が怪しかった。女性がお化けが出るって言う心霊スポットの噂を話していたんだが、明らかに男が顔を顰めた場面があった。それは、女性が港町マリーナとマリーナリゾートの間にある丘で火の球を見たって話をした時だった」
「ええええ!? お化け!?」
お化けってあんまり信じた事ないけど、そんな話題が出ると途端に足が竦んでしまう。
「大丈夫だ、恐らくそれはお化けではない。ジウを通じて男へ監視をつけた。いずれ足が出るだろう」
「でもソルファ様、それだけでどうして怪しいと?」
「簡単な事だ。夜中に人気のない場所での灯り。盗賊団の灯した松明か、何かの灯りの可能性があるからだ」
「え!?」
心霊現象ではないのならば……と少しホっとするわたし。でも、ソルファ様によると、その灯りがあった場所の近くに盗賊団のアジトがある可能性も否定出来ないのだという。それで怪しい人物へ監視をつける事で、盗賊団の尻尾を掴もう……という作戦なんだそう。デートの裏でそんな事を考えていただなんて……無知な自分が恥ずかしくなってしまう。
「ローズ嬢を巻き込んでしまって本当申し訳ない。だが、ローズ嬢との時間も勿論大切にしたいと思っている。あの路地を曲がるとブティックだ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで嬉しいですわ」
ソルファ様の言葉が優しくて、マリーナの煌めく運河のように心が洗われるようだった。そして、わたし達がブティックのある路地へ曲がろうとしたその時だった。
『きゃああああああ』
『泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!』
『待て! 逃げるな!』
突然の硝子が割れるような音と叫声。路地を曲がった瞬間、誰かがわたし達を避けて駆け抜けていった。遅れて逃げた人物を追いかける男性。たぶん警備の人だ。
「ソルファ様!」
「いや、オレが追いかけるまでもない」
「え?」
ソルファ様に促され、男の逃げた方向を向いた。そして、わたしは驚く。先程逃げた男が路地の先で宙を舞っていたのだから。
「くそっ! こんなところで……」
わたしとソルファ様が近づいていくと……泥棒を投げ飛ばした人物に警備の人がお礼を言っているところだった。
「このまま盗まれていてはサウスオリーブ公爵に頭が上がらないとことでした。ありがとうございました……先程の手腕、あなたは何者ですか?」
「フォッフォッフォ。
どうやら警備の人はサウスオリーブ公爵のブティックの警備員さんだったみたいで。突然宝石を展示している硝子を割って、この男が盗みを働き、逃走したらしい。その間、数秒の出来事。手慣れている……つまりは盗賊団の可能性が高いみたい。
泡を噴いて卒倒した泥棒を警備の人が連行していく。恐らくこの後、サウスオリーブ公爵の下へ引き渡されるんだろう。
そして、その場に残った人物。ソルファ様とわたしは、盗賊団を投げ飛ばした、御伽話に出て来るような魔法使いのお爺さんのような格好の人。そして、その横でモジモジしている町娘さんへ笑顔で話し掛けた。
「さて、
「
「
「あの……うち。お爺ちゃんの付き添いです。人違いかと思われ……」
そのままわたしとソルファ様へ一礼したスミスさんとネンネ。わたし達の横を素通りしようとしたところで……。
「スミス!」
「ネンネ!」
「申し訳ございません。坊ちゃんの様子が心配で」
「すいません。お嬢様の様子が気になって……」
デート中、ソルファ様とわたしをずっと尾行していた事がバレた執事・侍女コンビの二人。
この後、ソルファ様とわたしにたっぷりと怒られたスミスさんとネンネなのでした。
★★★★★★
~おまけ~
ネンネ「あのゴンドラを追ってください」
船頭「え? 何かの事件ですか」
スミス「何も言わず。この金貨を受け取りなさい」
船頭「分かりました。離されず近づかず。怪しまれないよう追い掛けます」
こんなやり取りがゴンドラデートの裏で行われていたとか、いないとか。
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2025年12月6日 08:01 毎週 土曜日 08:01
その伯爵令嬢、〝替え玉〟につき ~替え玉のわたし(妹)が侯爵に溺愛されるなんてあり得ません とんこつ毬藻 @tonkotsumarimo
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