十五の夏

アサヒ

第1話【残月】

 20〇〇年、八月。中学三年生の夏休み、僕たちは釣りをしていた。場所は僕の家の裏にあるため池で、放流されたブルーギルやコイが釣れる。近くに住んでいる祖父が釣り具一式を貸してくれたが、友人たちはあまり釣れていなかったように思う。僕はその日絶好調で魚を何匹かと、どでかい亀を一匹釣った。とても楽しかった。

 ひとしきり遊んだ後、近くの祖父の家に入り、夕涼みをする。おのおのが夏休みの宿題を開いたり、携帯をいじったり、時には会話をしながら過ごした。ふすまが開くと、祖母の顔。あのとき出してくれたのはスイカだっただろうか。よく覚えていない。とても楽しかった。

 僕たちはクラスメイトの一人をいじめていた。きっかけは何だったのだろう。仲良しグループでよくするゲームの一人だけ操作が下手くそだったとかそんな理由だったと思う。自分はそこにはかかわっていない。はじめはいじりに近かったと思う。それがエスカレートして悪口や陰口、容姿いじりや無視につながっていった。暴力はなかった。

 会話の輪の中に入りたかったんだと思う。小学四年の時に病気をして孤独な三年間を過ごした。最初はただ笑ってみていた会話に一度だけ入ってみた。みんなが笑ってくれた。うれしかった。そこからはもう本当にアリジゴクだったように思う。

イジメがばれた。主犯格は僕と友人A、Bということになっていた。僕はすごく動揺した。急転直下の奈落の僕にはだが、機会が与えられた。イジメ被害者Ⅾとその友人C、二人を前にしての対話が許されたのだ。

 脳みそを直接鈍器で殴られたような鈍い衝撃。一瞬ぼやけた視界に記憶の輪郭が頭をもたげる。母親がいつか言っていた。兄貴の友人も一時期、周りの連中に煙たがられていたことがあったのだと。その時兄貴は一人きりだったその友人に寄り添ったのだと。僕は頭がおかしくなった。だったら僕はどうして。

 気付いた時には土下座していた。泣いてゆるしをこう今の自分は、弱くて愚かで、醜く汚い。決して忘れることのできないその屈辱は、不思議となにもかもを忘れさせた。泣きわめく哀れな少年のこころは決してかえりみられることはない。

 そのあとのことはよく覚えていない。被害者Dが語ったことはなんだっただろう。だけどもうそんなことどうでもよかった。一週間と経たないうちに例の一件はクラス中に知れ渡ったのだという。おまけに僕の恥ずかしい小学校の卒業文集付きで。だけどもうそんなことはどうでもよかった。

 卒業式は途中で退席した。とても参加できるような状態にはなく、向けられる視線には気づいていたが、そんなことどうでもよかった。卒業式の後の最後のクラス会も、卒業式証書を持っての撮影会も、きらめく笑顔もかがやく涙も何もかもどうでもよかった。

 県内有数の進学校、その解答用紙に僕は一問も回答を書かなかった。人をいじめるような奴は死ねばいい。そんな奴に生きる資格はない。かつての記憶がこころをえぐる。口に出した言葉は真実にしなくては。どうしようもない僕にできる最後のこと。

 滑り止めでうけた私立の学校にも結局のところ行かなかった。イジメの加害者たちは何事もなかったように高校に通っている。イジメの被害者もその友人も新天地で楽しくやっていると聞いた。その知らせにほっとした自分は暗い暗い闇の中。

 高い教育を受けるはずだった。友人たちとありきたりなどこにでもある青春ってやつをてにいれるはずだった。それで、それで、恋なんかして夢なんか見たりして。

 誰も何も言わなかった。先生も母親も父親も誰も僕を𠮟らなかった。ほんとうは、ほんとうは。ずっと後悔している。どうすればよかったんだろう。どうすればだれも傷つけずにすんだのだろう。


 今この物語を書いている。あの頃と同じ机、あの頃と同じうつむいたまま。どうしようもない僕のどうしようもない話。今ならきっと歩き出せる、そんな気がする。

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十五の夏 アサヒ @ZzzzzLion

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