第23話 辺境伯の娘、王妃となる

「クリスタ様、お母様がいらっしゃいました」

 支度部屋で式用のドレスに着替え終えて待機していると、侍女がお母様の訪問を知らせてくれた。

 濃紺のドレス姿のお母様がやってくる。


「サーラスティ夫人。この度はご結婚おめでとうございます。クリスタ様のお世話をさせていただいております、テオドーラ・ヴィクルンドでございます」

 出迎えたのは、結婚式にまつわる一切を取り仕切ってくださった、ヴィクルンド公爵夫人。お母様よりひとまわりほど年上の、とても頼りになる方だった。


「エーリカ・サーラスティでございます。ヴィクルンド公爵夫人、娘がたいへんお世話になっております」

 お母様が深く膝を折り、ヴィクルンド公爵夫人に挨拶をする。


 通常、王族の結婚式で新婦側の世話をするのは王妃か国母なのだけれど、現在どちらも不在の今回は、筆頭公爵家で王族の結婚式に詳しいヴィクルンド公爵家が取り仕切ることになった。

 二着のドレス製作のための採寸から素材選び、デザイン決め、他にもグローブとベールの長さ、ティアラに使う宝石など私ではよくわからなかったから、ヴィクルンド公爵夫人にすべてお任せした。


 結婚式と結婚パレード時の振る舞いについても教えてもらい、何度も繰り返し練習を重ねた。

 レイヤ先生のように厳しくはなかった。でも体に覚え込ませる指導は同じだったから、レイヤ先生の厳しいご指導のお陰で平気だと思えたのかも。


「お時間まで母娘でお過ごしになってくださいませ」

 ヴィクルンド公爵夫人が侍女たちを連れて部屋を出ていった。ここから少しだけ、母娘の時間を過ごす。


「この一年で、もっと素敵な女性になったわね」

 お母様が座っている私の周囲をぐるっと回ってから、正面で足を止めた。

 私の顔を優しい眼差しで見つめるお母様の姿が、滲んでぼやけて見える


「立派な淑女なのだから、泣いてはだめよ。お化粧が崩れてしまうわ」

「お母様……」

「とってもきれいよ。鏡で見てみましょうね」


 一年振りにお母様に会って気が緩んでしまったようで、浮かんだ涙が流れないように拭ってもらい、手を借りて立ち上がる。

 壁際の鏡まで移動して、私は初めて自分の花嫁姿を見た。


「私じゃないみたい」

 まるで違う人が鏡に写っている。

 清楚で可憐。だけど品の良い華やかさもあって、憧れていたお母様のような素敵な人がいる。誰かが化けていると言われると信じてしまいそうな私が立っていた。


「間違いなくクリスタよ。可愛くて素敵なわたくしの娘。胸を張ってリクハルド様の元へお行きなさい」

「はい。お母様、今までありがとう」

 お母様は私の頬に軽く触れた。お互い涙で潤んだ瞳で見つめあった。


「さあ、お父様たちをお呼びしましょうね」

 寂しい気持ちを吹っ切るようにお母様が明るい声を上げ、母と娘だけの時間に終わりを告げた。

 私は再びイスに座って待っていると、お母様がお父様とお兄様を連れて戻ってきた。


「おおー、クリスタ。想像以上に美しいな」

 お父様が抱きしめるように手を広げる。だけど広がったドレスの裾が邪魔をして、抱きしめてはもらえなかった。

「この日を迎えられたのはお父様のお陰です。感謝しております」

 お父様と両手を重ねて握り合う。


「リクハルド王のお心を掴んだのは、クリスタ自身だよ。わたしは何もしていない」

「お父様はご謙遜がお上手ね」

「これからは一貴族ではなく王妃となるのだから、国王をお支えして、アールグレーン国を盛り立てていくんだぞ」

「はい。心得ております。全身全霊をもって、誠心誠意、務めて参ります」


 私の答えにお父様は満足そうに頷いて、頭を撫でようとして、手を止めた。

 私はお父様の手を取り上げて、頭まで持っていく。最後だから。これからは、何があってもこういうスキンシップは許されない。家族であろうと、王妃には触れられなくなるから。

 お父様の大きな手で撫でられて、心が温かくなる。また涙腺が緩みそうになるけれど、涙はこらえる。


 お父様の次はお兄様。

「クリスタ。おめでとう」

「お兄様も、ご婚約おめでとうございます」


 三か月ほど前、お兄様は婚約をした。お相手は伯爵令嬢レイヤ・ラヴィラ様。つまり、私の教育係として勤めてくれていたレイヤ先生。

 リクハルド様にずっと相談をしていて、忙しい中動いてくださった。


「クリスタが尽力してくれたお陰だよ。こちらこそ、ありがとう」

「私はお兄様とレイヤ先生にご夫婦なってもらいたかっただけです。リクハルド様のお陰です。叶って良かったです。本当に」


 お兄様の少し後ろに控えているレイヤ先生に、視線を送る。

 教育係としてのお仕事は今日でおしまい。数日後、サーラスティに向かい結婚式の準備を行うことになっている。私は王都を離れることができないため出席できないけれど、お兄様とレイヤ先生のご結婚を心から祝福している。


「クリスタ様。本日はおめでとうございます」

「ありがとうございます。レイヤ先生」

 視線を交わして、先生と生徒は笑い合う。

 お別れやお礼は、昨日のうちに済ませた。「わたくしのことでお時間を取らせるのは申し訳ないですから」とレイヤ先生らしい理由で。


「失礼いたします。そろそろパレードのお時間です」

 ノックの後入室したヴィクルンド公爵夫人の呼びかけで、私は立ち上がる。家族とともに支度部屋を出た。


 結婚式は王城内にある大きなホールで執り行う。けれど、先に結婚パレードを行うことになっている。

 王城を出て反対側の門まで馬車でパレードを行い、国民にお披露目をする。結婚式後、舞踏会用の色ドレスに着替え、これから出る門まで再びパレード。そして夜に王城にて舞踏会という予定になっていた。


 家族とはここでお別れ。ホールではお父様と腕を組んで歩くけれど、お母様とお兄様とは触れ合えない。

 私は大切な家族を一人ひとり見つめてから、膝を折り貴族の礼でさよならを告げてから、背を向けた。


 ヴィクルンド公爵夫人の案内で、大きな扉の横手にある部屋に通される。

 その部屋には、リクハルド様がすでにお待ちになっていた。


「クリスタ」

 すっと立ち上がったリクハルド様は、真っ白の婚礼衣装に身を包んでいた。

 ジャケットには豪華な金糸を使った刺繍がほどこされ、下襟のボタン穴には、私の舞踏会の色ドレスと同色の、明るい紫色のチューリップが飾られていた。花言葉は、不滅の愛。


 婚礼衣装姿のお互いを見るのは初めて。まぶしいほどの輝きを放つリクハルド様の素敵なお姿に、溜め息が零れそう。

 とてもお優しい笑みを浮かべて私に向かって歩いてくる初恋の相手。そんな方と結婚できるなんて。

 まるで夢のような出来事に、心が躍る。どきどきとわくわくで、心臓の高鳴りが激しくなっていく。


 お傍に行こうと足を踏み出した。

 リクハルド様のお姿に見惚れていた私は、

「あっ!」

 長いドレスの裾を踏みつけてしまった。

 体がゆっくりと傾く。

 晴れの日に転ぶなんて醜態をさらしてしまう――


「大丈夫か?!」

 私が転んでしまう前に、リクハルド様が手を差し伸べ、全身で受け止めてくれた。

 腰を支えられ、リクハルド様との距離が近くなる。

 舞踏会でお披露目するダンスの練習をしてきたから、初めての近さでもないのに。

 心臓が一瞬止まったあと、全身が熱くなった。


「まったくあなたは……」

「ありがとう……ございます」

「間に合って良かった」


 耳元に息がかかり、こそばゆい。

 私はもぞもぞと体を動かして、リクハルド様のお体から離れた。

 手を取られる。


「クリスタ。とてもきれいだ。俺はもっと早く素直になっておけば良かった」

「私はずっと素直でしたよ」

「ありがとう。俺に好きだと言い続けてくれて」

「私こそです。私を好きになってくださって、ありがとうございます」


 私たちは手を重ねて見つめ合った。リクハルド様の頬が少し赤くなっている。

 初めて見た表情。これから先、初めての表情をもっと見れるんだろうな。

 良いことばかりじゃないかもしれないけど、助け合って、支え合って、理想と言われるような夫婦になっていきたい。


 扉がノックされて、私たちは手を離した。

 パレード用の馬車に移動をと告げられて、差し出されたリクハルド様の左腕に手を回す。


 部屋を出て、大きな扉に向かう。

 厳かに扉が開いていくと、声が聞こえてきた。たくさんの国民が集まってくれている。


 リクハルド様と私は、開かれた扉に向かって、足を踏み出した。

 一歩、また一歩。

 ゆっくりと、確かな歩みを進める。明るい光に向かって。



                Fin

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虐げられ姫は、一途に王弟殿下を愛している 衿乃 光希 @erino-mitsuki

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