第3話
食事は何とか二人で完食。
僕1、ガーベラ9の割り合いだった。
あの小さな身体のどこに入ったのかは疑問だけどね。
この国の人はたくさん食べるのだろう。
そう自分で理由付けして、納得する事にした。
外はもう真っ暗だ。
ランプの燃料を無駄にしない為にもとっとと寝ないといけない。
「これで身体拭いてくださいね」
とはいえ、この世界には病気もある。
清潔さは命に関わるのだ。
ガーベラはお湯に浸したタオルを渡してくれた。
「ありがとう」
ゴシゴシ
僕はタオルで腕を拭く。
慣れない手つきで、でも全身くまなく確実に。
「ふふっ…間田内さん、結構不器用なんですね」
「………えっと」
その様子をニコニコと笑顔で見ているガーベラ。
ガン見である。痴女…とは思えないし、そういう文化なのかもしれない。
「その…身体を拭きたいからあっちを向いてて欲しいだけど」
「え? あ、はい」
キョトンとして後ろを向くガーベラ。
僕も気恥ずかしさから背を向ける。
この国の文化レベルはわからないけれど…男の裸なんて見ても面白いものではないだろう。
「そういえばお風呂ってあったりするの?」
これだけ汗をかいて、濡れタオルだけでは現代人的には満足できない。
けど電気も無いし……
もしかしたらと思って、試しに訊いてみた。
「お風呂…は町に行けばお風呂屋さんがありますね。けど、ちょっとお高いので行ったことは無いですね。」
「そうなんだ。でもあるんだね」
お風呂屋さんか。
銭湯みたいなのがあるんだろうか。
「明日、見てみたいな。見るだけって出来るのかな」
「出来ますよ? 私もチラッと見たことあるだけなので、もう一回見たいです」
「じゃあ行こうかな」
「はい」
明日の予定を決める話をしつつ、身体を拭く。
よし、こんなところだろう。
下手だとは言われたけれど、一応全身を一通り綺麗にする事は出来た。
「ありがとう」とタオルを返す為に僕は振り向いた。
「がっ…!」
「…?」
すると、そこには全裸で身体を拭く彼女が居た。
というか背を向けておらずこちらを向いていた。
「あ、はい」
タオルを受け取る彼女。
硬直する僕。
「どうしました?」
彼女はゴシゴシと髪を拭きながら、先ほど見せたキョトンとした顔をしていた。
そう…これが異世界文化か。
「貞!操!観!念!」(ガクッ…!)
涙を流しながら僕は地面に伏した。
どうやら彼女は、僕の裸を見たいと思っていたわけではなく、
そもそも見るのも見られるのも当たり前だった、ということだった。
僕の身体に悪い、主に股間に。
︙
明日からは、彼女が身体を拭く時は僕が家の外に出る、ということで決着した。
彼女は納得がいってなかったみたいだけど。
◇
「さ、行きましょうか!」
今日は町に行く日だ。
ガーベラは簡単に支度をして出かける準備は万端だ。
「う、うん…」
かくいう僕は、昨日の彼女の裸を見てしまった気まずさから、笑顔で話しかけてくる彼女の目を見る事が出来なかった。
「そ、そういえば今日も可愛い髪飾りしてるけどお気に入りなの?」
なので、どうにか思考を昨日の出来事から離そうと、昨日から気になっていた事を、話題として振る事にした。
ずっと気になっていた、あの猫耳。
作り物感が無く、モフモフである。
できれば触りたい。
「え、これですか? はい、両親からの贈り物です」
猫耳を贈る両親ってどんな両親だ、と思ったがそれよりも。
「触ってもいい?」
僕の関心はこっちだ。
モフモフ、大好き。
「え? はい。繊細なので、壊れないように優しく触ってください。」
「もちろん」
繊細?の部分はよくわからなかったが、僕の目はモフモフ以外をとらえていなかった。
そう、優しく、小動物を撫でるようにだ。
さわ~
「ひゃあああああああああああ!?」
ふむ、よくできてる。まるで本物みたいだ。
なでなで
「ふにゃああああああああああああ!?」
ん? 耳の穴みたいのが付いてる。
……ずぼっ
興味本位で指を突っ込んでみた。
「な、なにするんですか!?」
ガーベラはバッと僕から離れた。
「え、だって触っていいって…」
「これは髪飾りじゃありません!」
???
髪飾りじゃない?
「もしかして…本物?」
「もしかしても何も本物です!」
ありえない。少なくとも僕の世界に「猫耳の生えた人間」など居ない。
そういえば、昨日の彼女の裸を見た時に、猫耳は外していなかったっけ…
そして…
「もしかしてこれも?」
ぎゅむっ
僕は、彼女の尻尾のアクセサリーを軽く掴んだ。
「なにするんですかぁぁぁぁ!!!」
バシッ!!!
僕は頬に、鈍器で殴られたようなすさまじい衝撃を受けた。
どうやらガーベラからビンタを食らったらしい。
「せめて触っていいか訊いてください!」
「ごめん…ガクッ」
裸は見られてもよくて、尻尾は触っちゃ駄目なのか…。
しかし、薄れゆく意識の中で僕は理解した。
ここ僕の世界じゃねぇや、異世界だ。
猫耳少女なんて、漫画やアニメでしか見たことない。
みんな、こんなに怪力ばっかりなんだろうか。
そんな不安で胸中を満たしながら、僕は気絶した。
◇
「そういえば、昨日は助かったよ」
町に向かう道中、昨日、僕を助けてくれたことにお礼を言うことにした。
「いえ、誰かを助けるのは当然のことですから」
天使だ。
と思ったが口に出すと怒られるので言わないことにした。
「でもさ、もし僕が悪いやつだったとしたら、君を殺して家を奪ったりさ、家の物盗んだりしたかもしれないよ?
仮にも女の子なんだしさ、その辺り、もっと警戒した方がいいんじゃないかな。」
たとえゴリ…怪力だったとしても、隙を突かれたり、武器を持ってる相手だとどうなるかわかんないし。
気を付けるに越したことはないと思う。
「はい?」
そんな心配する僕を見て、キョトンとした瞳で僕を見返す彼女。
「また謎ワードですか?」
「えっ…」
知らないわけがない、と言おうとした所でちょうど町に着いたようだった。
「ほら、行きましょう! はじめはどこから行きますか?」
「え、あ、まずは地図を見たいかな」
「わかりました!」
彼女の態度が気になったけど、僕は目的の場所に向かうことにした。
◇
「うわぁ…全然違う」
「違う?」
「あ、いやなんでもない…」
ここが異世界かもしれないと思った時に確証を得る為に見たかったもの。
それは地図だ。
地図は、この町の大きな集会所にのみあるようなので、二人でそこに向かった。
道中すれ違う人々は、少女であれおじさんであれ、皆が皆、動物の耳や尻尾のような物が生えていた。
でも、もしかしたら実は、僕の世界には猫耳怪力少女が居るのではないだろうか…とか
これは未来の世界で、死んだと思ったがコールドスリープで今まで眠っていて、未来の世界で目を覚ましたんじゃないか…とか
とりあえず、どういった形であれ、「異世界転生したわけじゃない」ってことを証明できないか、淡い期待を胸に集会所向かったのだが、これで異世界転生したということが確定してしまった形になる。
「ふぅ…切り替えよう」
であれば、この世界の事をもっとよく知ろう。
元の世界ではない、ということであれば人間関係に悩んでいた僕でも今度は楽しく生きられるかもしれない。
異世界転生物でよくある、チート能力とか使えるかもしれないし!
前向きに生きよう!
「…よし! 次はお風呂屋だ!」
「そんなに行きたかったんですか?」
落ち込んだ、と思ったら急に元気になった僕に、ガーベラはふふっ、と微笑みかける。
「あとは酒場とか冒険者ギルドとか!」
「酒場はありますが…ボーケンシャギルドって何ですか?」
冒険者ギルドは無いらしい。
「じゃあ酒場! 人の話を聞けるとこに行きたい!」
「わかりました、人が集まるところだと、公園とかもありますよ?」
「行く! どこでも行くぞ!!!」
◇
風呂場を見に行った後に、酒場に行くことにした。
風呂場は、まぁ、なんというか、ドラム缶風呂みたいなのがいっぱい置いてあるお店があって僕の想像していた銭湯とは、全然違った。
◇
「お、ガーベラちゃん! …と兄ちゃん新顔だな!」
酒場に入ると、テーブルに座っていた気さくなおじさんが話しかけてきた。
「あ、ども。間田内と言います」
「こんにちは、お久しぶりです。あんまり飲みすぎて、おばさん困らせちゃ駄目ですよ?」
「ガッハッハ! ガーベラちゃんに言われちゃ、ちっと飲む量を減らそうかねぇ!」
軽く会釈して挨拶を済ます僕と、知り合いなのか気安く話すガーベラ。
「おじさんは、このお店の店長さんなんですよ。」
「おう、みんなには『おやっさん』って呼ばれてるぜ!兄ちゃんも好きに呼んでくんな!」
「わ、わかりました…」
本名は…?
とりあえず、ガーベラと一緒で『おじさん』と呼ぶことにしよう。
「お、ガーベラちゃん…と旦那さん? いらっしゃい!」
「ガーベラちゃんに旦那!?」
「あのヤバい飯を食える勇者が居たのか!?」
おじさんと話をしていると、彼女は人気者なのか、いつの間にか、他の人も集まってきた。
とりあえず、彼女の味音痴は周知の事実だということはわかった。
「旦那じゃないです! 昨日倒れていたところを見つけて、私の家に住んでもらってるんです!」
「そうなのか。まぁ旦那じゃなくても、女の子一人よりも男が居た方が安全だな!」
バシバシと僕の背中を叩くおじさん。
凄い怪力。背中折れそう。
この世界の人って、もしかしてみんな怪力なのか?
彼女を守るどころか、彼女に守られる未来しか見えない。
筋トレしよう。
「もう!」と頬を膨らませて、僕との関係を否定する彼女と、彼女の話を聞きたいと、集まってきた人たち。
僕の方は僕の方で、集まってきた人たちに、色々と聞かれたのであった。
◇
「ちょっと質問があるのですが…」
談笑がひと段落したあたりで、おじさん達に質問をすることにした。
気になった彼女の態度、その時から、ずっとモヤモヤとしていた感情。
それを言葉にしてみた。
「この世界に『殺人』や『窃盗』はありますか?」
「なんだぁその、サツジンだかセットーってのは」
おじさんたちは、彼女と同じく、キョトンとした表情をした。
「えっと…殺人は『人が人を殺すこと』で、窃盗は『人が人の物を盗むこと』でしょうか」
「はぁ…」
おじさん達はみんな、ピンと来ないような表情をしていた。
︙
酒場を出て、公園に行っても、同じことを訊いてみた。
誰に訊いても「知らない」どころか、歯車が嚙み合わない、理解できないという表情を返す。
『殺人』『窃盗』以外にも、『放火』『強姦』『いじめ』『差別』なんかも同じ反応だった。
他にもあったかも知れないけれど、同じだろう。
多分、この世界は『悪の無い世界』、いや、『
ただ「尻尾を握ったらビンタされた」と言ったら「当たり前だ!」と言われ、笑われたので、『悪』の基準もよくわからない。
︙
「そういや。善人だけだったらいいな、とか願った気がするなぁ…」
「どうしました?」
帰り道、今日あったことを思い出し、独り言を呟いた僕の顔を、ガーベラが覗いていた。
「いや、なんでもない」
「そうですか。」
だとしたら、きっと彼女も『
だから僕を助けてくれた、んだろうか。
「……」
物思いにふける僕の隣を、彼女は問いただす事もなく、黙って隣を歩いてくれる。
そういう、あえて触れない優しさは『
それが、気になった。
「ねぇ」
「はい?」
「もし、もしもだよ?誰も自分を助けてくれなかったらどうする?」
「え? それは、山奥とか行ってて一人ぼっちって事ですか?」
「いや、そうじゃなくって。周りに人が居るんだけどさ、誰も助けてくれなかったらどうするかなって」
ガーベラは、ピンとこないといった顔をしつつも、口をへの字にして悩んでいた。
うーん、としばらく悩んだが
「うん、やっぱりそんなことないですよ。誰かは、助けてくれます」
と、返事が帰ってきた。
僕は、その返事が気に入らなくて
「いやぁ、そんなことないでしょ。もう一回考えてみて?」
「うーん…」
としばらく悩んだ後に
「誰かは、助けてくれます」
遠くを見て、微笑みながら言った。
それが何故か悲しくて。
僕の心が汚いと言われたような。
過去のトラウマがフラッシュバックしてくるような感覚に襲われて
「じゃあ何で僕は助けてくれなかったんだよ!!!!!」
と声を荒げてしまった。
少女に向かって何を言っているのだろう。
それも異世界の、その場に居なかった彼女に。
「誰も、誰も! 誰も助けてくれなかった!みんな、知らないフリして、全部僕に押し付けて!
なんで…なんで誰も助けてくれないんだよぉ…」
それでも、堰き止めていた感情は、一度噴き出すと止まらなかった。
なんで、周りの人は良い人ばかりなのに、こんなに心が痛いのだろう。
みんなが善人なら、僕は何なんだろうか。
感じた孤独感。
『この世の誰もが善人であったなら、僕も善人で居られただろうか』
周りがみんな、善人であっても、僕はきっと悪人のままだ。
「しょうがないだろ! 誰も助けてくれなかった! だから! 僕も助けなかった! そうしたら…そうしたらアイツは死んだ…。僕は…悪くない…」
黙って僕の独白を聞いてくれている、ガーベラ。
ガーベラは、『
「悪く…、うぅ…、見捨てたんだ…僕が…」
そして僕は、その後、自殺したんだ。
逃げたんだ。
僕のした『悪の重さ』に耐えられなくて。
「僕が! 僕が…悪人だから…誰も助けてくれない…」
僕が悪人であることなんて、僕自身が一番わかっている。
ひとりぼっちだ。きっとこの世界でも上手くいかない。
寒い。トラウマを思い出し、身体が冷たくなっていくのがわかる。
全身の力が入らなくなり、膝から泣き崩れる。
︙
ふと、僕の身体を温かい何かが包んだ。
涙でグシャグシャになった目を開けた。
ガーベラだ。
彼女が僕の頭を抱きしめていた。
「え…」
こんな僕のことなんて、情けない僕なんて、見捨てられて当然だと思っていた。
そんな僕に、彼女は言った。
「もし世界中の誰も助けなかったとしても、私が間田内さんを助けます」
「う…」
言葉が出なかった。
寂しさであふれた涙とは別の涙が、僕の瞳を流れた。
「だから、もし…もしですよ? 私を誰も助けてくれなかったら、間田内さんが私を助けてくださいね?」
優しい声で、彼女は僕に言った。
その言葉が何故か嬉しいような、僕に出来るんだろうかと、不安になるような。
それでも。
「うん…」
たとえ僕が悪人であったとしても、僕は彼女を助けたいって。
そう、思ったんだ。
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