第2話

「自己紹介がまだでしたね。私はガーベラといいます。この近くに住んでます」



と、明らかな不審者である僕に微笑みかけてくれる少女。


やはり天使だ。

言うと怒られるけど。



「僕の名前は間田内。住所は……」



あれ…言ってもわかるのかな。


住所を伝えるところで、僕は言葉に詰まった。


ガーベラという名前。

見たこともない土地。


言葉が通じるのでなんとなく違和感を感じなかったのだが、何かがおかしい。


僕の住所を伝えて、余計に不審感を抱かせないだろうか?



「もしかして…記憶喪失ってやつですか?」



言葉に詰まっている僕の様子を見て何かを察してくれたのか、

ガーベラが心配そうに僕の顔を覗き込んで、理由を訊ねてきた。



「そうかも…」



そこで不審者に思われるのを恐れた僕はとっさに、彼女の記憶喪失設定に乗っかる事にした。



「さっき倒れた時に頭を打ったんでしょうか!?大変!!」


「それは違…そうかも…」



むしろ酷い誤解を抱かせてしまった。



しかし僕には、心配そうな表情で僕の顔を凝視する彼女に向かって


『ごめん嘘です』


とすぐに訂正する勇気が出なかった。



「はは…」

「そ、そんな…笑いごとじゃないですよ!」



苦笑する僕に彼女はさっきからアワアワと慌てている。

笑って欲しい。天使に悲しい顔は似合わない。



「もしかしてさっきからおかしなこと言ってるのも頭を打ったから!?」

「それは違う」



僕は即、彼女の誤解を訂正する。


変な人だと思われてはたまらない。

キザなセリフを脳内で吐いている場合ではなかったな。



「では素ですか!?」

「そっ…そうかも」



しまった。返答を間違った。


素で変な人だと思われてしまった。


仕方がない。『素で変な人』の称号を受け入れよう。



「でも…もしかして住む場所が無いのでしょうか?」

「……」



それは、そうかも。


元々住んでいたところに帰るとしてもここがどこだかわからないし…

どうやら僕は服以外の持ち物を持っていない。


財布が無く、どこかのホテルに泊まることも出来ないようだ。

今日は野宿だ!ハハッ!!



「テントを貸してください」(ドサァ!)



僕はプライドをかなぐり捨てて彼女に土下座した。

命より大切な誇りなんて、僕は持っていない。



「この辺りは狼が出るので野宿は危ないですよ?」

「そ、そんな…」



死んだ。


死んだと思ったらなぜか生きててそれなのにまた死ぬ。


もしかしたら狼に喰われた後にまた生き返って、そして死んでまた生き返ってを繰り返す運命なのだろうか。


なんてことだ。



ホロリ



悲惨な運命に涙が頬を伝う。



「あの…もしよければうちに来ますか?」

「!」



そんな僕の悲惨な運命に手を差し伸べる少女が…そこに居た。


彼女の名前は、そう…



「天使…」


「テンシじゃありません!」



    ◇



「こちらです」

「お邪魔します、テン…ガーベラ」



連れられてきたガーベラの家は古い、というよりは時代が何百年か前まで遡ったような作りのレンガで出来た家だった。


ファンタジーアニメなんかでよく見るやつだ。


海外では趣味でこういう家に住む人も居ると聞くが…しかし



「コンセントは…まさか電気使わずに生活してるの?」



エアコンも、クッキングヒーターも無い。

よくよく見ると、電灯も無い。


夜は一体どうやって過ごしているだろう…



「コンセント?…デンキ?……また謎ワードが増えましたね」


「ワァオ…」



その疑問は、ガーベラの反応ではっきりした。


どうやらこの国に電気は無いらしい。

The現代人の僕にとって電気無しの生活など想像もつかない。


スマホ、パソコン、ル〇バ。


僕にとっての三種の神器だ。


しかしこの瞬間に僕の三種の神器は失われたと言ってもいい。


神は死んだ。



「ちょっと暗いし灯りを付けたいんだけど…」



電灯は無くとも、せめて灯りくらいは欲しいところだ。

僕は読書が好きだから…町にいけば本くらいはあるよね?



「灯りですか?…ランプがありますが、油は貴重品なので夜にお仕事する時以外は…」



ガーベラは申し訳なさそうな目で僕を見てくる。

愕然がくぜんとした感情が表に出てしまっていたのかもしれない。



「いや、大丈夫。ちょっと暗いだけだし」



僕は笑顔を無理に作って、彼女の心配を振り払う。


だけどその内心は、ガッカリ半分、ビックリ半分だ。


油が貴重品…いったい今何時代だよ。


本は無いかもしれない。

紙すらないだろう。


紙は死んだんだ。



「そうだ…情報収集がしたい。ここに来る時に町が見えたんだけど、あそこに行ってみたいんだ」


町に行けばもう少し何かわかるかもしれない。


ここがどこなのかとか自国までどのくらいの距離かとか。


地図ぐらいはあるかもしれない。

この国の文化レベルがどのくらいであろうと、羊皮紙くらいはさすがにあって欲しいものだ。



「わかりました。今日は遅いので明日行きましょう?」

「うん、わかった」



太陽はおおよそ傾いて、だいたい三時か四時くらいだ。


町に行って、帰ってくる頃には真っ暗。

狼に襲われるだろう。


今日はもうゆっくり休むのかな。



「では薪割りをお願いしてもいいですか?」

「うん、わかった。…うん?」



笑顔で僕に手斧を渡してくるガーベラ。

今日はゆっくり休みましょう、と言われたと勘違いして生返事をしてしまったようだ。


薪?…そうか、ガスも無いのか。


大変だな…この国の文化レベルで生活するのは…。



「薪は外に置いてますので。私は夕飯を作りますね」



ガーベラは笑顔で厨房に向かった。


優しい天使。しかし甘くはない。


働かざる者食うべからず、ということだろう。


でも僕、薪割りとかやったことないんだけど。



「行ってきます…」



不安いっぱいの胸中を隠しながら、僕は外の薪置き場に向かった。



    ◇



「チェストォォォォォォォォ!!!目覚めろ!僕のチートスキル!!!うおおおおおおおおおおお!!!!」



ポコッ


あらぬ方向へ飛んでいく薪。


もちろん割れてない。


もしかしたらここは天国じゃなくて、異世界なんじゃないかと思ったんだけれど。


お約束のチートスキルは僕には備わっていなかった。



「何やってるんですか…?」

「はぁ…はぁ…え?」



奇声を上げ始めた僕を心配したのか、ガーベラが様子を見に来た。

少々、かなり、ハッスルしすぎてしまっていたようだ。



「いやぁ…上手く割れなくって…」



小一時間試したが、未だ一個も成功していなかった。


腕が折れそうだ。

チートスキルが使えれば一発だったんだけどさ。



「こう、一回軽く刺してから割ると上手くいきますよ。」



コンッ、パカッ!



「おぉ…なるほど」


チートスキルなんて要らなかったのか。


コツがあったんだ。

僕もやってみる事にしよう。


コンッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、パカッ!



「おっ、上手くいった…けどガーベラみたいに上手くいかないな」



彼女の薪は僕より綺麗に割れている。

それに、刺した後は一発だった。


練習が足りないのかな?



「刺した後にもっと力を入れてみてください」

「わかった」



僕はガーベラのアドバイス通り、斧をしっかりと持ち、思いっきり刺した薪を叩きつけた。



コンッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、パカッ!



「いや変わらないよ?」



腕が反力で痺れたくらいだ。

何も変わらない。汚い割れ目だ。



「うーん…」



ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!



「何が違うんでしょう…」

「……」



僕は見た。


振り回すにはちょっと重すぎるくらい重量のある手斧を、まるで卓球のラケットか何かのように軽々と振り回す彼女を。


その細腕にどれだけのパワーを内包しているというのだろうか。


ゴ〇ラだ。猫耳してるのに。


森の賢人だ。


コツじゃない。ゴツだ(?)


見た目は少女、なのに僕より間違いなく圧倒的に強い。



「都会っ子にはハードルが高い」



田舎怖い。

ワンパンで気絶させられる自信があるね。



    ︙



「お…終わったよ、ガーベラ…」



その後、なんとか薪割りノルマを達成して家に戻った。

明日は間違いなく筋肉痛だ。


町に行かなきゃいけないのにだ。


やったぜ!



「ありがとうございます。ご飯出来てますよ」



それでもこれだけ身体を使ったのなら、食べるご飯は美味しいだろう。


僕は期待に胸を膨らませ、食卓についたのだった。



    ◇



「おぉ…!」



正直この文化レベルでいったいどんなゲテモノが出てくるのかと辟易していた。


しかし僕の期待は良い意味で裏切られた。



「そんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐がありましたね」

「すごいよ、ガーベラ!」



豪華、とは言えないが素朴で美味しそうな料理が目の前に並んでいた。


民族料理だろうか?


古風だが僕のような現代人には逆に新鮮に感じる。



「今日は間田内さんの歓迎会なので、ちょっと奮発しちゃいました!」



ドヤ顔で無い胸を張るゴリr…エンジェル。

その顔はとても可愛かったのだが…



「どうされました?」

「いや…」



さっきの薪割りの光景が脳裏に焼きついていて若干の恐怖を感じる。

下手な事を言って殴られでもしたら、お陀仏だ。


まぁ、料理に限ってはそんな心配はなさそうで安心した。



「食べていい? 慣れないことしたからお腹ペコペコだ。」

「どうぞ! 温かいうちにいただいてください!」



僕は料理を手に持ったスプーンに並々と盛り、口へと運ぶ。



「いただきまーす!!!………グボホォ!!!」



そして口に放り込んだ瞬間、料理を噴き出した。

…!?………!!?……………!!!!!?????



「ど、どうしました!? お口に合いませんでした?」



驚いてガーベラは目を丸くしていた。


僕も驚いて目を丸くしていた。



「合わなかったというか…何とも名状しがたい感じ…」



一言では表せないだろう。


そう、その味を言葉で表すなら…


例えるなら美しい海の底に眠る無数に触手を持つ異形の王を起こしてしまったかのような。


例えるなら美しい花々に囲まれた湖の底に潜むこちらを品定めしているかのように感情を灯さない魚の主の瞳を見てしまったかのような。


例えるならショーウインドウの並ぶ美しい街中で人の形をした顔の無い異形に笑いかけられたような。


てけり・り…てけり・り…。


うん、マズイ。


見た目も匂いも良いのに味がありえないくらいマズイ。


一言で言い表せたよ。


『マズイ』だ。



「うーん?美味しいですが…」



パクパクパクパク。


そして、その名状しがたき味の料理を美味しそうに食べているガーベラ。



「ありえない…」



いや待て。


僕が選んだ料理だけがハズレだったのかもしれない。


他の料理なら大丈夫。

だからガーベラは普通に食べられた。


うん、間違いない。


そもそも人に出してもらった料理を残すなんて、そんなことは出来ない。



「い、いただきます…!」



怯える心を奮い立たせ、プルプルと震える匙で別の皿の料理を少しつかむ。


大丈夫だ、少しだけなら死ぬことは無い。


味覚さえ麻痺すれば、後はただの良い匂いのする料理だ。


ほら、激辛料理もずっと食べてると、途中から味しなくなるじゃん?


人間って案外、丈夫に出来てるじゃーん?大丈夫大丈夫、ハハハ…ハ…


完食できる…! 人体の神秘を信じろ…!



「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!南無散!」

「ナムサン? どなたですか?」



パクッ



「グボホォウェアァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

「ナムさぁぁぁぁぁん!!!!!」


僕は卒倒した。

神秘の完全敗北である。


うん、間違いない。


彼女は味音痴だ。

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