冥婚クロス

@CatShrineGames

第1話 プロローグ-前編


ここは『義荘(ぎそう)』

昔の中国の宗教施設のことで、地域の寄付から成り立つ、お寺のような場所です。

遺体安置所であり、身元の無い死人たちの、最後の行き場所でした。


そこに、道教を学ぶ2人の見習い道士がおりました。


ラン師匠「ユーシェン、ディディ、日々鍛錬を怠らぬように」

この方はこの義荘の道長であり、若者達に道教を教える師匠です。


道教と言うのは、中国に伝わる宗教の一つです。

この物語に出てくる『道士』は、日本でいうお坊さんのようなものとお考え下さい。


師の言葉に、背筋を伸ばして一人の青年が答えた。


ユーシェン「はい、師匠」

黄色い服の道士、一番弟子のユーシェンは、10年もの間、師匠の下で悪霊払いを学んでいました。


ディディ「私も頑張ります」

緑の服の道士、ディディは、しっかり者の二番弟子です。

ユーシェンの少し後に弟子入りしました。


ラン師匠「今日は、町に住む大商人の方から悪霊払いを頼まれている。行ってきてくれるかな」


ディディ「はい、師匠。私たちにお任せください」


ユーシェン「……」


場面が静かに切り替わり、義荘の廊下を歩いていたリャンリャンが足を止める。


リャンリャン「お父様、どうしてユーシェンを行かせたの?」


ラン師匠「なんだ、リャンリャン。ユーシェンを行かせてはいけないのかね?」


リャンリャン「銀おじいさんはこの義荘に大金を寄付してくださっている方よ。万が一失敗して、失礼があってはいけないわ。私、心配だから、見てくるわね」


リャンリャンが出ていこうとすると、師匠の声が背中に飛んだ。


ラン師匠「こら、待ちなさい。お前は体が弱いんだから、町へ出てはだめだよ」


――そのころ、道を歩く二人の姿があった。

目的地へ向かって歩くのは、ディディとユーシェンである。


道の途中、沈んだ表情のユーシェンに、隣を歩くディディが声をかけた。


ディディ「ユーシェン、浮かない顔ですね。どうしたって言うんですか?」


ユーシェン「うるさい。お前と道を歩きたくないだけ」


ディディ「そんなに煙たがらないで下さいよ。私たちは兄弟も同然ではないですか」


そのとき、町の方から黄色い声が飛んできた。


町娘A「キャー! ディディ道士よ!」


町娘B「あたしにも見せてよ」


町娘C「また悪霊退治に行くのー?」


町娘A「ディディ道士なら楽勝よ!」


ユーシェン「また始まったよ」


以前、街に出た妖怪を退治して以来、ディディは優秀な道士としてその名が知れ渡りました。

二枚目で明るい性格のディディは、街の人気者です。


ユーシェン「先に行く」


彼は足早に歩き出した。


ディディ「待ってくださいよユーシェン!」


(ユーシェンの心の声)「同じ道士なのに、あいつばかり人気でいらつくな。俺は心が狭いのだろうか」


ディディ「置いていくなんてひどいですよ」


ディディが追いかけようとしたそのとき、視界の端に何かが映った。


ディディ「って……! あれは……!!!!」


ユーシェン「おや? 何か落ちているな」


街を歩いていると、道のはじに赤い封筒が落ちていました。

封筒の口が開いていて、中には紙幣が。

――大金です。


そこへ、子どもが駆け寄ってきた。


子供「お金の入った袋が落ちてる~!」


ディディ「ワッ! ワーッ!!」


ディディ「それを拾ってはダメです!」


子供「どうしてですか? ディディ道士!」


ディディ「その封筒は『冥婚(めいこん)』の証です。拾えば、死んだ娘と結婚させられますよ」


子供「ひぇ~! おそろしや」


赤い封筒を見た子供は叫び声をあげ、慌てて走り去っていった。


『冥婚(めいこん)』


未婚のまま死亡した女性は『孤娘(グーニャン)』と呼ばれ、一人亡くなったさみしさから、残された家族にまとわりつく悪霊になるとされています。


そのため、生きている男性と形式上の結婚をさせ、魂を慰める儀式を行います。それが冥婚です。

これは日本や中国で行われてきた風習で、死者を悼む一つの形でした。


ユーシェン「騒ぎすぎ、珍しくもない」


ディディ「こんなことをしなくても、悪霊なら、私が払って差し上げるのに。行きましょ、ユーシェン」


ユーシェン「間違って踏むといけないからあっちに寄せておこう」


封筒を道の端に寄せると、ユーシェンは再び歩き始めた。

その時、近くにいた見知らぬ人物が、無言で彼らを見つめていた。


「……」


ディディとユーシェンは足早にその場を通り過ぎました。

道行く人々も、赤い封筒を避けて歩いているようでした。


2人は商店街の『中心街』へやってきました。

ここは、各地からお金持ちの商人達が集まり、珍しい品物を売り買いする華やかな通りです。


ユーシェン「約束の喫茶店はあっちだぞ」


彼らは道を進み、やがて銀おじいの家へと辿り着いた。


ユーシェン「こんにちはー! 悪霊払いに来ましたよ」


銀の娘「あら、ディディ道士。お待ちしておりました」

銀の娘「パパは奥にいますの。呼んで参りますわ」


ほどなくして、家の奥から重々しい足音とともに老人が現れた。


銀商人「ディディ道士、よく来ましたね。待っておりましたぞ」


中心通りの更に中心には『銀商人』と呼ばれる大商人が住んでいました。

銀商人は信仰深く、よく道士に悪霊払いをさせていました。


ディディ「こんにちは」


銀商人「おや、ユーシェンも来たのかい……」


ユーシェン「来ちゃダメなのかよ」


銀商人「お主、悪霊払いができないと聞いておるぞ。わしは悪霊を払ってほしいのじゃ」


ディディ「また悪霊に困っているのですか」


銀商人「近頃、体が重くてのう……。薬を塗っても、揉んでも、一向に良くならんのじゃ。こりゃあ悪霊が憑いているのに違いなかろうて」


ユーシェン「俺が霊視してやろう」


ユーシェンは真剣な顔で銀商人を見つめ、静かに告げた。


ユーシェン「――むむ、飢えに苦しむ子供の霊が見えるぞ。おお……これは恐ろしい。何か恨みをかうようなことをしたんだな」


銀商人「このワシが恨みを買うじゃって!?とんだ言いがかりじゃ!!」


ユーシェン「あはははは。こんなに祟られるまで、一体何をしたんだよ?」


銀商人「お前はなんて失礼な奴なんじゃ。恨みだの怨念だのどうでもいいわい!さっさと悪霊を払ってくれ」ユーシェン「――やってみます」


ディディ「ユーシェン、大丈夫ですか? 私がやりますよ」


ユーシェン「うるさい。今度こそうまくできるかもしれないだろ」


彼は大きく息を吸い、手印を組んで叫ぶ。


ユーシェン「急々如律令ッ!」


だが――


ディディ「ユーシェン、銀おじいさんに悪霊が集まってきています!」


ユーシェン「先生に教わった通りにやっているのに、何故いつもこうなる」


銀商人「ゲボェ……余計に具合が悪ぅなってきたぞ」


ディディ「私にお任せを。悪霊払いで消し去ります」


ディディは力強く印を結ぶ。


ディディ「ハッ!!」


悪霊の気配が徐々に払われ、空気が軽くなる。


銀商人「おお、体が少し軽くなりましたじゃ」


ディディ「ふぅ、よかった」


銀商人「どうもありがとうございます、ディディ道士。これは少しですが、お布施ですじゃ」


そう言うと、銀おじいさんはディディに銭の入った袋をにぎらせ、ニヤリと笑いました。


銀商人「そうそう、ユーシェンや。お前さんは本当にダメダメじゃから、道士になるのは諦めるべきじゃの」


ユーシェン「なんだと! 待て! くそじじい!」


ディディ「あ、ちょっと、ユーシェン落ち着いてください」


ユーシェン「謝る必要ない! そのジジイ、俺とディディで態度が違う!」


そこへ、様子を見に駆け付けたリャンリャンが歩み寄ってきました。


リャンリャン「あなたは悪霊払いができないんだから、ディディと扱いが違うのは仕方ないわ。本当のことを言われたからって怒るのは、お門違いよ」


先生の娘、リャンリャンは町で一、二を争う美人です。

しかし、性格がとてもきついことで有名でした。


銀商人「そうだ! そうだ!」


リャンリャン「何もできないあなたが10年も修行できたのは、銀おじいさんが義荘に寄付をしてくれたおかげよ」


リャンリャン「それを忘れて、銀おじいさんに八つ当たりするとは、なんて救いようのない」


ユーシェン「おまえまでそんなことを言うのか!!」


そのとき町の方から悲鳴が響く。


町娘「キャー! 助けて! 妖怪に女の子が襲われたわ!!」


ユーシェン「妖怪だと!? 何とかしないと」


リャンリャン「心配ないわよ。ディディに任せましょ」


ユーシェン「うるさい! 俺も道士の端くれだ!」


フェイ「助けて! パパ~!」


銀商人「フェイ!!」


ユーシェン「俺に任せろ!!」


その場にいた全員が駆けつけると、銀商人の娘フェイが妖怪に囚われていました。


ユーシェン「急々にょ……」


フェイ「キャーッ! 余計暴れてる!!」


フェイ「もうだめだわ」


そのとき、風を切るように現れた影があった。


ディディ「間に合ってよかった」


フェイ「ディディ様、ありがとうございます」


町娘「さすがディディ道士ね」


ディディ「礼には及びません。妖怪退治なら私にお任せを」


それを見ていたリャンリャンが目を輝かせる。


リャンリャン「見た? ねぇ、あれ、見た? ディディって本当にすごいのねぇ……」


リャンリャン「それに比べて、あなたときたら大きなことを言う割に、道士としての働きも満足にできないなんて――」


リャンリャン「この、へっぽこ道士!」


ユーシェン「へっぽこ……!」


『へっぽこ道士』

リャンリャンの言い放ったその言葉は、ユーシェンの心に深く突き刺さりました。


自分の無力さを一番自覚しているのは、他の誰でもなく、ユーシェン自身だからです。


ユーシェン「……!

へっぽこ……!」


『へっぽこ道士』

リャンリャンの言い放ったその言葉は、ユーシェンの心に深く突き刺さりました。


自分の無力さを一番自覚しているのは、他の誰でもなく、ユーシェン自身だからです。


ユーシェン「……!」






──場面は変わり、義荘。


師であるラン道士がディディの前に立ち、温かいまなざしを向けていた。


ラン道士「今日の活躍を聞いたよ。お前は本当に立派だね。どうだい? リャンリャンと結婚して、この義荘を継がないか?」


ディディ「えっ……私が? それはもちろん……私なんかで良いんでしょうか」


ラン道士「今日からお前さんは一人前の道士じゃ。これからもよろしく頼むぞ、ディディ道士」


──その頃、ユーシェンはひとり、義荘の外れで足を止めていた。


ユーシェン「……」


やがて彼は町へと歩き出す。


ユーシェン「そりゃあ、そうなるよなあ……」


兄弟子の立場を無くし、すっかり心の折れたユーシェンは、一人前の道士になる道をあきらめ、義荘を出ていくことを決めました。


ユーシェン「しかし、これからどうしたものか。金もないし……」


そのとき、一人の老人が道端で声をかけてきた。


老人「もし、お前さん」


ユーシェンが振り向く。


老人「ユーシェンと言うのはお前さんの事かね。ここにいると聞いてやってきたのじゃが」


ユーシェン「ユーシェンは僕です」


老人「ふぉふぉふぉ。ようやく見つけましたぞ」


ユーシェン「悪いですが――僕は義荘を出ていくのです。悪霊払いなら、ディディ道士をお訪ねください」


老人「ほう、義荘を出ていくとな。家業を継ぐのかい?」


ユーシェン「家族はいません。行くあてもありません。しかし、悪霊払いのできない僕はもうここにはいられないのです」


老人「そうか。それならちょうどいいの」


タオレン「わしはタオレン。ここから山一つ離れたマオ村にある義荘の道長をしておる。ユーシェンや、わしの義荘においで」


ユーシェン「え? どういう事ですか」


タオレン「わしの孫と結婚して、義荘を継がないかね?」


ユーシェン「いや、僕は出来損ないでして、悪霊払いはてんでできなくて……」


タオレン「誰にでも向き不向きがあるものじゃ。しかし、わしにはお前さんが必要なんじゃ」


ユーシェンが戸惑っていると、タオレンは一枚の写真を差し出した。


差し出されたモノクロ写真には、16歳くらいの娘が映っていました。


こちらへ向かって微笑むその顔には、少し幼さが残っていますが、もう少しすればもっと美しい女性になるでしょう。


タオレン「孫のシャオバイですじゃ。どうです? この子の夫になってくれませんかね」


ユーシェン(どっひゃあ、こりゃおどろいた。かわいい子だな)


ユーシェン「お、俺なんかで良いのかな……」


タオレン「もちろんですじゃ。わしの義荘へ来てくれますかな?」


ユーシェン「喜んで!」



――つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冥婚クロス @CatShrineGames

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ