異世界転移したら、俺のスマホが最強の魔法デバイスだった件 ~チートな現代知識で、落ちこぼれ魔術師と王国を救います~
境界セン
第1話 圏外から始まるファンタジー
「……いてっ」
頭に鈍い痛みが走って、僕はゆっくりと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、見たこともないような、鬱蒼とした森の景色だった。高く、太く、天まで届きそうな木々が、空を覆い隠している。
「どこだ……ここ?」
さっきまで僕は、学校の教室で、友達とスマホゲームの話をしていたはずだ。放課後の、あの賑やかな喧騒。それが嘘のように、今は静寂が支配している。聞こえるのは、風が葉を揺らす音と、遠くで聞こえる知らない鳥の声だけ。
混乱する頭で、僕はポケットを探った。よかった、ある。僕の相棒、スマートフォンだ。冷たくて、滑らかな感触が、少しだけ僕を安心させてくれる。
電源ボタンを押すと、見慣れたロック画面が表示された。時刻は……表示されていない。代わりに「圏外」の二文字が、無慈悲に現実を突きつけてくる。左上に表示されるはずのキャリア名はなく、電波マークにはバツ印。
「だよな……。こんな森のど真ん中じゃ、圏外だよな」
SNSも開けない。メッセージアプリも「接続できません」と表示されるだけ。友達に助けを求めることも、地図アプリで現在地を確認することもできない。完全に孤立無援だ。
「どうしよう……」
途方に暮れて、その場に座り込む。これからどうすればいいのか、まったく分からない。家に帰れるんだろうか。お母さん、心配してるだろうな。
そんなことを考えていたら、急にスマホの画面がフッと消えた。
「え、うそ、なんで!?」
慌てて電源ボタンを長押しする。頼む、ついてくれ! これがなくなったら、僕は本当に一人ぼっちだ。何度か押していると、画面にバッテリー残量の警告が表示された。
【バッテリー残量:1%】
「まじかよ……」
最悪だ。充電が切れる。モバイルバッテリーなんて、都合よく持っているわけがない。終わった。完全に終わった。
僕は天を仰いだ。木々の隙間から見える空は、知らない色をしていた。紫がかった、不思議な青色。
その時だった。
「グルルルル……」
低い唸り声が、すぐ近くの茂みから聞こえた。ビクッとして、そちらに視線を向ける。茂みがガサガサと揺れ、ゆっくりと何かが姿を現した。
それは、大きな、牙の生えた狼だった。いや、狼よりもずっと大きい。僕の背丈くらいあるんじゃないか? 全身が緑色の苔のような毛で覆われていて、爛々と光る赤い目が、まっすぐに僕を捉えていた。
「うわああああああ!?」
腰を抜かして、後ずさる。全身の血の気が引いていくのが分かった。なんだこれ、ゲームの世界かよ!
狼――いや、魔物と呼ぶべきだろう――は、ゆっくりと僕との距離を詰めてくる。涎を垂らしながら、喉の奥で唸り声を上げている。完全に獲物としてロックオンされている。
逃げなきゃ。でも、足が震えて動かない。
もうダメだ。食われる。
そう覚悟した瞬間だった。
「――〝風よ、切り裂け!〟」
凛とした、少女の声が響いた。
その声に応えるように、鋭い風の刃がどこからともなく飛来し、魔物の巨体を切り裂いた。
「ギャンッ!」
悲鳴を上げて、魔物が数メートル吹き飛ぶ。信じられない光景に、僕はただ呆然と口を開けていた。
魔物が吹き飛んだ方向から、一人の少女が姿を現す。年は僕と同じくらいだろうか。銀色に輝く長い髪を風になびかせ、手には木の杖を握っている。気品のある顔立ちに、強い意志を宿した青い瞳。アニメかゲームから飛び出してきたような、綺麗な子だった。
「大丈夫ですか?」
少女は僕に駆け寄りながら、警戒を解かずに魔物を見据えている。
「あ、あ……はい。た、助かりました……」
かろうじて、それだけを答えるのが精一杯だった。
「まだです! あいつはしぶとい……!」
少女の言う通り、吹き飛ばされた魔物が、傷ついた体を引きずりながらも再び立ち上がった。憎しみのこもった赤い目で、僕たちを睨みつけている。
少女が杖を構え直す。彼女の周りに、キラキラと光る粒子が集まり始めた。これが……もしかして、魔法?
「〝炎よ、燃え盛れ! ファイアボール!〟」
少女が叫ぶと、杖の先に火の玉が現れた。しかし、それは野球ボールくらいの大きさで、すぐにフッと消えてしまった。
「え……?」
少女が困惑の声を漏らす。
魔物はそれを見逃さなかった。チャンスとばかりに、地面を蹴って僕たちに襲いかかってくる!
「くっ……! 魔力が、足りない……!」
少女が悔しそうに顔を歪める。どうやら、さっきの風の魔法で、力を使い果たしてしまったらしい。
まずい! 今度こそ、二人ともやられる!
僕はとっさに、ポケットからスマホを握りしめていた。もうバッテリーは1%しかない。でも、何か、何かできることはないか!?
懐中電灯……? いや、昼間だし、あんな魔物に効果があるとは思えない。
カメラ……? 記念撮影してる場合じゃない。
パニックになった頭で、僕は無意識にスマホの画面をタップしていた。その時、ふと、あることを思い出した。
――緊急時、スマホのLEDライトを高速で点滅させると、相手の目を眩ませることができる。
昔、ネットの記事で読んだ、護身術の知識だ。こんな魔物に通用するか分からない。でも、やらないよりマシだ!
僕は急いで、懐中電灯アプリを起動した。そして、点滅(ストロボ)機能のスイッチを入れる!
「うわっ!」
僕自身も驚くほどの、強烈な光の点滅が、魔物の顔を直撃した。
「ギャウッ!?!?」
魔物は、まともに光を浴びて、苦しそうに顔を背ける。その動きが、一瞬だけ止まった。
「今です!」
僕は少女に向かって叫んでいた。
少女はハッとして、僕のスマホと魔物を交互に見た。一瞬の躊躇の後、彼女は再び杖を構えた。残った最後の力を振り絞るように。
「〝光よ……彼の者に力を……!〟」
少女が祈るように唱えると、彼女の体から発せられた淡い光が、僕の持っているスマホにすぅっと吸い込まれていった。
その瞬間、信じられないことが起こった。
【バッテリー残量:100%】
「えええええええ!?」
1%だったはずのバッテリーが、一瞬で満タンになった!? なんで!?
でも、考える暇はなかった。少女が僕に叫ぶ。
「その光、もう一度!」
「う、うん!」
僕は言われるがまま、再びストロボ機能で強烈な光を魔物に浴びせた。混乱する魔物に向かって、今度は少女が最後の魔法を放つ。
「〝風よ!〟」
さっきよりは小さいけれど、鋭い風の刃が、的確に魔物の足を切り裂いた。完全に体勢を崩した魔物は、そのまま地面に倒れ込み、動かなくなった。
静寂が戻る。
僕と少女は、肩で息をしながら、倒れた魔物を見つめていた。
「た、倒した……のか?」
「……はい。なんとか」
少女はほっとしたように、その場にへたり込んだ。よほど疲れたのだろう。
僕は、自分の手の中にあるスマホを見た。画面には、くっきりと「バッテリー残量:100%」と表示されている。
さっき、少女の光がスマホに吸い込まれた。あれは、魔法の力……「魔力」ってやつだろうか。
もしかして、僕のスマホは……。
「この世界の魔力で、充電できる……?」
だとしたら、これは、とんでもないことかもしれない。
「あの……」
少女がおずおずと僕に話しかけてきた。
「あなた、一体何者なんですか? その、光る板は……伝説の聖遺物か何かですか?」
聖遺物。そう言われても仕方ないか。この世界には、スマホなんて存在しないんだろうから。
僕はなんて答えようか迷って、とりあえず、正直に話すことにした。
「僕は相川奏多。気づいたら、この森にいたんだ。これはスマホ……僕の世界では、誰でも持ってるただの道具だよ」
「スマホ……? カナタ……?」
少女は不思議そうに、僕の名前と、スマホという聞き慣れない単語を繰り返した。
異世界転移したら、俺のスマホが最強の魔法デバイスだった件 ~チートな現代知識で、落ちこぼれ魔術師と王国を救います~ 境界セン @boundary_line
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