第3話「奴隷少女リシェル」
焔狼との死闘から一夜明け、俺はギルドの宿で目を覚ました。
昨日の戦いで得た経験は大きかった。《無限解析(インフィニット・リバース)》のスキルはとんでもない。焔狼の【火球】、【感知嗅覚】、さらには【自己再生】まで模倣できた。しかも進化させて、より強力な魔法【火焔弾】にまで昇華できていた。
俺の脳内には、スキルツリーが存在している。敵から得たスキルは、自動で分類・保存され、任意のタイミングで取り出せる。しかも、スキル同士を掛け合わせて新しいスキルを作ることもできるのだ。
「やべぇ、これ、チート通り越して反則じゃね……?」
布団の上でひとりごちた。だが、浮かれてばかりもいられない。この世界は強者が支配する。力を持たぬ者は、虐げられ、搾取される。
「俺はもう、弱いままじゃいられないんだ」
そう思いながらギルドへ向かおうと街を歩いていると、一つの光景が目に入った。
露店が並ぶ通りの一角。人だかりの中心に、檻があった。鉄製の檻の中に、少女が一人、座り込んでいた。
薄汚れた布のような服。体中に打撲や痣があり、手首と足首には錆びた鎖が巻かれている。年齢は十四、五歳といったところか。痩せ細った身体に不釣り合いなほど大きな、琥珀色の瞳だけが、力強く光っていた。
「おい、見ろよ。まだ売れ残ってるぜ、あの獣人の奴隷」
「なんでも凶暴すぎて、誰も手に負えないらしいぜ。あれでも牝かよ、ははっ」
商人と野次馬が笑う。その少女――獣人の奴隷は、俯いたまま震えていた。
――チクリ、と胸が痛んだ。
この世界には奴隷制度がある。特に、亜人や魔族に属する者たちは差別の対象で、戦争捕虜や孤児は簡単に“商品”になる。非道なことだが、それがこの世界の現実だ。
だが、俺には関係ないはずだった。助けても、きっと俺に得はない。
……なのに。
「おい、そこの商人。あの奴隷、俺が買う」
気づけば声が出ていた。
「は? あんた、正気か? あのガキ、買って三日で前の主人の指を噛み千切ってんだぞ」
「だったら、ちょうどいい。扱えるかどうか、試してみたい」
そう言って、俺は懐に入っていた銀貨袋を取り出した。
「銀貨五枚、これでどうだ?」
商人は目を見開いたあと、ニヤリと笑って手を伸ばした。
「へっ、いい取引だ。後悔しても知らねぇぞ、お兄さん」
取引は一瞬だった。鍵を受け取り、檻を開ける。少女は身を縮め、牙を剥いた。
「……近寄るな。あたしを殺すつもりだろ」
「違う。お前を、自由にしたい」
「嘘だ。みんなそう言って、殴った。蹴った。飢えさせた……」
「信じなくていい。ただ、俺の話を聞いてくれ。名前は?」
「……リシェル」
「そうか、リシェル。俺の名前はカイ。これからは俺の仲間になってくれないか?」
少女の目が揺れる。
「仲間……? あたしみたいな、奴隷でも……?」
「ああ。俺は、この世界で最強を目指してる。だけど、一人じゃ足りない。力を貸してくれ」
しばらくの沈黙のあと、リシェルは小さく頷いた。
「……じゃあ、あたしも強くなれる?」
「なるさ。いや、俺が強くさせる」
その瞬間、俺の《無限解析》が反応した。
――【固有スキル:獣化(ビーストモード)】を解析中……
――解析完了。模倣スキル【獣化・亜種】を取得。
「お前……なんか、今……」
「ああ、見えた。お前、すげぇ力持ってるな」
「それ、前の主人も言ってた……けど、あたし、うまく使えない」
「じゃあ、訓練しよう。俺と一緒に、最強になろうぜ」
その言葉に、少女の瞳がわずかに潤んだ。
⸻
夜。宿の個室でリシェルの鎖を外す。彼女は怯えながらも、逃げようとはしなかった。
「なぁ、カイ……あたし、本当に仲間でいいの?」
「当たり前だろ。これからは“家族”みたいなもんだ」
「家族……か。そんなの、初めてだな」
細い声だった。だが、確かな希望がそこにはあった。
俺はこの世界で、出会うはずのなかった命と巡り合った。
そして今――ただの転生者だった俺は、誰かを守る立場になろうとしている。
その意味を、これから少しずつ知っていくことになる。
《最弱だった俺が、異世界で神スキルを手にした件について》 @aruto22222222
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