仔犬が会いに来てくれました
満月 花
第1話
夢だった、ずっと夢だった。
自分だけの、大切な存在と暮らす日々。
それを、私はーー手放した。
昔から犬を飼うのが夢だった。
私の家では親が家が汚れるからと動物を飼うのを嫌がった。
子どもの頃
友達が散歩に連れてったり、無心にすり寄ってる愛らしい姿が羨ましかった。
ダンボールに入れられた捨て犬を拾って持ち帰れば、
実は優しい母親が見捨てられなくて無し崩しで飼ってくれるかもしれない。
と思って、学校の帰り道を探してみたもののして、
そうそうドラマのように都合よくあるわけはない。
そうして私は大人になった。
自立して一人暮らし。
ちょっとだけ高めだけれども、オーナーに許可を貰ったらペット1匹だけなら
オッケーという物件に入居した。
いつかそのうちペットを迎え入れようと、思って。
ペットショップやブリーダー、保護犬の里親など調べて回った。
そうして数年経ったある日、出会ったのだ。
白くて小さな愛らしいその仔に。
ペットショップのケージの中でつぶらな瞳でこちらを見ていた。
トコトコと歩き、他の仔犬達と戯れる。
その手も足も尻尾も仔犬特有のプクプクとして愛らしい。
一目惚れだった。
店員さんに必要な物、飼い主の心得、注意事項をしっかりと聞き
お迎えの準備をする。
夢にまで見た、自分のペットがここにいる。
嬉しくって嬉しくって、絶対にこの仔犬を幸せにしよう!と心に決めた。
最初の1、2ヶ月は楽しかった、頑張った。
やってあげたい事、してあげたい事がたくさんあった。
しかし、少しづつ頑張りと現実がズレていく。
ペットとの生活は楽しいだけじゃない
お世話というのは毎日のことなのだ。
お世話すればいいというわけでもない、生活に馴染むような配慮も必要。
鳴き声に近所から苦情が来る、私にとってそんなに吠えてないと思っても、
鳴き声、物音、匂い、何よりもその存在自体が嫌という人もいるというのを
初めて知った。
たとえオーナーから許可を得てると言ったところで、そんなの建前に過ぎない、
住民全員の許可を取るべきだと責められた。
また、命を金で買うなんて、と責める人もいた。
そうやって安易にペットを買う人が居るからダメなんだと。
私の人格を強く非難してくる人もいた。
仕事から疲れて帰ってきた、お世話をして
ぐったりと寝落ちする。
そして、また起きて仕事に行く日々。
心が重く沈んでいく。
辛くて……苦しい。
苦情を入れられ、責められ……の繰り返し。
でも仔犬を見ると涙が出そうなくらい愛おしい。
全身で甘えてくる愛らしさ、ピクピクと動きながらすやすや眠るその姿。
夢見ていたそのものなのに。
ネットで楽しそうにペットと生活しているブログを見るたびに、
私が「飼い主失格」をいう烙印を押される気がした。
その烙印は強く、熱く、ジリジリと私を焼いていく。
私は飼い主失格なのだ。
飼ってはいけない存在なんだ。
もっと別な人に飼われていたら、この仔はもっと幸せになれたはずなのに。
仔犬を抱きしめて泣いた、声を堪えて泣いた。
ごめんね……。ごめんね、こんな飼い主で。
私は仔犬を保護施設に預けた。
保護施設の方に厳しく叱責されるのも覚悟していた。
でも、悲しそうにこういう例はたまにあるとの事、この仔が幸せになれるように努力しますから安心してください。といわれた。
どうか幸せになって、毎日心から祈った。
しかし、願いも虚しくその仔は不慮の事故で亡くなってしまったとの事。
私のせいだ、私の!
私が最後までしっかりしていなかったから、安易に飼ってしまったからだ、と
毎日自分を責めた。
夢でさえ、周りが私を責めた。
泣きながら起きて謝りの言葉を繰り返す。
……そして夢で現れた。
その犬は、月明かりを背に浮かぶ。
赤い目で睨むように見つめてくる。
恨んでるの?怒っているの?
許せるわけない、こんな飼い主なんか。
ごめんなさい、ごめんなさい。
泣きながら謝ることしか出来ない。
やがてその瞳がやさしい光に変わる。
すると、その犬がふわりと私に近づくてきた。
おねがいだから、なかないで。
ぼくは、ちょっとだけ、はやくおそらにいってしまっただけ。
それはあなたのせいじゃないよ。
そういう、うんめいだったんだ。
でもぼくは、しあわせだったよ。
いっぱいうれしかったよ。
たとえどんなであいかたでも、あなたにあえてよかった。
あなたがとっても、だいすき。いまでもずっと。
つかれてるのに、おせわしてくれた。
いっぱいはなしかけてくれた。
だいすきって、いって、かわいいって、やさしく、なででくれた。
だから、ないてほしくない。
ぼくたちは、きっと、またあえる。
きちんとみつけて、むかえにきてね。
やくそくだよ。
仔犬はトコトコと私に近づきながらペロっと舐める。
じゃあね、またね……。
ふわりと舞い上がり消えていった。
うん、約束する!絶対に見つけるから!
今はもう見えないその姿に向かって懸命に手を振った。
ありがとう、会いに来てくれて。
ありがとう、好きって言ってくれて。
目が覚めたら。やっぱり泣いてる。
でもこの涙は約束の涙だ。
約束を守ろう。
そしてその約束のためにもっとしっかり強く賢くならねば。
そうしてまたペットを迎えるための勉強をした。
命と暮らすための責任。
共存するための努力。
周りと調和するための工夫。
まだまだ知らないことがこんなにあったなんて、と改めて学びの大切さを知った。
あの仔をちゃんと見つけてあげないと。
とまたペットショップやブリーダーさんの紹介などを見て回る。
ある日、ペットショップにいた、白と茶色のブチ柄の仔犬が目に入った。
全然、あの仔と似てない、、のに、あの仔だと感じる。
ガラス越しにその仔犬トコトコと近づいてくる
……迎えに来たよ……約束だから。
……ずっとまってたよ。やくそくだから。
これからこの命と、新しい未来を紡いでいくーー。
あの仔と交わした“約束”を胸に。
※この作品はフィクションです。
保護施設や関係機関の対応については、実際と異なる場合があります。
仔犬が会いに来てくれました 満月 花 @aoihanastory
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