第10話 僕とダメ息子と伝説の竜姫

 ————なんだか全身がポカポカと温かくなった気がしてうっすらと眼を開けた僕の視界にまず飛び込んできたのは、まるで吸い込まれるような輝きを放つ黒真珠の瞳だった。

 

 

「…………母上……?」

 

 

 僕がつぶやくと、二つの黒真珠が潤いを帯びた。

 

 

「————ディオ、良かった……!」

 

 

 その声を聞いた僕のぼやけた視界が次第に鮮明になっていき、やがて涙ぐんだ母上が僕の胸に手を添えていることが分かった。

 

 不思議なことに触れられている母上の掌からは心地良い温かな波動みたいなものが伝わってきて、父上が以前話してくれたことが分かった気がした。

 

 

「……すごい……、父上がおっしゃっていた通りだ……!」

「そうだろう?」

 

 

 僕のつぶやきに同意した声に顔を向けると、青と黒のオッドアイと眼が合った。

 

 

「父上……、どうしてここに……?」

「どうしても何も、ここはお前の部屋だぞ?」

「え……?」

 

 

 父上の返事に落ち着いて周りを見渡してみると、僕は自分のベッドの上で横になっていたんだ。

 

 オレンジ色の陽光が窓枠の影を床に映していて、もうすぐ夜になることを僕に知らせてくれた。

 

 

「心配したぞ、ベル……! 家に帰って来たらお前の姿がどこにも見当たらなくて、一人で剣術の秘密特訓に行ったと言うじゃないか」

「…………」

「エリーゼに訊いたら、もしかしたらカルチェ山に行ってしまったのかもと言うから大急ぎで探しに行ったんだ」

「…………ごめんなさい、父上……」

「私に謝る前に、まずは母上にお礼を言いなさい」

 

 

 父上に言われて顔を向けると、母上は怒っているような困っているような微妙な表情を浮かべていた。

 

 

「……ありがとう。ごめんなさい、母上……」

「……ああ……」

 

 

 てっきりものすごく怒られるかと思ったけど、母上は小さく答えただけで、それっきり黙り込んでしまい代わりに父上が口を開いた。

 

 

「————ベル。それにしてもどうして一人でカルチェ山になんか登ったんだい? 登山がしたかったのなら執事長にでも付いてきてもらえば良かっただろう?」

「…………」

「黙っていたら分からないよ?」

「……『虹色の花』……」

「『虹色の花』?」

「……カルチェ山の頂上に咲くっていう『虹色の花』を母上にプレゼントしようと思って……」

『…………‼︎』

 

 

 僕の返事を聞いた父上と母上が驚いたように顔を見合わせた。

 

 

「……僕、母上のことをもっともっと知りたかったんだけど、訊く勇気がなかったから、自分一人の力で『虹色の花』を摘んでこれたら強くなれると思ったんだ……!」

「ディオ……!」

 

 

 言葉の途中で母上の腕が僕の背中に回された。

 

 

「……謝るのは私の方だ」

「え……?」

 

 

 母上は僕を優しく抱きしめたまま続ける。

 

 

「お前のためを思って厳しく接していたが、お前にしてみたら何の説明もなく怖い思いをしていたのだな……」

「母上……」

「すまない……! 私も母から厳しい指導を受けていて、それが当然だと思い込んでいた……!」

「母上……ッ!」

 

 

 母上の気持ちを聞いた僕が抱きしめ返した時、部屋のドアが大きく開け放たれた。

 

 

「————旦那様! ベルディオ様を騙した犯人を連れて参りました!」

 

 

 見れば、エリーゼが泣き出しそうな表情のアントニオを引っ張って部屋に入ってきた。その後ろには少し困り顔の執事長とメイド長が続いている。

 

 

「さあ、アントニオ! 旦那様とベルディオ様に謝罪しなさい! そして罰を受けるのよ!」

 

 

 なにやら得意げなエリーゼに背中を押されたアントニオがしゃくり上げながら頭を下げた。

 

 

「……ご、ごめんなさい……領主様……! ぼ、僕……!」

「…………」

 

 

 言葉が続かないアントニオに父上は無言で近寄って、ポンと優しく頭に手を触れた。

 

 

「————頭を上げなさい。アントニオ」

「え……?」

「私も幼い頃はたくさん嘘をついたし、色んなイタズラをして周りの人たちに迷惑を掛けてきた。キミに罰を与える資格などない」

「……領主様……」

「それにウチの息子も嘘をついて、みんなに心配を掛けたしね」

 

 

 父上の言葉に僕は自分が恥ずかしくなった。

 

 父上はうなだれているアントニオの肩に手を掛けて続ける。

 

 

「アントニオ。キミが今回のことを気に病んでいるのなら、これからは人を騙す嘘はやめて、人のためになる優しい嘘をついてほしい」

「……はい……!」

「それと、もう一つ。これから息子と仲良くしてくれたら嬉しいな」

「はい……っ‼︎」

 

 

 父上は大粒の涙を流して返事をしたアントニオへ微笑むと、執事長へ顔を向けた。父上の気持ちをすぐに理解した執事長は小さくうなずいて、アントニオの背中に手を回した。

 

 

「がんばったね、アントニオ君。さあ、帰ろう。家まで送っていくよ」

「え? これだけで良いのですか、旦那様————」

「いいのよ、エリーゼ。私たちも帰りましょう」

「お、お母様……」

 

 

 釈然としないという風なエリーゼの手を引いて、メイド長も執事長とアントニオに続いて部屋を出て行った。

 

 四人が出て行ったのを見送った父上はパンと手を叩いて振り返った。

 

 

「————さあ、この件はこれでおしまい! 家族三人で楽しい話をしようじゃないか!」

「そうだな」

 

 

 父上の明るい様子に母上も優しく微笑んだ。こんな風に穏やかな表情で笑う母上と僕を守ろうとしてワイバーンを睨みつけていた母上、そのどちらもがきっと母上の素顔なんだ。

 

 

「……ん? どうした、ディオ? 私の顔に何か付いているか?」

「あ、いえ……。でも、さっきは僕、夢を見ていたみたいです」

「夢?」

「はい。母上の背中から透明なあかい翼が生えて、まるで天使様みたいに綺麗だったんです……!」

 

 

 少し恥ずかしい気持ちになりながら僕が話すと、父上と母上は顔を見合わせてどちらからともなく笑みを漏らした。

 

 

「……しかし、ワイバーンに襲われるなんてやっぱりベルは私の息子だな。別に似なくてもいいところなんだが」

「ふふ、確かにそうだな」

「…………?」

 

 

 お二人の交わした言葉の意味が分からず僕が首をひねっていると、突然父上が問いかけてきた。

 

 

「————ベル。さっき、母上のことをもっと知りたいと言っていたね?」

「はい、父上」

「それじゃあ、一人のダメ息子が紅い翼の天使様と出会った物語を話してあげようか」

「えっ……?」

「いいかな?」

「もちろん」

 

 

 父上の呼び掛けに母上もうなずいて同意した。

 

 話が見えなくて戸惑う僕を尻目に、父上は母上と一緒にベッドの脇の椅子に腰掛けて話し出した。

 

 

「物語のタイトルは、そうだな……『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫りゅうきを召喚する。』ってところかな————」

 

 

         〜 Continuare 〜

 

 

     ————————————————————————————————————

 

 

 『若きベルディオの悩み』を最後までお読みいただき本当にありがとうございました!

 

 ここでベルディオの物語はいったん終了となりましたが、父上が話し始めた母上との出会いは拙作『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫を召喚する。』をご覧いただければ幸いです。


https://kakuyomu.jp/works/16818093078753347573

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【完結】若きベルディオの悩み 知己【AI不使用】 @tmk24

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