第9話 僕と天使様

 ————一匹の翼竜ワイバーンがホバリングしながら僕のことを見つめている。

 

 その無機質な瞳に僕はどう映っているのだろうか。

 

 友達だと思ってくれていたら嬉しいけど、よだれを垂らしたその口元からはどうもその気配は感じられない。

 

 僕は護身用に持ってきた木剣を構えてワイバーンに話しかける。

 

 

「……ワイバーンさん、僕はベルディオ。みんなには『ベル』って呼ばれてるんだ。よろしくね」

 

 

 震える声で頑張って話しかけたけど、ワイバーンはどこからかじりつこうかと考えているのか、僕の身体を上から下まで舐め回すように見つめることをやめてくれない。

 

 

「……ここには『虹色の花』を探しに来ただけで、あなたのテリトリーを荒らす気はないんだ。もう少し探したらすぐに出て行くから、それで許して————」

 

 

 その時、ワイバーンが耳まで裂けた口をガパッと開けて僕に襲い掛かってきた!

 

 

「————わあっ‼︎」

 

 

 驚いてとっさに木剣を掲げると、それが盾代わりになってワイバーンの一撃から僕の身を守ってくれた。

 

 でも、その衝撃で木剣は根元からポッキリ折れてしまって、僕はつかだけになってしまったそれを握り締めたまま後ずさる。

 

 

「……うう————ッ⁉︎」

 

 

 突然、天地がひっくり返ったような感覚におちいって、僕の身体は物凄い速度で山頂から落下していった!

 

 

「っうわあァァァ————ッ‼︎」

 

 

 山頂で足を踏み外した僕は死を覚悟して眼を閉じた。

 

 ————父上、執事長、メイド長、叔母おば様、エリーゼ、そして……

 

 

「母上……、ダメ息子でごめんなさい……!」

「————全くだ。帰ったらお説教だぞ、ディオ」

「え?」

 

 

 言葉とは裏腹の優しげな声が聞こえたと同時に僕の身体は誰かの柔らかな手に包まれて、落下のスピードから解放された。

 

 

「???」

 

 

 いったい何が起こったのか分からない僕が恐る恐る眼を開けると、そこにはホッとしたようにこちらを見つめる慈愛に満ちた褐色の美しい顔があった。

 

 

「……は、母上……⁉︎」

「本当に、間に合って良かった……!」

 

 

 そう話す母上の眼元には光るものがあった。それを見た僕はようやく分かったんだ。僕はこの人からこんなにも愛されていることに……。

 

 

「母上……、心配をかけてごめんなさ————‼︎」

 

 

 涙を拭って再び眼を開けた僕は、視界に飛び込んできた光景に言葉を失ってしまった。

 

 いつの間にか現れ僕を抱きかかえる母上の背中には、透き通るような淡い輝きを放つ真紅の翼が広がっていたんだ……!

 

 まるで天使様みたいに美しくて神々しいその姿は、僕がもっと小さかった時に父上が読んでくれたあの絵本の登場人物にそっくりだった。

 

 

「……は、母上はあの『伝説の竜姫りゅうき』のモデルだったの……⁉︎」

「ふむ……、誰かにそう呼ばれるのは随分久しぶりだな。そして、『真紅の翼コレ』の力を解放したのも……」

「???」

「————キシャアァァァァッ‼︎」

 

 

 母上のつぶやきに僕が眼を丸くしていると、耳障りな甲高い鳴き声が響き渡った。

 

 声のぬしは僕を食べようとしていたワイバーンだった。獲物を横取りされたとでも思ったのか、物凄く恐い顔で母上のことを睨みつけている。

 

 

「————や、やめろ! お、お前は僕のことを食べたいんだろ! 母上は関係ない!」

「ディオ……!」

 

 

 僕の言葉を聞いた母上は嬉しそうに僕の頭を撫でてから、眼の前のワイバーンに向き直った。

 

 

「……ワイバーンか。お前たちとは何やら縁があるようだが、幼い息子に血腥ちなまぐさいところを見せたくはない。今回は見逃してやるから、失せろ————ッ」

「————‼︎」

 

 

 母上の鋭い眼光を浴びせられたワイバーンはビクッと身を震わせたと思うと、空中で回れ右をして一目散に飛んで行ってしまった。

 

 

「……良かった……、逃げて行ってくれた……」

「きっとお前の気迫が通じたんだ。さあ、やしきに帰ろう。ディオ————」

 

 

 母上が優しく声をかけてくれたけど、僕は急に眼の前が真っ暗になって何も分からなくなってしまった————。

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