タイムマシンの辿り着く先

夢見楽土

タイムマシンの辿り着く先

 天文学者の栗栖は、工学者である友人の田島の自宅兼工房に招待され、背後に巨大な装置を従えた透明な電話ボックスのような不思議な機械を披露された。

 

「……という訳で、俺がホログラフィック原理に着想を得て完成させたのが、このタイムマシンだ」

 

 田島が自信満々に披露したその機械を、栗栖が呆然と見つめる。

 

 田島が苦笑しながら話を続けた。

 

「半信半疑という顔だな。だが、このタイムマシンは本物だ。先日、1秒ほど未来に物質を転送することが出来たからな。まだ直近の未来にしか転送できないし、他にも課題はあるが……」

 

 田島は、まさに天才的な工学者だった。

 

 新しい機械やシステムを次々に開発し、学会でも称賛されていたが、いつしか「タイムマシン」の発明に没頭するようになり、大学を辞め、自宅で研究を続けるようになっていた。

 

 田島は嘘をつくような男ではない。しかし、その透明な電話ボックス型の機械を眺めながら、栗栖は未だ半信半疑だった。

 

「その顔は、まだ疑ってるな? よし、では飯でも食いながら、先日の実験成果を動画で見せてやろう」

 

 そう言うと、田島は栗栖を自宅のダイニングへ案内した。

 

 

 † † †

 

 

 盛り付けは雑だが味は良い料理を食べながら、田島と栗栖はダイニングテーブルに置かれたノートパソコンを眺めた。

 

 動画では、田島が透明な電話ボックスのような装置の中に小型の観測機械を入れていた。

 

 そして、田島が「転送開始」と声を上げた直後、小型の観測機械が電話ボックスのような装置の中から消えた。

 

「き、消えた……」

 

「1秒後の世界に転送したんだ」

 

「え? 観測機械は消えたままだぞ?」

 

「そこが課題なんだよ」

 

 田島がノートパソコンのディスプレイを閉じながら苦笑した。

 

「この観測機械のビーコンを確認すると、何と、マダガスカル島の沖合いに転送されていたんだ」

 

「マダガスカル?!」

 

 驚く栗栖に、田島が残った料理を一気に頬張りながら答えた。

 

「そうなんだ。どうも時間を跳躍する際に、空間的なズレが出るようでな。転送前に入力した地理座標に間違いはないはずなんだがなあ……」

 

「地球の動きは考慮したか?」

 

「地球?」

 

 不思議そうに聞く田島に、栗栖が皿の上のプチトマトをフォークで突いて回転させ、そのプチトマトを皿の上で動かしながら言った。

 

「地球は常に自転し、公転している。それを考慮しないと、1秒とはいえ転送場所にかなりのズレが出るんじゃないか?」

 

「なるほど! さすが天文学者!」

 

「ははは、そんな大した話じゃないさ」

 

 栗栖が笑いながらプチトマトを食べると、真面目な顔になって田島に言った。

 

「まあ課題はあるようだが、もうこれだけで十分過ぎる偉業だと思うぞ? 学会に発表しないのか? 早く大学に戻って来いよ」

 

「発表や大学復帰は、俺が世界初の時間跳躍者になってからだな。数秒程度だろうけど、時間跳躍の実験が成功したら、真っ先にお前に知らせるよ」

 

 田島が料理皿を片付けながらニヤリと笑った。

 

 

 † † †

 

 

「さて、皆さんご承知のとおり、地球は自転しています。その速度は日本付近だと秒速400mというところでしょうか。そして、地球は太陽の周りを公転しています。その速度はだいたい秒速30km。かなりの速さですね……」

 

 田島にタイムマシンを見せてもらってからしばらくしたある日。大学の一般教養の講義で教壇に立っていた栗栖は、ふと田島のことを思い出した。

 

 そういえば、田島、例の「課題」が解決したって言ってたな……

 

 昨晩、田島からメールが届いたのだ。

 

 田島のメールによると、地球の緯度、経度、高度、そして自転と公転を考慮した位置特定システムを開発したので、明日にも自ら数秒程度の時間跳躍を敢行するということだった。

 

 田島のことだ、その開発した位置特定システムは素晴らしい精度なのだろう。ただ、田島は天才ゆえなのか、ある部分は突き詰めているのに、肝心の基礎的な部分のミスを見落としているということが時々あった。

 

「……よくある黄道面を見下ろすタイプの太陽系惑星軌道図を見てみると、まるで太陽は宇宙の中心で、その太陽を中心に惑星が回っているように思えます。ですが、実はそうではありません」

 

 栗栖は、黒板の左から右に一本の線を引いたあと、その線を軸に左から右へと螺旋を描きながら話を続けた。

 

「太陽は秒速200km超という猛烈な早さで天の川銀河の外縁部を公転しているんですね。ですので、太陽の周りを公転する地球は、このように螺旋を描くように動いているという訳です。そして、太陽が公転するこの天の川銀河も……」

 

 そこまで話した栗栖は、教壇で無言になった。学生が不思議そうに栗栖を見つめる。

 

「少し早いですが、今日の講義を終わります!」

 

 栗栖は、教室を飛び出すと、急ぎ車で田島の自宅兼工房へ向かった。

 

 田島は、地球の緯度、経度、高度、そして自転と公転を考慮した位置特定システムを開発したと言っていた。

 

 しかし、先ほど栗栖が自ら講義で説明していたように、地球は自転、公転するだけでなく、太陽や天の川銀河、その他の様々な天体の影響を受けて複雑に動いている。

 

 通常、これら複雑な動きは、地球上では慣性の関係で考慮する必要はないが、ある物体が時間を跳躍し、再びに現れたとすると、地球はすでにから移動していることになる。

 

 もし、田島がそのような複雑な地球の動きを考慮せず時間を跳躍したら……

 

 栗栖は、田島の自宅兼工房の庭に乱暴な運転で車を停めると、タイムマシンが置かれている工房に駆け込んだ。

 

 

 † † †

 

 

「ははは、お前が血相を変えて部屋に飛び込んできたときは、一体何事かと思ったぞ。でも、お前のお蔭で命拾いしたよ」

 

 先日と同じダイニングテーブル。田島がコーヒーを一口飲むと、笑いながらそう言った。栗栖がホッとした様子でコーヒーカップを手に取った。

 

 栗栖が工房に飛び込むと、田島はタイムマシンの調整中だった。念のため、自分が時間跳躍する前にもう一度観測機械を時間跳躍させたところ、やはり大幅な到着地点のズレが生じていたので、再度調整していたのだ。

 

「それにしても、地球の自転、公転だけでなく、太陽の公転、果ては銀河系や超銀河団の動きまで考慮する必要があるとはなあ」

 

 田島がため息混じりにそう呟くと、コーヒーカップをダイニングテーブルに置いた。栗栖がそれに応じる。

 

「宇宙全体による影響を考慮して、地球の詳細な動き、絶対的な位置を算出するのは、現代の科学では不可能かもしれんな……」

 

 とはいえ、タイムマシンによる時間跳躍を実現したこと自体は、人類史に刻まれる偉業だ。栗栖が田島を慰めようと再び口を開いたとき、栗栖が喋る前に田島が声を上げた。

 

「いや、実現可能かもしれん!」

 

「え?」

 

 驚く栗栖をよそに、田島が茶菓子を口に放り込むと、近くに置いてあったノートパソコンを開いた。

 

「確かに、将来の地球の絶対的な位置を一から算出するのは不可能かもしれん。だが、『慣性』そのものを定性的情報としてコード化し、それを3次元に投影すれば……」

 

 田島は、目の前に栗栖がいるのを忘れたかのように、ノートパソコンでの作業に没頭し始めた。

 

 こういう不屈の闘志、飽くなき探究心が、人類史を塗り替えていくんだろうなあ。

 

 栗栖は、半ば呆れ、半ば感心した様子で田島を眺めながら、ダイニングテーブルの茶菓子に手を伸ばした。

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