第1話
「じゃあ、ここにサインを」
珍妙な格好の男がどこからともなく紙切れとペンを取り出した。恐る恐る、といった様子でもう一方の男――テネはそのどちらも手に取る。そこには見覚えのない文字列が並んでおり、その中でも一つだけ空白のスペースが鎮座していた。テネは直感的に自身の名前が入ることを悟った。ペンを握った瞬間、思い出したかのようにテネは目の前の男に問い掛ける。
「あの、この封筒の中身って……」
「さあ?僕はただの配達員だから」
テネの心に迷いが揺れた。それを目の前の男は見逃さなかったのだろう。眼光を鋭くした男はわざとらしく指を鳴らした。
「これは驚いた!はくちょう座の方でしたか!僕はてっきり、田舎で辺鄙な星の地球人だとばかり……」
男はとても嬉しそうな笑みを零した。突然の男の発言、行動をテネはいまいち飲み込めない。はくちょう座の方――その言葉が脳内で木霊する。テネは生まれてこの方、自身はこのちっぽけな国の人間だと認識していた。それは今も変わらない。しかし、目の前の男はテネの出自を遥か遠い天の川銀河の星座だと説明している。その事実と表裏一体となったまた別の事実がテネの心臓を跳ねさせた。テネは自身の根幹が揺らいだような感覚に陥る。自己防衛として必死にその思考を止めようと模索するが結果は出ない。混乱したテネは縋るように男に説明を求めた。
「お、お前、何言ってんだよ……はくちょう座、ってどっかの国の田舎?俺は日本から出たことすらないんだけど」
「ははっ!面白いねぇ、君。地球人は外星との交流がないとは聞いていたけど星座の文化はあるんじゃないのかい?」
楽しげに笑い声を発する男とは反対に、テネの思考回路はショート寸前となっていた。はくちょう座、外星、星座、そして男の風貌。その全ては元々が輝く点であったのにも関わらず、やがてそれらは一本の線で繋がれ、そして星座のように一つの事実を浮かび上がらせていた。
「宇宙人……?」
きょとん、そのような効果音がつきそうな古典的な表情で固まった男はあんぐりと口を開けていたが、やがてテネの言葉を理解するとこれまで以上の大笑いを見せた。目淵に少量の雫を揺らめかせながら一度大きく息を吸うと、男は咳払いをした。
「この星からしてみれば、確かに僕は宇宙人だよ。でもさ、君もそうだろう?」
「俺は人間だ!」
「僕だってそうさ、何を怒ってるんだい?」
飄々と言葉を返す男にテネは苛立ちを覚えた。八つ当たり、と言われれば否定はできない。自身の額から汗が垂れると、やっとここが炎天下の河川敷だということを思い出した。肌に張り付いた前髪を拭った時、男はテネの顎と汗まみれとなった前髪をそれぞれの腕で鷲掴む。対して変わらない視線の移動だったがテネにとっては理解不能の行動であった。男がテネの瞳を覗き込む。続いて、特徴的な金髪を一瞥したのち、ゆっくりと解放した。
「君の瞳はこの星に擬態しているが、僕の目は誤魔化せないよ。その黒よりも薄く、暗く、星々を輝かせている夜空のような瞳と黄金の毛髪はノーザンクロス人の証だ」
「ノーザンクロス人?」
「はくちょう座の尾びれに住まう人々だよ。僕は直接会ったことはないけど記録で見た事があるんだ。もし、君が……」
男は何かを言いかけて躊躇う。ほんの数秒、思考をしたのち、ため息を吐いた。
「その手紙、実は読んでしまったんだ。つい、好奇心で……内容は多分ご両親からかな。君に会いたいって話だったよ。そこでなんだけどさ、君さえ良ければ――」
辿々しい口調で申し訳なさそうに顔を下げていた男は一拍置いて、テネを太陽のような瞳で射抜いた。テネの緊張で固まっていた表情が溶ける。
「君さえ良ければ……?」
「君さえ良ければ……僕と共に星間で働かないかい?」
一人の配達員と一人の高校生の影が伸びる。もう辺りには人の姿はなく穏やかな静寂が漂っていた。数秒の緊張感のあと、配達員に襲ってきたのは汗まみれの握手だった。
星の終着駅で君を想ふ 凡人 @B0n21n
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