星の終着駅で君を想ふ

凡人

プロローグ


高校三年の夏。打ち込んでいた部活があるわけでもない俺にとっては何も意味をなさない夏。そんな夏の学校終わりの午後四時、俺は全身から滝のように汗を流しながら太陽を睨みつけた。比較的、涼しい風が横殴りをしてくる河川敷の帰路。普段ならば俺の避暑地となっているはずの此処はとっくに夏の植民地となったらしい。金髪が風にはためき、うざったらしく感じた。毎年更新を続ける真夏の気温には慣れる気がしない。そもそも暑いのは嫌いだ、寒い方がまだ耐えられる。しかし、俺はどうにも夏というものが嫌いになれないのだ。そんなことをぼうっと考えながら、重くなった自転車のペダルを踏みつける。


輝音てね兄ちゃんだー!」


 水辺から子供特有の耳にこびり付く叫びが頭を殴った。そこに居た数人の子供には見覚えがあった。輝音兄ちゃん――つまり俺を呼び止めたわけだ。なんとなく、今は答えたくなくて必死に聞こえない振りをしていたがそれは水の泡となった。耐えられなくなった結果、俺はもう動かなくなった自転車に股がったまま応対することにした。


「輝音兄ちゃん、あのね、兄ちゃんにね、会いたいって人が」

「俺に?」

「おじさん、変な服だったよー!」


 子供たちがゲラゲラ、と笑いながら一人の男を引き連れてくる。俺はその男の風貌を一目見た瞬間、顔の筋肉が引き攣る感覚に陥った。男は"おじさん"と評するにはまだ若く、紳士のような雰囲気を漂わせているが、中心部につれて薄くなっていく橙の瞳は日本という小国には不釣り合いだった。また、純白のシャツの上から着衣している紺のベスト、肩に掛けているだけの同系色のジャケットには、星々の装飾が施されているそれらも、この高気温の前では大きな違和感を放っている。男の全てが異様であり、その男と対面している俺も傍から見れば異様なのだろう。一瞬、瞳と瞳がかち合い、男はボトムスのポケットから何枚かの千円札を子供たちに差し出すと、席を外すように、と指示を出した。結局のところ子供も現金だ。なんだか居た堪れない気持ちを抱いた。男はそんな俺にお構い無しかのように、首元から吊り下げていたポストマンバッグから一通の封筒を差し出した。今思えば、俺の退屈な日常の分岐点はここからだった気がする。それとも、この男と出会った時からだっただろうか。いや、そんなことはどうでもいい。ただ、俺にとってはとても大事な選択肢で、夏の気に触れられていた俺はそれを受け取ってしまった。ただ、それだけなのだ。

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