タカシ君の英語教科書ワールド
奈良まさや
第1話
第1話:朝の異変
「Hello! My name is…の恐怖」
秋の朝特有の肌寒さに、タカシ君は制服の袖を引っ張りながら教室の扉を開けた。いつものように眠たそうな目をこすりながら、自分の席へ向かう途中——突然、親友のはずの田中が立ち上がった。
「Hello! My name is Tanaka. I am thirteen years old. Nice to meet you!」
田中の顔には、まるで初対面の人に会ったかのような満面の笑みが浮かんでいる。タカシ君は足を止めた。9月になってもう半年も一緒に過ごしている仲間が、なぜ今さら自己紹介を?
「田中?何やって...」
言葉を発しかけた瞬間、今度は山本が勢いよく立ち上がった。
「Hello! My name is Yamamoto. I like playing soccer. Nice to meet you too!」
続いて佐藤も、坂本も、高橋も——クラス全員が順番に立ち上がり、決まったように自己紹介を始める。その様子はまさに、英語教科書の1ページ目そのものだった。
タカシ君の背筋に、嫌な予感が走った。
「おい、みんな...まさか...」
彼の頭に浮かんだのは、あの退屈な英語教科書の世界。登場人物たちが不自然なほど丁寧で、現実離れした会話を繰り広げる、あの奇妙な世界だった。
---
第2話:転校生マイク降臨
「完璧すぎる歓迎」
1時間目の開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、教室の扉がゆっくりと開いた。現れたのは、金髪に碧眼、まるで教科書から飛び出してきたような典型的なアメリカ人少年だった。
「Hello, everyone! My name is Mike. I'm from America. I'm excited to study with you!」
その瞬間、クラス全員が机から立ち上がった。動きは驚くほど統一されており、まるで軍隊のような統制がとれている。
「Welcome to our class, Mike!」
三十人の声が完璧にハモった瞬間、タカシ君は椅子から腰を浮かせかけて——やめた。この異常な状況に、彼だけが違和感を抱いているのだ。
マイクの青い瞳がタカシ君を見つめた。
「Hello! What's your name?」
「え...えーっと...タカシ」
「Nice to meet you, Takashi!」
クラスメイトたちが一斉にタカシ君を見つめる。その視線には期待が込められていた——英語で返事をするという期待が。
しかし、タカシ君は黙ったまま座り続けた。
この世界の住人になるつもりはなかった。
---
第3話:模範的すぎる週末
「I am going to…地獄」
昼休み、クラスメイトたちは自然に円座を作り始めた。まるで何かの儀式のように、みんなが床に座り込む。
「さあ、週末の予定を話しましょう」
佐藤が司会のように立ち上がり、英語で宣言した。
「I am going to clean my room this weekend. It will be very fun!」
「楽しい?掃除が?」タカシ君は心の中でツッコミを入れた。しかし、クラスメイトたちは佐藤の発言を聞いて大きく頷いている。
「I am going to visit my grandmother this Saturday. She lives in the countryside. I will help her with gardening!」
鈴木の発言に、みんなが「Wonderful!」と声を上げる。
「I am going to study English this Sunday. I want to improve my pronunciation!」
高橋の真面目すぎる週末計画に、またしても「Great idea!」の合唱。
そして、ついにタカシ君に順番が回ってきた。
「タカシ君、あなたの週末の予定は?」
佐藤の期待に満ちた表情を見て、タカシ君は正直に答えることにした。
「えーっと...I am going to...sleep and play games...?」
瞬間の沈黙の後、クラス全員が立ち上がった。
「Wonderful! Very realistic! That's what real teenagers do!」
タカシ君は困惑した。なぜ彼らは自分のダメ人間ぶりを褒めているのだろうか。
---
第4話:昨夜の美談合戦
「模範的ライフスタイルの謎」
午後の授業が終わると、今度は「過去形タイム」が始まった。クラスメイトたちが昨夜の出来事を語り始める。
「I watched educational TV program last night. It was very interesting and informative!」
山田の発言に、みんなが感心したように頷く。
「I did my homework for three hours last night. Mathematics was difficult, but I enjoyed it!」
3時間⁈田中の勤勉さに、拍手が起こる。
「I helped my mother cook dinner last night. We made traditional Japanese food. It was fun and delicious!」
煮物かしら。
しかし、タカシ君の昨夜は違った。
カップ麺をすすりながらアニメを見て、気がついたらソファで寝落ちしていた。宿題は当然やっていない。
「Takashi, what did you do last night?」
佐藤の質問に、タカシ君は迷った。嘘をつくべきか、正直に答えるべきか。
結局、彼は正直に答えることにした。
「I...I ate instant ramen and fell asleep while watching anime. I didn't do my homework.」
またしても沈黙。そして——
「Amazing! So honest! So realistic! That's what real students do sometimes!」
クラス全員が拍手を送る。タカシ君は理解できなかった。なぜ彼らは自分の怠惰を称賛するのだろうか。まるで、現実的すぎる行動が彼らにとって新鮮に映るかのように。
---
第5話:曜日愛が止まらない
「Days of the weekへの異常な執着」
翌日の朝、教室に入ったタカシ君を待っていたのは、さらに奇妙な光景だった。
クラスメイトたちが曜日について熱く語り合っているのだ。
「Today is Tuesday. I don't like Tuesday very much. But Wednesday will come soon!」
鈴木の発言に、みんなが深く頷く。
「I love Friday! Friday is the best day of the week! Because Saturday and Sunday will come after Friday!」
高橋の興奮ぶりに、クラス全員が「Yes! Friday is wonderful!」と合唱する。
「Sunday is my favorite day. I can relax and spend time with my family on Sunday. Sunday is peaceful and beautiful!」
佐藤の日曜日への愛が語られると、みんなが感動したような表情を浮かべる。
タカシ君は呆然と立ちすくんだ。曜日について、これほど熱く語る中学生がいるだろうか。
「Takashi, what day do you like?」
田中に質問され、タカシ君は答えに困った。
「えーっと...別に...どの曜日でも...」
「No, no! You must have a favorite day! Days of the week are very important for our daily life! They give structure to our existence!」
田中の力説に、クラス全員が「That's right!」と応じる。
タカシ君は頭を抱えた。曜日への異常な愛着——これも教科書世界の特徴なのだろうか。
---
第6話:先生との逆襲劇
「Study harder!事件」
英語の授業で、ついに限界に達したタカシ君に転機が訪れた。
「Takashi, do you like English?」
中野先生の質問に、普通なら「Yes, I do」と答えるところだった。しかし、この数日間の奇妙な体験で疲れ果てたタカシ君は、思わず本音を口にした。
「Study harder!」
教室が静まり返った。先生に向かって「もっと勉強しろ」と言ったのだ。
しかし、中野先生の反応は意外だった。
「Oh! Very interesting response! You used imperative form!」
クラス全員が「Ooooh!」と感嘆の声を上げる。
調子に乗ったタカシ君は、続けた。
「Can you speak English well?」
先生の次の質問に、タカシ君は命令形で返した。
「Teach me better!」
「Incredible! He's using imperative sentences to respond to questions! So creative! So rebellious! So cool!」
クラスメイトたちの称賛の声が教室に響く。
「Amazing! Takashi is so cool!」「He's breaking the traditional pattern!」「Revolutionary!」
タカシ君は戸惑った。反抗したつもりが、なぜか英雄扱いされている。
この世界では、型破りな行動こそが最も評価されるのだろうか。
---
第7話:未来完了形決闘
「文法バトル勃発!」
翌朝、教室に新たな転校生が現れた。今度は美しい少女だった。
「Hello, everyone. My name is Emily. I'm from England.」
何故、栃木に引っ越してくる。
流暢な英語と上品な発音に、クラス中がざわめく。
「Welcome, Emily!」
いつものように全員で歓迎した後、エミリーが衝撃的な発言をした。
「I will have finished all my homework by tomorrow evening.」
未来完了形——。クラス全員が息を呑んだ。
「Wow! Future perfect tense!」
「So advanced!」
「She's on a different level!」
しかし、タカシ君は負けていなかった。この数日間で培った反骨精神が彼を突き動かした。
「I will have been sleeping for ten hours by tomorrow morning!」
未来完了進行形——さらに高度な文法だった。
教室が静寂に包まれた。そして、爆発的な拍手が起こった。
「INCREDIBLE!」
「Future perfect continuous tense!」
「Takashi is a grammar genius!」
エミリーも驚きの表情を浮かべた。
「You...you're amazing, Takashi! I've never met anyone who could use future perfect continuous so naturally!」
タカシ君は一躍、クラスの文法王となった。
しかし、調子に乗った彼は致命的なミスを犯した。
「What's up, Emily?」
あまりにもカジュアルすぎる挨拶に、クラスの空気が一変した。
「Too casual...」
「Not appropriate for first meeting...」
瞬間的に、タカシ君は英雄から転落した。
この世界では、高度な文法は称賛されるが、馴れ馴れしさは嫌われるらしい。
---
第8話:古文ワールドへ
「いと、おかし〜」
数日後、ようやく英語教科書ワールドの雰囲気を掴んできたタカシ君。
しかし、翌朝教室に入ると——
「いと、おかし〜」
クラスメイトの佐藤が、扇子を手に古風な口調で話していた。
「この朝の風情、まことに心地よし」
タカシ君の英語教科書ワールド 奈良まさや @masaya7174
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます