「記憶の鍵 ―輪廻を越えて君に還る―」
友永亜星
第1話
目を覚ました瞬間、僕は自分が“誰か”だったことを思い出していた。
……ただし、今の僕じゃない。
今より、ずっと昔。名前も顔も、もうどこにも存在しない誰か。
それでも、はっきりとわかる。あれは、前の人生だった。
「お目覚めですか?」
聞き覚えのある声が、僕の耳を打った。
けれど、その姿を見た瞬間、心臓が大きく跳ねる。
——アイだ。
前世で、最後まで僕のそばにいてくれた女の子。
けれど今、彼女は制服を着た高校生で、僕よりも少し年下に見える。
目の前で微笑んでいるのに、彼女は僕を知らない。
「はじめまして。わたし、生徒会のアイです。新しい転入生の方ですよね?」
——アイ。
また、君に会えた。
だけど僕は、もう“あの時の僕”じゃない。
生まれ変わった僕と、記憶を失った君。
これは、もう一度出会うために始まった、奇跡の物語。
「ここが今日からあなたの教室です。何か困ったことがあれば、私に聞いてくださいね」
そう言って微笑んだ彼女の笑顔は、あの時とまったく変わっていなかった。
変わったのは僕の方だ。名前も、姿も、時間さえも。
だけど、心だけはずっとあの時のまま——。
「……ありがとう、アイさん」
名前を呼ぶと、彼女は少し驚いたように瞬きをした。
「え? どうして私の名前、知ってたんですか?」
しまった、と心の中で舌打ちする。
けれど、僕は平静を装った。
「……名札に書いてあったよ。見えたから」
「そっか……。ふふ、びっくりしました。昔の知り合いかと思っちゃった」
アイはくすくすと笑った。その笑顔に、胸が締め付けられる。
昔の知り合い——そうだよ。僕は、君の一番近くにいた人間だった。
だけどそれを伝えることも、思い出してもらうこともできない。
この世界では、ただの転校生にすぎないんだから。
* * *
放課後、僕は校舎の裏手にある古い神社に足を運んだ。
そこは前世の記憶の中で、アイと二人で“約束”を交わした場所だった。
「もし、またどこかで生まれ変わったら——」
——ここで再会しよう。
その言葉が、今も風の中で響いている気がした。
だけど彼女は何も覚えていない。僕だけが、あの記憶に囚われている。
「……本当に、生まれ変わったんだな、俺たち」
その瞬間、ポケットの中で何かが震えた。
取り出してみると、それは小さなペンダントだった。
銀色の羽の形をしたそれは、僕が前世の彼女に贈った——
「……ありえない。これ、燃えたはずだ……」
前世の終わり。炎の中で消えたはずのそのペンダントが、今、僕の手の中にある。
そして、その裏には文字が刻まれていた。
>「君に、もう一度会うために」
生まれ変わったこの世界には、何かがある。
まだ語られていない“運命”の続きを、これから僕は探しに行く。
数日が経った。
転校初日の緊張も消え、僕は新しいクラスになじみ始めていた。けれど、アイとの距離は思うように縮まらない。
彼女は誰にでも優しく、明るくて、でもどこか遠くを見ているような目をしていた。
まるで、何かを思い出せそうで、思い出せないとでも言うような——。
そんなある日、放課後の図書室。
僕はふと手に取った古びた書物の中に、見覚えのある模様を見つけた。
銀の羽根。
まさに、あのペンダントと同じ形だ。
ページをめくると、そこにはこう書かれていた。
>「銀の羽根は、前世の記憶を繋ぐ鍵。再会を誓いし者たちに授けられる」
ドクン、と胸の奥が脈打つ。
僕だけじゃない。アイもまた、何かを思い出す兆しがあるのかもしれない。
——その時だった。
「……その本、気になるの?」
声がして振り返ると、そこにはアイが立っていた。
制服姿のまま、僕の肩越しに本を覗き込んでいる。
「あ……ああ、ちょっとな」
「なんか、懐かしい感じがする。銀の羽根……どこかで見た気がするのに、思い出せないの」
アイがそうつぶやいた瞬間、彼女の胸元のペンダントがかすかに光を放った。
まるで、僕の持つものと共鳴するかのように。
「それ……ペンダント?」
「うん。ずっと前から持ってた。小さい頃、気がついたら手に握ってたの。誰からもらったかも覚えてないのに、なぜか捨てられなくて」
彼女がペンダントを外して僕に見せた瞬間、僕の視界に“フラッシュバック”のような映像が走る。
——炎の中で、彼女を庇う自分。
——「必ず、また君に会いに行く」と涙をこらえて言った声。
——そして、ふたりが交わした“来世の約束”。
「アイ……」
無意識にその名を呼ぶと、彼女がはっと目を見開いた。
「……いま、何かが……頭の中に浮かんだ」
アイの瞳が揺れる。何かが、少しずつ開き始めている。
「前にも……こんな風に、あなたと話してた気がするの。どこか遠い場所で」
僕は彼女の手をそっと取った。
「……それは、前の世界だよ。俺たち、きっとそこで——」
その時、図書室の窓がガタリと大きな音を立てて開いた。
「——やっと見つけた」
鋭い声。
振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。鋭い眼光、黒い制服、そして胸元には、砕けた銀の羽根の紋章。
「前世の契約を破ったお前らには、“罰”が下る」
男の背後に、不穏な風が吹いた。
ここから、僕たちの“運命”の再会は、思っていたよりも深く、危険な物語へと変わっていくのだった——。
「——罰、だと?」
僕はアイをかばうように立ち上がった。
謎の男は一歩ずつこちらへ歩を進めながら、冷たい視線を僕に向けてくる。
「お前たちは“輪廻の誓い”を破った。死を超えて再会することは、この世界の理に背く禁忌」
「……誓いを破ったのは、俺たちじゃない」
言いながら、自分でもなぜそんな言葉が出たのかわからなかった。
だけど確信があった。前世で、僕たちは“別れ”ではなく“繋がり”を選んだ。
この出会いは罪なんかじゃない。
アイは僕の背後に隠れながら、小さく声を震わせた。
「この人、知らないのに……怖い。けど、どこかで見た気がする」
男は眉ひとつ動かさず、ペンダントを見つめた。
「それは、本来ふたりが持ち帰ることはできないはずだった。前世の想いを宿した証——“記憶の鍵”。それを持ち込んだことで、過去が再び回り始めた」
「回り始めた? どういうことだ?」
「このまま記憶を取り戻せば、お前たちは前と同じ過ちを繰り返す。そして世界は、またひとつ“壊れる”」
男は懐から黒い羽根のような短剣を取り出した。
その刃には、見覚えがあった。炎に包まれた最後の瞬間——僕の胸を貫いた、あの剣。
「まさか……お前……あの時、俺たちを……!」
「思い出したか、ユウ」
その名を呼ばれた瞬間、頭の中に強烈な光が差し込んだ。
そして、走馬灯のように過去が流れ出す。
⸻
——「ユウ、私は信じてるよ。たとえ世界が許さなくても」
——「ありがとう、アイ。君と出会えてよかった」
——「お前たちの想いは、“均衡”を崩す」
——「やめろ!! やめてくれっ!!」
——そして、血の中で崩れ落ちるアイを、叫びながら抱きしめた記憶。
⸻
「……お前が……アイを殺したんだな」
男は一瞬、表情を曇らせた。
けれどすぐに、無表情に戻る。
「俺は“秩序”を守ったまでだ。感情は不要だ。……だが、今回は失敗した。なぜなら、お前が“記憶を持ち越した”からだ」
彼の声が鋭くなる。
「次こそ、完全に終わらせる。輪廻の契約を破った魂は——ここで消滅してもらう」
その瞬間、空気がねじれた。
男の周囲に黒い羽が舞い、風がうねり始める。
——けれど、その時だった。
「やめて!!」
アイが叫び、僕の背中にしがみついた。
「わたし……少しずつ思い出してきた。あなたのことも、この場所も、あの夜のことも……!」
彼女の胸のペンダントが光を放ち、男の短剣の動きが一瞬止まる。
「これは、運命なんかじゃない。わたしたちが、選んできた道なの……!」
その光の中で、僕たちの記憶はより鮮明になっていく。
そして——新たな力が、目覚めようとしていた。
図書室を包む静寂が、アイの叫びとともに一瞬で崩れた。
彼女の胸元から放たれる光はまぶしく、男の黒い羽根を一時的に押し返していた。
「これは……記憶の共鳴……?」
男が目を細めたその瞬間、僕のポケットの中のペンダントも震え、共鳴するように光を放った。
ふたつの光が混ざり合う。
過去と今、記憶と願いが重なり——そこに、“力”が宿った。
「ユウ……あなたも……見えるの?」
アイが震える声で言った。
その視線の先に、青白く浮かび上がる“剣”があった。
——それは前世で、僕が最後まで握っていた魔剣。
アイを守るためだけに、魂ごと代償にした剣。
「俺は……もう何も奪わせない」
無意識のうちに手を伸ばすと、剣は音もなく僕の手に収まった。
その瞬間、全身に力が流れ込む。
「……覚醒したか。“記憶の力”が発動したようだな」
男の表情がわずかに歪む。だが次の瞬間には再び感情を消し、短剣を構えた。
「だが……それでも、逃れることはできない。この世の理(ことわり)を歪めた者は——」
——ドンッ!
その言葉が終わる前に、僕は剣を振るっていた。
光の刃が空間を切り裂き、男の黒い羽根と激しく衝突する。
衝撃波が走り、図書室の本棚が倒れ、紙片が舞い上がる。
「お前の“理”なんて知るかよ……!」
「俺はこの世界で——もう一度、アイと生きると決めたんだ!」
男は短剣で攻撃を受け流しながら、なおも冷静に言った。
「それはただの“執着”だ。前世を忘れ、新たに生きるのが人間だ。過去に縛られる者は、未来を見失う」
「違う……!」
叫んだのは、アイだった。
「私は……思い出せたからこそ、今の“自分”を大切にしたいって思えた。あの日の後悔も、痛みも、全部……無駄じゃなかった!」
アイの声に呼応するように、彼女の周囲にも光が集まり始める。
次の瞬間、アイの背に——純白の羽根が現れた。
「……アイ……!」
「きっとこれが、わたしの力。あなたと、また出会うために……与えられたもの」
ふたりの力がひとつになったとき、空間が震えた。
剣と羽根の光が交差し、男を包む黒い羽根を一瞬でかき消した。
「……これは……!」
男の身体が揺らぎ、次第にその姿が薄れていく。
「一時撤退か……だが、これで終わりではない」
最後にそう告げると、男の姿は音もなく霧のように消えた。
残された図書室には、静けさが戻っていた。
⸻
「……ユウ……」
アイが僕の腕の中に倒れ込む。
僕はそっと彼女を抱きしめた。
「ありがとう、アイ。戻ってきてくれて」
「ううん……また、あなたに会えてよかった……」
ふたりの手の中で、ペンダントは静かに輝いていた。
まだすべては終わっていない。だけど、確かに未来は“今ここ”から始まりつつある。
そして——
その影を、遠くから見つめるもう一人の“生まれ変わり”がいたことに、僕たちはまだ気づいていなかった。
放課後の図書室での出来事は、まるで幻だったかのように消えた。
本棚は元通りになり、倒れた本もなぜかすべて棚に戻っていた。
「結界……みたいなものだったのかも」
そうアイは言った。
僕たち以外の誰にも、あの男は見えていなかったらしい。
でも、あの戦いの余韻だけは確かに残っていた。ペンダントも、剣も、そしてアイの白い羽も——現実に。
「ねえ、ユウ。……これからどうするの?」
帰り道、アイがぽつりと聞いてきた。
「戦うしかないと思ってた。でも今は、それだけじゃ足りない気がする。知りたいんだ。俺たちの“前世”が何だったのか。なぜ、こんな運命に巻き込まれたのか」
「……わたしも」
アイは立ち止まり、そっと僕の手を握った。
「もう逃げない。全部、思い出したい。そして、今度こそちゃんと、あなたと生きたい」
その言葉が、胸に深く響いた。
⸻
その夜。
夢の中に、声が聞こえた。
>「記憶を辿りし者よ……“輪廻の扉”を開く時が来た」
気がつくと、僕は見知らぬ場所に立っていた。
空は深い藍色で、無数の星がゆっくりと流れている。
目の前には巨大な石の門——そして、その中央には僕とアイのペンダントと同じ銀の羽根が彫られていた。
「輪廻の扉……?」
門の前に、フードをかぶった少女が立っていた。年は僕たちと同じくらい。
「やっと来たね、ユウ」
「誰だ、お前は……?」
フードを取ったその少女の顔を見た瞬間、僕の心臓が跳ねた。
「……アイ……?」
いいや、違う。
彼女はアイに“似ていた”が、違う人物だった。目つきも声も雰囲気も、まるで逆。
「私は“アリシア”。前世で、あなたとアイの物語を見届けた者よ」
「見届けた……?」
「あなたたちが“選ばなかった”もうひとつの道を、私は知っている」
彼女はそう言うと、扉の中央に手をかざした。
すると、銀の羽根が光を放ち、門がゆっくりと開き始める。
「扉の先にあるのは、“過去”と“真実”」
「けれどそれは、あなたの心を壊すかもしれない」
「……それでも行くかしら?」
僕は少しも迷わなかった。
「行く。過去から逃げてたら、今も未来も守れない」
アリシアは静かに微笑んだ。
「じゃあ、来て——ユウ。あなたの魂の旅が、いま始まる」
扉の奥から、眩しい光があふれ出す。
その中へ、僕は歩き出した。
⸻
一方そのころ、現実の世界では——
アイがふと目を覚ました。
「……ユウ?」
彼が隣にいないことに気づき、不安に駆られて立ち上がる。
そのとき、窓の外に立つ“誰か”の影に気づいた。
「——あなた、誰……?」
黒いコートに身を包んだ少年が、静かに言った。
「君もすぐに気づくだろう。前世で君を裏切ったのは——本当に“ユウ”だけだったのか、ってね」
——眩い光の中を抜けると、そこは広大な大地だった。
金色の草原が果てしなく広がり、空には二つの太陽が輝いていた。
「ここは……?」
「これは、あなたがかつて生きた“最後の世界”。まだ名前もない星の記憶」
アリシアが隣に立ち、地平線を見つめていた。
「君は、“彼女”を守るためにすべてを捧げた。そしてその選択が——世界の崩壊を引き起こした」
「……世界の崩壊?」
アリシアは一歩歩み出し、淡々と語り始めた。
「かつて、この星には“輪廻の監視者”が存在していた。生と死の均衡を保つ者たち。彼らは定められた命の流れを守るため、感情を捨てていた」
「けれど、君はその中の一人だった。そして禁じられた感情を抱いたのよ。人間の少女・アイリスに——」
「……俺が、“監視者”だった……?」
その瞬間、ユウの脳裏に過去の映像が流れ込む。
⸻
——「アイリス。君の命はもうすぐ尽きる。それが、この世界の運命だ」
——「……それでも、私はあなたと過ごした時間を後悔しない」
——「私は……この命を使ってでも、君を救いたい」
——「ユウ、それをすれば——君は監視者としての存在を失う」
——「かまわない。もう、“世界”のために誰かを見捨てるなんて、できない」
⸻
「そして君は、“記憶の鍵”を生み出した。それが……いま君たちが持っているペンダント」
「前世の記憶を持ったまま生まれ変わる鍵。ふたりだけの輪廻を、繋ぐために」
アリシアは静かに語る。
「……でもね、あの時、もう一人——君を裏切った“同じ監視者”がいたのよ」
ユウはハッとした。
「……黒い短剣の男……!」
「彼の名は“ノクス”。かつて君と同じように人間を愛しかけたが、拒絶されたことで“人間の感情”を憎むようになった。君とアイリスを“処刑”したのは、彼自身の選択」
「そして今、ノクスは世界の輪廻を壊し、“自分だけの理”を作ろうとしている」
ユウは、拳を強く握った。
「だったら、俺はもう一度戦う。前も、今も、何度でも……アイを守るために」
アリシアは微笑む。
「……でも気をつけて。“裏切り者”は、ノクスだけじゃない」
⸻
一方その頃、現実世界。
アイの前に現れた黒いコートの少年が、ゆっくりフードを取った。
「やっぱり……どこかで見たことがある気が……」
その少年は、どこかユウに似ていた。だが目は冷たい。
「俺は“リオ”。……君の過去に、深く関わってる」
「過去?」
「前世で、君を裏切ったのは——“ユウ”じゃない。君自身だ」
アイは息を呑んだ。
「……え?」
リオは静かに言った。
「アイ。君は前世で、ユウを殺した」
「嘘……そんなわけない……!」
アイの声が震えた。リオの言葉が耳の奥にこびりつき、心臓を強く締めつけてくる。
「……私はユウを……殺した?」
「そう。君が“自覚していない”だけで、君の中に残る“深層の記憶”に、その日が刻まれてる」
リオはまるで、それを見届けた者のように静かに語る。
「君の名は“アイリス”。前世では、禁忌の“記憶の鍵”を作ろうとしていた彼を……自らの手で止めた」
「なぜ……!?」
「それは——」
リオが答えようとしたとき、アイの頭に強烈な痛みが走った。
——ザザ……ザッ。
突如、視界に“映像”が流れ込む。
⸻
白く輝く神殿の中。
その中心に立つのは、かつての“ユウ”——監視者の姿。
「これで君は、輪廻から解き放たれる」
「ユウ、やめて!その術を使えば、あなたの魂は——」
「構わない。君の命が永遠に続くなら、それだけでいい」
アイリス(アイの前世)は涙を流しながら、ユウの背に短剣を突き立てていた。
「ユウ……ごめんなさい……!」
「これしか、あなたを救う方法がなかったの……!」
⸻
「やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
現実に戻ったアイは、その場に崩れ落ちた。
胸の奥が燃えるように痛い。けれど、それは確かに自分の記憶だった。
「……私が……」
「君は、“愛していたからこそ”ユウを殺したんだ。彼の魂を“完全に消滅させないため”に」
リオは静かに言う。
「その瞬間、彼の魂は“輪廻”から外れた。そして……君の願いが、いま現実になっている」
「——ふたりが、また出会えた理由だよ」
⸻
その頃、ユウは扉の先で目を覚ました。
すると、目の前にアリシアとは別の少女が立っていた。
白いローブを着た、凛とした瞳の少女。
「……君は?」
「私は“メモリア”。記憶を管理する者。君の過去も、未来も、すべて視てきた」
ユウは訝しげに身構える。
「記憶を管理……それって、あの黒い男——ノクスと同じ役割なのか?」
「ノクスは“監視者”を捨てた存在。私はまだ、中立だ」
彼女はそっと手を伸ばし、空間に“一冊の本”を出現させる。
その表紙には、ユウの名が書かれていた。
「これはあなたの魂の記録。けれど……その記録の最後に、矛盾があるの」
「矛盾……?」
「君は“死んでいない”。でも記録には“消滅した”とある」
「つまり、誰かが君の魂を“外部に移動させた”。それが——“鍵の力”」
ユウは言葉を失った。
「じゃあ……生まれ変わった俺たちは、“自然な輪廻”じゃなかった……?」
メモリアは言う。
「運命を歪めた存在がいる。……それは、ユウ。君自身だ」
⸻
一方、アイの目の前でリオが最後に言った。
「ユウがこの世に戻ったのは、君のせい。そして、君の中にはまだ“第二の記憶”が眠っている」
「その記憶が目覚めれば——“もう一人の君”が現れるだろう」
——深夜、アイは自室で震えていた。
さっき見た“記憶”と、リオの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
(私がユウを殺した……?でも、私がユウを“救った”とも……)
「ねえ……私の中には、まだ“誰か”がいるの……?」
その問いに答える者はいない。
けれどそのとき——
鏡の中に、もう一人の自分が立っていた。
「……あなただね。ずっと眠っていた、もうひとりの“私”」
鏡の中の少女は、アイと瓜二つだった。しかしその瞳には光がなかった。
まるで、感情を切り離した機械のような表情。
「……私は“アイリス=ノワール”。記憶の鍵を作るために、すべてを捨てた本当の“あなた”」
「……なにそれ……どういうこと?」
アイは声を震わせた。
ノワールは静かに語り出す。
⸻
「あなたは2度生まれ変わった。一度目は、輪廻の中で普通の少女として。
二度目は、“鍵”によって、記憶を守る器として」
「でも、私は忘れていた……」
「そう。“鍵”は記憶を封じるために作られたの。本当は“前世を思い出さないため”の鍵だった」
⸻
「……え?」
アイの身体が凍りつく。
「ユウが記憶を失っていたのも、あなたが記憶を曖昧にしていたのも、全部“そう仕組まれていた”」
「だってそうでしょう?」
「前世であなたは、ユウを“愛していた”けれど、同時に“世界を滅ぼした存在”でもあった」
「だから私は、あなたの中に隠された。そして、いつか思い出させるために」
⸻
「いま、世界は再び歪み始めている。ノクスだけじゃない。“君”もまた、運命を狂わせる存在なんだよ」
その声が聞こえたときには、鏡はもう割れていた。
そして部屋の空気が重くなっていく。
——影が、アイの背後に立っていた。
「……ようやく目覚めたな、“ノワール”」
黒衣の男、ノクスだった。
「君の中にある“原罪”を、もう一度世界に証明する時だ」
⸻
一方そのころ、扉の世界。
ユウはメモリアとともに、「運命の中枢」にたどり着いていた。
そこには巨大な“樹”があり、その幹の中心には“鍵と同じ形の紋章”が埋め込まれていた。
「これは……?」
メモリアが答える。
「これが、“記憶の鍵”の原型。かつて君が創ったもの。そして、君を封印から解いたのもこの樹」
「でも、“鍵”には副作用があった。思い出すだけじゃない。“願い”を現実にする力がある」
「願い……?」
メモリアは言った。
「アイは望んだ。“もう一度、ユウに会いたい”と」
「だから君は、“記憶のないまま”世界に戻された」
⸻
「……全部、アイの願いが呼んだんだ」
「なら……俺がここにいる理由も、運命も……」
「ユウ、それだけじゃないの」
メモリアは振り向く。
その目はどこか悲しげだった。
「“ユウ”——あなた自身が、望んだんだ。この物語の結末を、もう一度“自分で選び直す”ことを」
⸻
運命の時計が、音を立てて動き始める。
記憶と魂、そして愛の真実が、交差していく。
夜が明けようとしていた。
ユウは扉の世界から戻ってきた。
“記憶の鍵”の真実、アイが封じていたもう一人の自分“ノワール”、そして——
自分たちが何度も何度も、生まれ変わりながらも「再会」してきた理由。
すべてを受け入れた彼は、再びアイのもとへ向かっていた。
⸻
一方その頃、アイの中ではノワールが目覚めつつあった。
ノクスの声が響く。
「今こそ、おまえの“原罪”を暴くとき。世界にとって、おまえたちは歪みだ」
ノクスが闇の力を掲げたその瞬間——
「やめろ!!」
ユウが、飛び込んできた。
彼の胸元には、“鍵”が輝いていた。
それはアイの願いと、ユウの意思が繋がった“最後の扉”を開く力。
⸻
「……ユウ……」
「アイ。すべて思い出したよ。前世のこと、君の涙、俺が作った鍵、そして——君が俺を“止めた理由”も」
「あなたを……“消滅させないため”……」
「ありがとう。君がそうしてくれたから、今もこうして……生きていられる」
ユウは一歩、アイに近づいた。
ノクスが叫ぶ。
「くだらない!感情など、運命の歯車には不要だ!」
だが、ユウとアイの手が重なった瞬間、鍵が光を放った。
「……俺たちは、感情で選んできた。
何度傷ついても、何度裏切られても、それでも——“また君に会いたい”って」
⸻
眩い光がノクスを包み込む。
その闇は静かに消え、残されたのはただの静寂だった。
そして、アイの中の“ノワール”が語りかける。
「もう、私の役目は終わったのかもしれない」
「……ありがとう。私の中で、記憶を守ってくれて」
「こちらこそ。これでようやく、“ふたり”が本当の意味で“ひとつ”になれる」
ノワールは微笑み、光の粒となって、アイの心に溶けていった。
⸻
空が晴れ、静かな朝が訪れる。
ユウとアイは丘の上に立ち、風に吹かれていた。
「……生まれ変わっても、また君に会えると思う?」
ユウの問いに、アイは微笑む。
「ううん。次は、生まれ変わらなくても、ずっと一緒にいよう」
ユウも、そっと頷いた。
「そうだな。もう“輪廻”に頼らなくていい。今度こそ——自分の足で選ぶんだ」
ふたりは手をつなぎ、未来へ歩き出す。
“記憶の鍵”は、その役目を終え、静かに砕け散った。
⸻
終わりに
何度も生まれ変わっても、ふたりは巡り合う。
それは運命じゃない。
選んできた“意思”と、“祈り”の記録。
たとえ記憶が消えても、また出会えると信じて。
ー 完 ー
「記憶の鍵 ―輪廻を越えて君に還る―」 友永亜星 @5522
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